あ、エロシーンはありません。
すまない、と火藍は掠れた声で詫びた。詫びの言葉を口にした途端、水輝が鋭く火藍を睨んだ。何事かと驚愕に目を見張った火藍に詰め寄る。水輝は頭に乗っていた手を乱暴に叩き落すと右手で火藍のシャツをつかんだ。強く引かれて火藍はされるがままに腰を軽く曲げた。そうすると水輝と視線が同じ高さになる。
火藍は窓から斜めに差し込む白い陽光に照らされた水輝を言葉もなく見つめた。間近に見た水輝の目にはまた涙が溜まっている。以前ならそんな水輝の姿を目にしただけで硬直してしまっていただろう。何事にも対処することが出来ないまま、結局はいつも後悔することになっていた。だがこの時の火藍はいつもと違い、驚いてはいたが状況を判断する余裕はあった。
「何でそこで謝るの!? あたしに詫びる理由がやっぱりあるんでしょ! あんな奴と……あんな奴と……何してたのよ!」
声を荒らげて水輝が問い詰める。火藍はぴくりと眉を上げて目を細めた。水輝が怒り狂っているのは見れば判る。だが水輝の怒りを目の当たりにしても火藍は妙に冷静だった。
「だから治療だと言っただろう?」
火藍は胸倉をつかむ水輝の手を指で解いた。乱れたシャツの襟を正して噛んで含めるように水輝に再度、同じ事を告げる。判ったな。そう続けると水輝は唇を噛んで俯いた。
「あれが治療? 相手は怪我人なのに?」
呟くように水輝が告げる。火藍ははっと目を見張って水輝を凝視した。俯く水輝の肩が微かに震えている。
「……見ていたのか?」
静かに火藍は問いかけた。だがすぐに答えが返ってこない。水輝は無言で俯いていているだけだ。それが何よりの答えになった。火藍は顔をしかめて水輝から目を背けた。情けなさと同じだけの強さで苛立ちがこみ上げてくる。
変だ、とは思った。今の今まで火藍は水輝に対してそんな感情を抱いたことがなかったのだ。どうしてそんなことを思うのだろう。火藍は苛々と頭をかきながら窓際から離れた。水輝が愕然と目を見張る。ゆらりと火藍は動いて行儀悪く机に腰を乗せた。今は水輝と火藍で使うように、と言われてはいるが、この部屋は元々は順が執務用に使用していたらしい。中央にある大きなベッドがやけに浮いて見えるのもそのためだ。火藍は大きなマホガニーの机の隅に腰掛け、水輝に冷ややかな視線を向けた。足を組み合わせるとワイシャツの裾が分かれて腿が露になる。
「わたしの後をつけたんだな?」
水輝の返答を待たずに火藍はそう告げた。無意識に声音が硬いものになる。水輝は怯えたようにびくりと肩を震わせて目を上げた。今にも泣き出しそうな顔を見た火藍はだが表情を少しも変えなかった。
違う。火藍は胸のうちで呟いた。何度も自分の思惟を否定する。だがどうしても水輝に抱いた嫌悪感が消えてくれない。自分は水輝を好いているのだ。決してこんなことを思う筈がない。だが何度否定しても火藍は苛立ちを拭いきれなかった。
爪が机に当たって乾いた音を立てる。火藍は爪で机を何度か弾いてから口許を引き締めた。
「だって……だって、火藍が夜中に急にベッドを抜け出すんだもの。変だと思って」
「だからつけたのか?」
本当は水輝が怯える理由はどこにもない。水輝を放置した火藍が責められることはあっても、逆はない筈だ。そのことは火藍にもよく判っていた。なのにどうしてか二人の立場はいつの間にか逆転してしまっていた。深いため息をついて火藍は額にかかった髪を指ですきあげた。髪を指で押さえて水輝を睨むように見る。
「躾が足りないようだな。主人の情事を覗くなど、最低だぞ」
そう告げて火藍は髪から手を離した。驚愕に息を飲んだ水輝が慌てて首を横に振る。意味が判らないとでも言いたそうだ。
「ど、どうしたの? 火藍。何か変よ?」
「変? どこがだ。変なのは水輝だろう? わたしを主だと認識していないのか?」
水輝のマスター登録は火藍で設定されている。そのことは火藍も先に順から聞いていた。だから水輝は火藍から離れられない。マスター登録の変更があるまで、もしくは機体が朽ちて魂が抜けるまで、ずっと火藍に付き従うように設定されてしまっているのだ。
恐る恐る近づいてきた水輝に火藍は唇だけで微かな笑みを刻んでみせた。水輝が目を見張ってその場に釘付けになる。火藍は腕組みをして悠然と嗤いながら続けた。
「足を開け」
「え?」
「早く」
なんで。水輝が掠れた声で問い返す。火藍は一転して厳しい声を放った。
「命令だ。わたしの前に来て足を三十センチ開いて静止しろ」
それまで驚きと怯えを表していた水輝の顔が強張る。ぎくしゃくとした動きで水輝は火藍に近づいた。嘘、という声が微かに耳に届く。火藍はだが黙って水輝の動きを見つめていた。
「お仕置きは念入りにしないとな。お前にはこれを挿れてやろう」
そう告げて火藍は右腕を横に伸ばした。何もなかった空間に一振りの刀が現れる。それを見た水輝は喉の奥で小さな悲鳴を上げた。
覗き見は駄目ですよー(棒