※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

153 / 262
更新遅れてすみません(汗)
寝込んでいました。
エロシーンはありません。


闇の烏 1

 かつて彼女は別称で呼ばれていた。雷神というのが龍神の間での彼女の呼び名だったのだ。それ故に本来の名を知らない者も少なくなかった。

 

 実際、彼女はその名のごとく激しい気性の持ち主だった。彼女の美貌を目当てに近づいた男は皆、火のような怒りに触れたともいう。そして彼女の怒りをまともに浴びた者は、数日間は立てないくらいに打ちのめされた。だがその噂が龍神の間に広まっても彼女に果敢にアタックする者は絶えなかったと聞く。

 

 男たちが彼女に近づこうとした理由は恐らくその美貌だけではない。彼女はその気性の激しさとは裏腹にとても優しい面をもっていた。その優しさに少しでも癒されようとして彼らは近づいていたのだろう。

 

 まあ、あの時代は荒んでいたからな。そう呟いて水輝は空を見上げた。冬の澄んだ空に薄い雲が流れている。水輝はとあるビルの屋上に腰を下ろしていた。先日まで腰を据えていたコロニーのある場所とは違い、ここは繁華街だ。高いビルから見下ろせば道ゆく人々が大勢見える。

 

 よいしょ、と小さく呟いて水輝は腰を上げた。打ちっ放しのコンクリートの床は特に冷える。冷たい床をしばし見下ろしてから水輝は再度、空を見上げた。冬前にあれだけ降ったからなのか、本番になってから雪は殆ど降っていない。降らせてみるのも悪くないが、気紛れにそうしたところで意味はない。水輝は苦笑してから屋上の端に移動した。

 

 あの戦いの最中、彼女はその名に恥じぬ力を揮った。彼女に牙を向けた黒妖牙の軍勢の一部は、その瞬間に悉く雷に撃たれて散っていった。その時、空は夜にも関わらず眩しい蒼い光に包まれた。傍目に見ていた仲間の龍神たちが恐れをなして逃げるほどに彼女は強かったのだ。

 

 とある陣営に一人残されても彼女の強さは揺ぎ無かった。守れと命じられるままに陣営を守り、決して敵に踏み込まれるような真似はしなかった。向かってきた様々な黒い力を彼女はたった一人で押し留めてみせたのだ。

 

 その戦いの様を見た蒼龍天輝は彼女に称号を与えた。雷神はその日を境に天を統べる者となった筈だったのだ。

 

 水輝は煙草を咥えた唇を嗤いの形に歪めた。当時のことを思い出すと、今でもどこかで誰かの作為が働いていたとしか思えない。

 

 天空を統べる者。当時、天空の王と呼ばれていた者がいる。それが翠だった。だが翠はその名に大した執着を持っていなかったらしい。天輝がその称号を彼女に与えようとした時にも何の反論もしなかったという。もっともそれは実際に水輝が目にした話ではない。水輝にしても他者の目や耳を介して手に入れた情報に過ぎない。

 

 だが実際にはその名を彼女が手にすることはなかった。称号を与えられる席に彼女は姿を現さなかったのだ。それも当然だ。その席が設けられた時、彼女は地の暗いところにいたのだ。

 

 やがて戦いが終幕を迎えた時、既に彼女はこの世にはいなかった。天輝は消えた彼女を探すこともなく、そしてまた代理を立てようともしなかった。そして雷神と言われた雷龍神の席は今の今までずっと空いたままだ。

 

 ありがとうございます。彼女は死の間際に水輝にそう言い遺した。力尽きる直前にそれだけを言えたのが彼女の誇りとなったのだろうか。彼女は消えた後もしばしこの世にその魂を留めていた。本来ならあり得ない奇跡を自ら起こしてみせたのだ。

 

「教える気はさらさらないし、例え教えたところで無意味だろ。昔話ってのは大抵、綺麗事ばっかりになっちまうもんだしな」

 

 誰にともなく水輝はそう呟いた。静かに目を閉じて煙草を吐き捨てる。コンクリートの床に落ちた煙草はその瞬間に霧となって消えた。

 

 目を開ける。見えるのは人と車の流れだ。そして漂う濃く黒いもやに水輝は目を細めた。水輝が立つオフィスビルの中には本当は会社は入ってはいない。ビルの一つ、丸ごと全部がハンターのとあるコロニーとして利用されているのだ。

 

 関東圏ではもう使われているんでしょう? あどけない克人の表情を思い出して水輝は苦笑した。ああ、使われてるさ。かつて聞いた問いかけに胸のうちでそう答えてみる。克人の示した対龍神用の弾薬等は真っ先にこの界隈で使用される。それは実験に使っても何らも支障ないハンターがごろごろしているからだ。順にしてみれば克人たちのコロニーのように正常に機能しているところより、こうした荒んだところの方が実験に使いやすいのだろう。事実、このコロニーに順の手の及んだ見張り役はついていない。それはつまり、所属するハンターごと、コロニー全体を使い潰すつもりだということだ。

 

 見える者には見えるのかも知れない。道ゆく人の中にはこのビルを見上げて嫌悪感いっぱいに顔を歪める者もある。水輝はふん、と鼻で笑って軽く床を蹴った。ひらりと空に舞い上がった水輝を運悪く見止めた者が、慌てたように足を止める。向かいのビルの硝子窓の中にも悲鳴を上げた者が幾人かいた。だがそれを無視して水輝は頭を下にしたまま自然に任せて落下した。

 

 勢いよくビルの外壁が過ぎて行く。そしてとある場所で水輝は身体をぴたりと宙に静止させた。窓枠をつかんで身体を捻る。鍵のかかっていないその窓を水輝は静かに開いた。暗い部屋の中に身を滑らせる。

 

 通報したところで無駄だよ。そう内心で呟いて水輝は指を鳴らした。向かいのビル、水輝の背後で電話を取り上げていた女性が硬直する。その女性は操られるままに電話を置き、まるで何事もなかったかのように仕事に戻った。その女性以外で水輝を見止めた者はいなかったのだろう。女性がいるフロアは騒ぎにはならなかった。




長いので六分割くらいになります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。