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そこまで考えて多輝ははっと目を見張った。我に返ると二人のやり取りが耳に戻ってくる。
「わかりました。ただし、今すぐというわけにはいきません。ロボットの調整が終了するまで待っていただけますか?」
ため息混じりに優一郎が返答する。その顔には疲れが見え隠れしている。それも当然だろう。あのロボットは早急に調整をする必要がある。絵美佳との対戦日が動かせない以上、これは優一郎にとって最優先事項の筈だ。多輝は静かに視線を果穂に移した。果穂は白衣を強く両手に握り締めて俯いている。今の優一郎の答えに納得など到底していない様子だ。
やれやれ。おれは一体、なに考えてたんだろな。多輝は自身に心の底で問いかけつつ二人のやり取りに声を挟んだ。
「あれだけ興味なさそうな面しといて今さらヒューマノイドにしてくれって? しかも大人の身体ってどういうことだ?」
多輝はのんびりと言いながらにやりと笑った。果穂が驚いたように振り返る。話している内にどうやら多輝が同じ部屋にいるということすら忘れてしまっていたらしい。いま初めて多輝に気付いたといった風だ。
「だ、だってこどもだとばかにされるから」
困惑気味に答える果穂は以前とは違っていてもここにいるのが多輝だと知っている。部屋に入ってきた時にあらかじめ多輝が自分から説明したからだ。だがまだ慣れていないらしく、言葉には張りがない。まるで見ず知らずの誰かに話し掛けているようによそよそしい。
「先輩、果穂さんは真剣なんですよ。いじめるのはやめてあげてください」
見るに見かねたのか優一郎がくすくすと笑いながら告げる。別に苛めのつもりはない。多輝は優一郎に呟くように答えてから果穂を見た。果穂は強張った顔で多輝を睨むように見ている。人見知りが相当に激しいのは周辺にあまり人がいなかったためだろう。果穂は幼い頃は研究所に入り浸りだった。年相応の身体をしている間は学校で友達と遊ぶようなこともなかったのだ。やがて研究所が見切りをつけて解放されたが、その頃にはもう果穂は周辺の同級生たちよりはるかに身体が小さくなってしまっていた。
流れてきた思惟を読み取って多輝はふうん、と呟いた。一人、納得顔をする多輝に怯えたのだろう。果穂が顔を強張らせつつも多輝にちらちらと視線を送る。
「まあ、な。大人連中とやり合うなら確かに大人の格好の方が都合はいいだろうな」
多輝はひとまずは納得した素振りで同調してみせた。すると果穂がほっと息をついて頷く。果穂が安心した隙を狙って多輝は言葉を継いだ。
「でもそれだけじゃないだろ?」
人の悪い笑みを浮かべて多輝は果穂を指差した。びくりと果穂が震えて戸惑ったように視線をふらつかせる。それが何よりの答えになった。隣にいた優一郎がへえ、と感心したように声を漏らす。だがその優一郎も恐らく薄々は果穂の本当の望みに気付いていたのだろう。だからこそ、あえて渋ってみせていたのだ。
果穂はうろたえながら忙しなく周囲に目を配る。だがそんな真似をしても今ここに果穂を助けてくれそうな者はいない。
「そんなことないわ。わたしにはおとなのからだがひつようなの。きむらにたいこうするためには、ながいじかんとがんきょうなからだがどうしてもいるのよ!」
誰も助けてはくれないとすぐに察したのだろう。果穂は震える声で呟くように告げ、言葉の最後辺りで声を荒らげた。確かにそうだろうな。多輝は内心で呟いてから唇の片方の端をつり上げた。歪んだ嗤いを見たからだろう。更に何かを言おうとしていた果穂が圧されるように口を閉じる。
「大人の身体、ねえ……」
意味ありげに笑ってから多輝はちらりと優一郎を見た。既に自分に話は回ってくることはないと思っているのか、優一郎はのんびりとコーヒーを啜りながら果穂を見ている。椅子を右に少し回して傍に立つ果穂を真正面に見ているのだが、当の果穂はそんな優一郎の視線に気づいた様子はない。今は多輝に対応するのが精一杯のようだ。
「たっ、たきだっておとなのからだのほうがいいっていったじゃない!」
「ああ、言ったよ。大人の格好の方が都合はいいかもなってな」
切羽詰った果穂の言い分に多輝はいとも簡単に同意してみせた。その途端、それみたことかと果穂の顔に勝利の余裕が浮かぶ。多輝は軽く肩を竦めて果穂を横目に見た。その視線にこもった意図に気付いたのだろう。果穂の顔色がさっと青ざめる。
「木村なんて財閥のやつらと張り合うんなら、大人の方が好都合だ。子供だと侮られて有利とも言えるが、長期的にやり合うのが前提なら大人の方がいい。一度や二度の接触で済むような相手とも思えないしな」
「そ、そうよ」
淡々と告げる多輝に怯えた目をして果穂が頷く。そんな反応をされると、まるで小動物を苛めているような気分になる。多輝はくすりと笑いを漏らして果穂を顎で指した。
「それだけが理由じゃないんだろ? って、おれは言ったような気がするんだがなあ」
まさかおれの言った意味が判らなかった訳じゃないだろ? そんな意味をこめて多輝は舐めるようにして果穂を見た。白衣を握る手を微かに震わせながら果穂が俯く。果穂は意図的に多輝の矛先を微妙にずらそうとしていたのだ。
多輝は静かに壁から離れてゆっくりと果穂に向かって一歩踏み出した。果穂が怯えた目をして一歩、下がる。ためらいがちに果穂が後退するのを追うように多輝は一歩ずつ進んだ。優一郎の傍らを離れた果穂は後ろ向きでじりじりと下がっていく。だが元々、二人の歩幅はかなり違う。多輝は一歩ずつ果穂との距離を縮めていった。
こう……多輝は微妙になりきれない感じのキャラです。