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「力を垂れ流しているだけでなく、頭の方も鈍ったのかな? それとも端からそんなことには考えも及ばない? 言っておくけれど、僕は無能な者を手近に置く趣味はない」
「じゃあ訊くが、おれに龍神とやらの全容を説明してみせないのはどうしてだ? おれに龍神としての記憶がないのは当然だ。おれはあんたたちのような生まれかわりじゃない。あんたたちに作られたんだろうが」
厳しい立城の声に多輝は鋭く言い返した。立城が僅かに目を細める。
「おれが知らないとでも思ったのか? 記憶がなくても自分の生まれた経緯くらいは読めるつもりだが?」
「それを判っていて、なお水輝を追いまわす理由はないんじゃないかな?」
あれは自分とは違うと知っているだろう。立城は苦い顔でそう続けた。ああ、知ってるさ。多輝はそう答えてドアから背中を引き剥がした。
「お前が隠そうとしている本当の理由はなんだ?」
ヒューマノイドはマスターを想い続けるという業からは決して逃れられない。性的な快楽がなければ存在自体が危うくなる。そして多輝は自分がそんなヒューマノイドになってしまった原因の一端が立城にあると理解していた。同時に立城がヒューマノイドの特性を利用して何かをしようとしていることも判る。
だがそれを隠す理由だけが判らない。多輝は大股で執務机に近づいて、乱暴に足を机に乗せた。激しい音と共に机が揺れる。
「隠す? 僕が君に隠しているとでも言うの?」
微かな笑みが立城の口許に浮かぶ。それを見止めた多輝は訝りに眉をひそめた。立ち上がった立城がやんわりと多輝の足を机の上から払う。
「僕は隠してなどいないよ。訊ねられないから答えないだけだ」
「そういうのって……ずるいだろう」
「どうして? 過ぎた情報は逆に身を滅ぼすよ? それともなに? 君は全てを知った上で僕たちを業から解き放ってくれるの?」
からかうように笑って立城はソファに腰掛けた。足を組み合わせて多輝を振り返る。多輝は机の前で硬直していた。
「いいよ。君に教えてあげても。ただし、提供した情報に対する責任は取ってもらう。それでいいかな?」
「責任? 何だよ、それ。知らないことを教えてもらうのに、何でおれが責任……」
「……だから君には教えていないんだよ」
言葉を遮って立城が呟く。多輝はぴくりと頬を引きつらせて剣呑に立城を睨んだ。やれやれ、と立城が肩を竦めてため息をつく。それはまるで聞き分けのない子供に対する態度に見えた。
「とりあえず水輝を追いまわすのはやめた方がいい。君の手に負える相手じゃないから」
それまでの怒りを完全に消して立城が告げる。多輝は納得いかない気分でどうしてだ、と問い返した。立城はゆっくりと茶を啜っている。差し出されたカップを受け取って多輝もソファに腰を下ろした。
「死ぬから」
「は?」
違うだろう。おれがあいつをぶち殺すんだ。多輝は内心でそう呟いた。すると直後に立城が疲れたようなため息をつく。
「それは無理だよ、多輝。だって君は人の死体を見ただけで動揺していただろう?」
おまけに盗み見までしてたのかよ。多輝は呻きながらそう返した。立城はだがそう指摘されても平気な顔をしている。どうやら立城には行動が全て筒抜けになっているらしい。そのことに改めて気付いて多輝は低く呻いた。
「それに水輝とまともにやりあっても、君が負けるよ。きっと」
「何でだよ。おれだって」
「蒼を相手に戦う練習をしたから? 残念ながら練習は練習に過ぎないよ。土壇場でものを言うのは踏んだ場数だ。君が体調を完全に整えて、力の制御もきちんとできて、でもその条件下でも水輝にはかなわないよ」
さらりと言って立城はカップを傾けた。じゃあ、おれは一生あいつにはかなわないってことかよ。苦し紛れに呟いて茶を啜る。すると立城が小さく笑った。
「そんなことはないよ。今は無理だって言っただけだよ」
「でもそれだってずっと先の話だろ。そんなちんたら待ってられっかよ」
こうしている間にも由梨佳は悩み、苦しんでいるのだ。悠長に待ってはいられない。苛々と机を指先で叩いた多輝に立城はにっこりと笑いかけた。
「君が勝てる条件を揃えるのは本当は実に簡単でね。ただ、僕はそれをする義理はない、と。まあ、こんなところかな」
「……おっまえ……それって……」
「うん、我ながら悪どいなあ、と思うよ」
人好きのする笑みを浮かべたまま立城がそう告げる。つまり、立城は自分を味方につけておかない限り、多輝は一生、水輝に抗することはできないと告げているのだ。もちろん、多輝一人で水輝に勝てるようになれる日がくるのかも知れない。だがそれは恐らく随分と先のことだろう。うう、と呻きながら多輝は頭を抱えた。
「まあ、多輝に色仕掛けは無理だろうしね。ほら、判ったらさっさと寝なさい。明日も勉強するんだろう?」
言いながら立城が腰を上げる。色仕掛け、と呟いて多輝は慌てて目を上げた。立城はもう机に戻っている。ひょっとしたら。一つの可能性が多輝の脳裏に閃く。
「ごちそうさま! おやすみ!」
慌ただしく紅茶を飲み干し、多輝は急いで執務室を駆け出した。閉まったドアの向こうで立城がため息をついていたことには全く気付かなかった。
ここで一章は終わりです。