息を吐いて目を開ける。水輝は眉を寄せて周囲を見回した。何もない部屋だ。だが得体の知れないもやはその部屋にも立ち込めている。水輝は両手を伸ばして意識を研ぎ澄ませた。差し出した両手の中にゆっくりともやが集まり始める。そしてそれはやがて手の間で渦を巻き始めた。
「欲望の海、偽悪の源」
そう囁いて水輝は手の中の黒い渦を見つめた。黒いもやは抵抗するかのように散ろうとする。だが水輝は力を巧みに操ってもやを手の中に集め続けた。それはやがて濃く深い闇となる。
「青龍王の名において命じる。我が意のままに闇と成れ」
渦が一気に収縮する。闇色の鈍い煌きを放ってもやは一つの珠に姿を転じた。両手に包み込めるサイズの珠が出来上がる。水輝はほっと息をついて両手に珠を包んだ。見た目にも僅かに放っている波動も本物と何ら変わりない。くすりと笑いを漏らして水輝はそれを片手に握り締めた。
一度は部屋から完全に消えたもやが、窓やドアの隙間から再び入ってくる。水輝は霧のように流れてくるもやを尻目に部屋を横切った。真っ直ぐにドアを目指して進む。そしてドアを開けた瞬間、開かれた入り口から廊下に満ちていたもやが一気に部屋に押し寄せた。
黒々としたもやを水輝は胸いっぱいに吸い込んだ。体内に入れた途端にもやが痛みとなって内側から水輝を切り裂こうとする。水輝は歯を食いしばって胸を押さえた。そうしていると激痛が次第に和らいでいく。色素の薄い水輝の髪と瞳は痛みが和らぐに従って漆黒に染まりかわった。
「まあ、こんなもんだろ」
そう囁いて水輝は止めていた足を再び前に出した。誰もいない廊下を足音を殺して歩く。立ち込めたもやは水輝を取り巻いては離れていく。まるで雲をかき分けるようにして水輝は進んだ。
静まり返っていた廊下が少しずつざわめきを帯びる。水輝は女の声を敏感に聞きつけてにやりと嗤った。近づいていくにつれてその声が嬌声であることが判る。廊下を進み、階段を昇る。二十階、と書かれた壁を横目に眺めて過ぎ、水輝はとあるドアに辿り着いた。間違いなくドアの中から声が漏れている。そしてこのドアの中からもやは流れているのだ。
水輝はドアを静かに開いた。真っ黒なもやがどっと押し寄せてくる。水輝はそれを全身に浴びながら深く息を吸い込んだ。身体の内側からあらゆる感覚が黒い欲望に侵されていくのが判る。水輝はドアのところで立ち止まり、しばし感覚が慣れるのを待った。
やがて暗闇に包まれていた視界が開ける。目をあけた水輝の前には裸で交わる男女の姿があった。一人の女が複数の男の相手をしている。掃除もろくにしないほこりだらけの床にためらうことなく身体を横たえ、女は全身を汚されていた。
「あっ、はぁん! イくぅっ!」
涎を垂らしながら女が身体を弓なりに反らせる。うつ伏せになった女の両足を後ろから抱え、一人の男が鼻息も荒く腰を上下させている。かと思うと女を引き起こした別の男がだらしなく開いた口にペニスを突き入れる。上半身を起こした女の腰を、待ってましたとばかりに更に別の男が抱え込む。女の尻の割れ目に指を入れた男は喘ぎを発しながらいきり立ったペニスを女の肛門に押し込んだ。
床に倒れている幾人もの男を眺めて水輝は苦笑した。精力を吸い尽くされた男たちが伸びているのだ。
「あぁ、千佳! オレにもっと……もっと食わせてくれよぉ」
千佳と呼ばれた女が妖艶な笑みを浮かべて肩越しに見返る。肛門を犯されながら、千佳は男に甘い言葉をかけてみせる。
「んふっ、あっ、いいわよぉ、ボウヤ。もっとアタシの中にきてぇ」
目の前に立つ男のペニスを手で上下に扱きながら、千佳は大きく腰をくねらせてみせた。ボウヤ、と千佳が呼びかけたのは千佳の背後にいる中年の男性だ。それに対して千佳は二十過ぎの若い女性だ。どう見ても千佳が男をぼうやと呼ぶのには無理があるのだが、男はそんなことには構っていなかったらしい。まるで子供のように目を輝かせて千佳の腰にむしゃぶりつく。
女王蟻のようだな。水輝はドアの近くの壁に寄りかかってしばし彼らの情事を見物していた。水輝という全くの他者がいるにも関わらず、彼らはその存在に気付く様子はない。それだけ情事に夢中になっているのだろう。
「あっ、あっ、チカちゃん! チカちゃん! 吸って! 吸ってよぉぉ」
子供のように泣きじゃくりながら別の男が千佳の口にペニスを突き入れようとする。その男も千佳の背後の男と同様に中年に達しようかという容貌だ。千佳は手で別の男のペニスを扱きながら顔を横に向けた。
「あ、いいのぉ! 千佳、イっちゃうぅ!」
一度に三人を相手しながら千佳は腰を前後左右に激しく振る。空いている膣に、と狙いをつけたのか、床に座って自慰をしていた男が千佳に擦り寄る。
不意に千佳が異様な闇色のベールに包まれる。その瞬間、千佳に相手されていた男たちが一斉に射精した。肛門、手の中に、口いっぱいに精液が噴射される。千佳は呻きながら身体を強張らせた。
絶頂に達した男たちがその場に崩れ落ちる。千佳はしばし荒い呼吸をついてから、ふう、と肩に入っていた力を抜いた。
「お楽しみのところ、恐縮だが」
水輝はそこでようやく声をかけた。最後の一人にまたがっていた千佳がゆらりと振り返る。横たわった男のペニスを膣で扱きながら千佳は目を細めて嗤った。
久しぶりに長々と寝込んでしまったので、更新が遅くなりました。
お待たせしてすみません。