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目に真っ白な光が飛び込んでくる。由梨佳は眩しさに一度、かたく目を閉じて少しずつ慎重に瞼を上げた。目が慣れてくると段々と周辺のものが見えてくる。白い明かりは由梨佳の上に翳された強く光る蛍光灯だ。由梨佳は首をゆっくりと動かして周辺を見た。どこかの実験場だろうか。由梨佳が寝かされているのは歯科医で使用されるような診察台だった。
肘当てに腕を乗せて息を吐く。記憶が随分と混乱している。一体、自分はどうしてこんな知らない場所にいるのだろう。意識が戻ったということは、誰かが由梨佳の機能を停止させたということだ。つらつらと考えながら由梨佳は左を向けていた顔を右に向けた。
台の傍には小さな机が寄せられていた。その上に乗っているのは工具の各種だ。ドライバーにレンチ、ボルトとナットが数種、そしてカラフルなコードが机には乗せられている。それを見た由梨佳は自分が壊れていたのだと知った。
机の向こうにはスチール製の棚が設えられている。硝子の扉の中に納まっているのは大量のファイルとビーカーや試験管などの実験器具だ。実験場と感じた第一印象はどうやら間違っていないらしい。由梨佳はぼんやりとそれらのものを眺めてから再び目を閉じた。
ゆっくりと記憶を辿ってみる。立城の屋敷を出た後、多輝と共にいたことは判る。そして多輝が何故か動かなくなって。そこまで思い出した由梨佳は目を見張って慌てて身体を起こしかけた。
「由梨佳先生? 目が覚めたのか?」
どこかから声が聞こえてくる。由梨佳は知らない男性の声に緊張した。修理したからなのか、由梨佳は一糸纏わぬ格好で横たわっていたのだ。
良かった、と言いながらスチール棚の陰から誰かが姿を現す。見知らぬ少年を見た由梨佳は警戒しながら周辺に目を配った。身体を起こして胸の前に腕を交差させる。
「え? どこか調子が悪いのか?」
少年が顔を曇らせる。由梨佳はしばし少年を見つめた。年の頃は優一郎と同じくらいだろうか。少年は若者らしいラフな格好をしている。容姿が驚くほど整っていることを除けばごく当り前の少年に見える。ひょっとしてこの少年が自分を直したのだろうか。
柔らかそうな髪を指で漉き上げ、少年は由梨佳に近づいた。身体を隠そうとしていた由梨佳ににっこりと笑いかける。
「心配したんだぞ。目が覚めなかったらどうしようかって」
「あの、あなたは……?」
恐る恐る由梨佳は訊ねた。少年はやけに親しく由梨佳に話し掛けている。だが由梨佳は少年に見覚えがない。もしかしたら記憶が一部完全になくなっているのかも知れない。そんな不安をこめて訊ねた由梨佳を少年は不思議そうに見た。次いで困ったように頭をかく。
「そんなに変わったつもり、ないんだけどな。おれだよ。多輝だって」
そう言いながら少年は自身を指差してみせた。しばしの間、由梨佳は何を言われたのか理解できなかった。そして間の後に慌てて少年を見上げる。身体を隠すことも忘れ、由梨佳は少年の手を取って胸元に引き寄せた。
「ほんとに? 夢じゃなくて?」
少年が多輝なのだとすぐに信じることが出来ず、由梨佳はそう訊き返した。確かに言われてみれば少年には多輝の面影がある。皮肉そうな笑みといい、喋り方といい、注意して観察すれば多輝とよく似た点は幾つもある。だがそれでも由梨佳は言われるままに信じることが出来なかった。何しろ目の前に立っている多輝は紛れもなく男性なのだ。
ヒューマノイドの機体が女性型ばかりなのは、機体維持に必要な条件を満たしているのが女性だけだからだ。なのに目の前にいるのは少年なのだ。男女に共通する条件ではない以上、目の前の多輝がヒューマノイドである筈がない。多輝はそんな困惑する由梨佳に困ったような笑みを向けた。
由梨佳に取られた手を引き寄せ、多輝が優しく指先に口づけする。慈しむような口づけに由梨佳ははっとした。多輝がいつも由梨佳の指が好きだと言っていたことを思い出したのだ。多輝は目を見張った由梨佳に微笑みかけてそっと手を解いた。
「夢じゃないよ。それとも由梨佳先生は男のおれは嫌いか?」
急に不安そうな表情で多輝が告げる。由梨佳は慌てて首を横に振った。
「そんなことないわ。ずっと男の子みたいだと思ってたし」
そう言いながら由梨佳は俯いた。顔が赤くなるのが自分でよく判ったからだ。だがそんな由梨佳の様子を多輝は別の意味に捉えたらしい。心配そうに由梨佳の顔を下から覗き込む。
「ごめん。おれにもどうしてこうなったのか判らなくて……勝手に男になったから怒ってるのか?」
訊ねた多輝の顔に不安が浮かんでいる。そうじゃないの、と由梨佳は多輝の問いを否定した。目が覚めたばかりで状況がよくは判らないが、多輝はどうやら自分から男になることを望んでいたらしい。そのことに気付いて由梨佳はつい、顔をほころばせた。
女だった多輝に不満があった訳ではない。多輝は女であった時から少年のような喋り方や態度だったし、由梨佳も多輝のことを男だと錯覚することもあった。もちろん、実際の性別が女であっても何らの不満もなかった。ストレス値が上昇してたまらなくなった時も、多輝は由梨佳の望むままに快楽を与えてくれたのだ。
激しく愛し合った時のことを思い出して由梨佳は真っ赤になった。だがいつまでも俯いていては多輝が誤解しかねない。由梨佳は思い切って顔を上げて微笑みを浮かべてみせた。
これでも多輝は頑張ってますw