※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


盛大な茶番 4

 長く深い口づけの後、由梨佳はそっと閉じていた瞼を上げた。

 

「由梨佳先生」

 

 静かに多輝が由梨佳を呼ぶ。うっとりと目を潤ませながら由梨佳はなに、と問い返した。多輝は嫌に神妙な面持ちをしている。それを見た由梨佳は怪訝に思いながら首を傾げた。

 

「これからのことって由梨佳先生は言ったよな」

 

 真剣な表情で告げた多輝に由梨佳は頷いた。返事を見て取ったのだろう。多輝が急に由梨佳を強く抱き寄せる。胸に強く抱かれて由梨佳は驚きに息を飲んだ。抱きすくめられるとそれだけで身体が熱くなる。

 

「あの、多輝くん……?」

 

 由梨佳は頬を染めつつ多輝を見上げようとした。が、抱きすくめられているために多輝の表情を伺うことが出来ない。多輝は由梨佳を強く抱いたまま、囁きに近い声で告げた。

 

「マスター登録、解除したって本当なのか?」

 

 思ってもいないことを告げられて由梨佳は目を見張った。余りの驚きに返事が出来なくなる。

 

「優一郎に聞いたんだ。由梨佳先生、旦那さんと別れる時にマスター登録解除したんじゃないかって。

だから今はマスターが未登録状態になってるんじゃないかって」

 

 返事を待たずに多輝はまくし立てるように告げた。由梨佳を抱きしめる腕が小刻みに震えている。身体に震えを感じて由梨佳は唇を噛んだ。そのことを知らせれば多輝が不安になると思い、由梨佳はわざと黙っていたのだ。

 

「そのとおりよ」

 

 胸を締め付けられるような辛さを堪えて由梨佳はそれだけを告げた。すると多輝が慌てたように由梨佳を引き剥がす。由梨佳の両肩を捕まえ、多輝は怒ったような顔で由梨佳に迫った。

 

「何で黙ってたんだよ! 由梨佳先生、言っただろ!? ヒューマノイドにはマスター登録が不可欠だって!」

 

 殆ど怒鳴るようにして多輝はそう告げた。言われた由梨佳の方が戸惑うくらいの勢いだ。由梨佳は辛さを必死で堪えて笑みを浮かべようとした。だが感情が勝ってしまい笑みが辛さに歪む。

 

 ヒューマノイドの機体維持にはマスター登録が不可欠だ。それは多輝に由梨佳自身が示した通り真実だ。マスターとして誰かを登録することで、ヒューマノイドはある意味では生きがいを得ることになる。登録されたマスターを愛し続けるという枷がヒューマノイドの機体を生かすのだ。

 

 だが由梨佳は先に総一郎と別れた。絶対服従を誓う相手を唐突になくし、由梨佳の精神は自分でもはっきりと自覚できるほどに不安定になった。だがそれを誰かに相談することは出来なかった。唯一、相談できそうな相手だった立城には解雇されてしまったのだ。

 

「わたしなら大丈夫よ。あのひとを騙して、自分も騙して、そんな生き方をしていた今までのほうがおかしかったのよ」

 

 由梨佳は一呼吸ついてにっこりと笑ってみせた。だが由梨佳の意思に反して声が勝手に震える。多輝はそんな由梨佳からふいと目を逸らした。肩をつかむ手に力がこもる。由梨佳とはまた別の意味で多輝は何かを堪えているらしい。顔を背けて手を震わせている。

 

 しばしの間の後、多輝が顔を上げた。由梨佳の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「おれじゃ、嫌か?」

 

 掠れた声で言われた由梨佳は最初、何のことか判らなかった。多輝はそれ以上は説明の必要がないと思っているのか、無言で由梨佳を見つめたままだ。由梨佳は真剣な多輝の姿を見てはっと気がついた。多輝をマスターとして登録しないかと問われているのだ。

 

「駄目よ!」

 

 慌てて首を横に振りながら由梨佳は叫ぶように答えた。わたしなんかに縛られちゃ駄目。首を振りながら必死でそう訴える。すると多輝は一際強い声で由梨佳を呼んだ。口調の強さにびくりと震え、由梨佳は怯えた目で多輝を見た。

 

 スカイブルーの瞳が由梨佳を見つめている。いつの間に、と由梨佳は息を飲んだ。多輝の瞳の色が変化しているのだ。それが多輝の本来の姿なのだろう。髪の色もすっかり変わっている。蒼い双眸と髪を交互に見つめ、由梨佳は息を潜めた。多輝が人間ではないと判っていたつもりでも、目の当たりにしたのはこれが初めてだ。が、多輝の方は変質した自分の姿を由梨佳に見せようとしていた訳ではないらしい。先ほどと変わらない態度で由梨佳に迫る。

 

「そんなにおれは頼りないか? マスターに出来ないくらいに信用されてないのか? おれは由梨佳先生が好きなのに」

「ちがうわ。わたしのほうがあなたみたいな素敵な男の子に相応しい存在じゃないってこと」

 

 即座に由梨佳はそう切り返した。その瞬間、多輝が歯を食いしばって由梨佳の肩を強引に引く。抱きすくめられた由梨佳の頬に多輝の柔らかな髪が触れた。由梨佳を抱きしめた多輝は身体を震わせている。

 

 もしかして泣いているの? 由梨佳は愕然と目を見張った。

 

「おれが……そうしたいって……思うのに」

 

 掠れた声でそれだけ言って多輝は不意に由梨佳から離れた。少し由梨佳から離れて顔を背ける。由梨佳は呆然とそんな多輝を見つめた。

 

「気が向いたら……言ってくれ。おれ、待ってるから」

 

 苦しそうにそれだけ告げて多輝は唐突にその場から姿を消した。取り残された由梨佳は多輝の消えた場所をずっと見つめていた。由梨佳が気がつかないうちに、その目からは涙が伝っていた。




普通に読めばラブシーンなのですが。
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