※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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ここから九章です。
エロシーンはありません。


九章
昔々のお話と今 1


 青く透き通った空がそれまでとは違い、酷く新鮮に見えた。同じ空だというのにどうしてだろう。そんなことを考えていたことを何故かよく覚えている。目の前にいる少年がとても嬉しそうにしていたことも印象的だった。それまで恐怖に怯える人々の顔しか見たことがなかったせいかも知れない。

 

 少年の名はせつな。その名を呟いて多輝はそっと目をあけた。眠る前と変わらない天井が見える。淡いパステルカラーも最初は気恥ずかしく感じていたが、今は大分慣れてきた。多輝はぼんやりと天井からぶら下がるモビールを見つめた。

 

 あの日を境に時折、昔の夢を見る。以前は決して思い出せなかった過去のことを多輝は少しずつ思い出し始めていた。

 

「まあ、思い出したところで判らなかっただろうけど」

 

 小声で呟いてため息をつく。タイミングよく、そこで金属のドアが小さく鳴った。朝になったのだろう。地下二階のこの部屋に閉じこもっていると時間の感覚が判らなくなる。苦笑しながら多輝は身体を起こし、ドアに向かった。

 

 開いたドアの向こうに立っていたのは優一郎だった。制服を着込んで鞄を手にしている。冬休みじゃないのか? 挨拶するのも忘れて多輝はついそう訊ねた。

 

「だからですよ。冬休みだからこそ校内を自由に使えるわけですから」

 

 苦笑しながら優一郎が告げるのを聞いて、遅まきながら多輝は納得した。しばらく学校に行っていなかったから、ここがその学校の地下だということをすっかり忘れていた。上に行こうとする優一郎が制服を着ているのは当然なのだ。

 

 自分の迂闊な質問に舌打ちをして多輝は優一郎に背を向けた。挨拶代わりに片手を上げる。すると優一郎はくすりと笑いを漏らして首を傾げた。どうやら言う前に用件を当ててみせろという意味らしい。多輝は苦い気分で振り返って頭をかいた。寝癖のついた髪を指先で撫でつける。

 

「何だよ。おれは生憎、生徒じゃなくなってるみたいだぞ」

 

 地上に出て手伝えと言われても、下手に校内を歩けば顔見知りの教師と鉢合わせになるかも知れない。立城のことだから上手く教師たちを納得させてはいるだろうが、どういった理由をつけて休学の届けを出しているのか判らない。はっきりと事態を把握することが出来ない以上、安易に校内に入るのはまずいだろう。そのことを多輝は仏頂面で告げた。そもそも多輝は寝起きは機嫌がよくないことが多い。それを見越していたのだろう。優一郎はそっけない多輝の言い方にも文句は言わない。

 

 多輝は喋りながら廊下に出るとキッチンに向かった。地下でも不自由なく暮らせるようにあらゆる設備は整えられている。簡易キッチンもその一つだ。カウンターの向こうに窓でもあれば、洒落た喫茶店くらいには見えるかも知れない。多輝は仏頂面のままでキッチンに入るとさっさと茶をいれはじめた。優一郎は話を聞きながら大人しくカウンターについている。毎朝、多輝が茶をいれるということが互いに習慣になりつつあるのだ。

 

「ん。熱いからな」

 

 マグカップを差し出しながら多輝は低い声で忠告した。うん、と頷いて優一郎は注意深くコーヒーを啜った。白衣を着ていないだけで優一郎がいつもと違って見える。多輝は横目に優一郎を眺めながらカップを傾けた。熱い紅茶の表面に細い息を吹きかけてから少しずつすする。湯気に細めた多輝の目の端にふと優一郎の笑みが留まった。

 

「どうしました?」

 

 多輝の視線に気付いたのだろう。にっこりと笑って優一郎が問い掛ける。多輝は別に、と言葉を濁してカウンターから離れた。

 

「その……なんだ。ロボットの耐久実験とやらには、どうしてもおれが必要なのか?」

 

 カウンターから少し離れたキッチンから多輝は優一郎に声だけ飛ばした。正確に言えば多輝そのものではなく、多輝の力が要るのだろう。そのことは多輝自身も理解していたが、あえて口にはしなかった。

 

「先輩に協力していただければ、かなり余裕ができますから。その分、母の改造作業も早く終わりますよ」

 

 声の調子に変わりはない。多輝は壁越しに聞こえてきた声にそっと息を吐いた。きっと優一郎はいつものあの微笑みを浮かべているに違いない。直接に見なくともそのことが多輝には手に取るようによく判っていた。

 

 どうして優一郎の微笑みを懐かしいと思っていたのか、今なら判る。そして立城の笑みが何故重なっていたのかも、だ。多輝は自分でも気付かない内に二人の笑みに共通の雰囲気を見出していたのだ。当の二人は自分たちの笑みが多輝にどう見えているのかを知らなかっただろう。そして今もまだ多分、理解はしていないのだ。

 

 多輝は俯いてカップに目を落とした。淡いブルーのかかったカップを握る手に自然と力がこもる。

 

 あどけない笑みが、やがて憎しみに転じるまでにはさほど時間は要さなかった。違うのだ、と何度も否定しかけ、その度に必死で言葉を飲み込んだ。欲望に負けて偽りを偽りだと告げてしまえば、相手が危険に陥ることになるのは目に見えていたからだ。

 

 ある時は少年らしく冒険心を露にしていた。ある時は赤子のように膝枕をせがんできた。かと思うといつの間にかまるで大人のような表情をして見せることもあった。ずっと傍にいると約束すると、とても嬉しそうに笑っていた。




TSしても多輝は多輝w
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