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「性別はどうあれ、あなたはあなたよ。関係ないわ」
にっこりと笑って由梨佳は手を伸ばした。腰を屈めていた多輝の頭を優しく撫でる。多輝はしばらく黙って由梨佳に撫でられていた。柔らかな髪は以前の多輝と変わりない。色素の薄い髪を指に取り、由梨佳は小さく笑った。こうしていると多輝がまるで子供のように見える。いや、実際に多輝は優一郎と年は変わらないのだ。
「ありがとう由梨佳先生。ちょっとほっとしたよ」
心底嬉しそうに笑って多輝が頷く。そして多輝は腕を上げて由梨佳に手を伸ばそうとした。が、肩に触れる寸前で手を止める。不思議に思って由梨佳は多輝を見上げて首を傾げた。頭に乗せていた手をゆっくりと下ろす。
「どうしたの?」
いつしか由梨佳の顔色は元に戻っていた。不安そうに瞳を揺らす多輝を正面から見つめ、由梨佳はもう一度問い掛けた。多輝はしばし視線を彷徨わせてから肩先に伸ばしていた手を握り締めた。
「由梨佳先生、直ったばかりで辛いかなって思ったから」
そう告げて多輝が俯く。その言葉から由梨佳は自身が酷く壊れていたのだろうと予測した。きっと直るまでにかなりの時間を要したのだ。だから多輝は由梨佳に触れることすらためらっているのだろう。
どうして壊れたのだろう。由梨佳は途切れた記憶の先を懸命に辿ろうとした。だがどうしても壊れた時のことを思い出すことが出来ない。多輝と共にいたのは判る。だがいつの間にか多輝は男になってしまっているし、自分がどうして壊れたのかも判らない。由梨佳は額を押さえて必死で思い出そうとした。
不意に脳裏に閃くものがあった。由梨佳ははっと目を見張って慌てて多輝を見やった。多輝はじっと由梨佳を見つめて黙っている。あの時、由梨佳の目の前で多輝は急に動かなくなったのだ。そのことを思い出して由梨佳は多輝の腕をつかんだ。
「あなたのほうは大丈夫だったの?」
急に不安になった由梨佳は必要以上の力で多輝の腕をつかんでいた。だが多輝は文句一つ言うことなく、黙って頷く。その後で由梨佳は慌てて多輝の腕を放した。シャツに覆われていて見えないが、多輝の腕に痕がついてしまったのではないか。由梨佳はごめんなさい、と詫びながらつかんでいた場所を指で撫でさすった。
「あの、さ。抱きしめてもいいか?」
痛かっただろうと腕をさすっていた由梨佳は驚いて顔を上げた。そんなことをわざわざ訊かなくてもいいのに。そう思いながら由梨佳は苦笑した。多輝はうっすらと顔を赤くして由梨佳から目を逸らしている。
「いいわよ」
にこやかに笑って由梨佳は多輝の腕をそっと引いた。自分から肩に多輝の腕を乗せる。多輝はためらいがちに由梨佳の首筋に腕を回し、静かに身体を寄せた。触れた多輝の胸に頬を乗せる。由梨佳は目を閉じて耳を多輝の胸にあてがった。多輝の心臓の音が聞こえる。
「締めたら折れそうだな」
大切そうに由梨佳を抱き、多輝はそう囁いた。胸にあてがった耳と反対の耳に同時に多輝の声が響く。うっとりと目を閉じて由梨佳は多輝の背中に腕を回した。密着すると余計に多輝の鼓動を強く感じる。脈動する心臓の音には少しの濁りもない。間違いない。今の多輝はヒューマノイドではないのだ。
「あ、そうだ。プレゼントがあったんだ」
不意に明るく告げて多輝は由梨佳を解放した。急に離れてしまうともう少し抱いていて欲しいという気分になる。だが由梨佳はそう言いたいのを堪えて多輝を目で追った。多輝が一度、スチール棚の向こうに消えてまた戻ってくる。その手にはピンクのリボンのかかった大きな箱が抱えられていた。目を丸くした由梨佳の膝にその箱がのせられる。箱は大きさの割にとても軽い。由梨佳は開けてもいいのか、と目で多輝に問い掛けた。多輝が微笑んで頷く。
由梨佳は胸を高鳴らせながらリボンを解いた。こうしてプレゼントを貰うのは何年振りだろう。いつからか家族で誕生日を祝うこともなくなり、由梨佳は誰かにプレゼントを貰う喜びを忘れていた。そのことで余計に期待が大きくなる。テープで留められた包み紙を丁寧にはがす。中から現れたのは紙製の箱だった。由梨佳はその蓋を開けて白い薄紙をそっとめくった。
箱にはトルマリンブルーの優しい色をした一着のワンピースが納まっていた。袖口と襟には白いレースのフリルがあしらわれている。由梨佳は驚きに胸を押さえて多輝を見やった。手触りからワンピースの素材が絹であることが判る。
「これを、わたしに?」
箱から大事に取り出したワンピースを胸にあてがってみる。多輝と同じくらいの年頃の少女が着れば似合うだろう。そんな若々しい色合いに由梨佳は喜びながらも戸惑っていた。多輝が手を伸ばして箱に残っていた白い紙を取り除く。箱の底には一足のロウヒールの靴が入っていた。服と揃いのトルマリンブルーだ。
「ああ。こういうの嫌いかな? 由梨佳先生って大人っぽいから少し派手かも知れないけど、このデザインなら綺麗に着れると思ったから」
「ありがとう」
心の底から喜びをかみ締めながら由梨佳は呟くように告げた。思わず涙まで零れそうになる。喜びに胸を押さえる由梨佳に笑みかけ、多輝は靴を揃えて床に置いた。
箱の中にはこの他に一揃いの下着が入っていた。少女が身につけるような真っ白な下着を由梨佳は身につけた。多輝が手を伸ばしてブラジャーのホックを留める。白いフリルのついた下着を身につけると、何だか若返った気がする。由梨佳は続いてショーツを穿いた。こちらもやはり揃いの白いフリルに彩られている。
由梨佳の立ち位置はあちこち動くんですよね……。