※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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そろそろ話が動きます。
エロシーンはありません。


龍宝珠界 4

 金色の運命の力は今、奈月の内側に凝縮されて閉じ込められている状態だ。それは運命を司る龍神が潰えた故に起きたことだ。そして奈月の意志とは関わりなく、その力は外へ外へと出ようとしている。だからこそまるで暴かれるかのようにラスティは自分の見てきたことを話しているのだ。

 

「でも、この世界の多くの人は必要だと思っているんですよね?」

「その方が楽だからな」

 

 きっぱりと言ってラスティは肩に乗せていた斧を静かに地面に下ろした。テーブルの脚に立てかけた斧は、その独特な重量で地面に積もった落ち葉に半ば埋もれてしまう。ラスティの使っていた斧は特別製で、他の誰もが振れないくらいに重いのだ。

 

「守護神たちは文字通り国を必死で守護している。そりゃあもう、王たちが想像している以上に真剣に、それこそ命を削るような真似をしてでも国を守ろうとする。奴らはこの世界を愛しているからな」

 

 それまでの緊張を解いてラスティは砕けた調子でそう告げた。相手の正体が判ってしまえば緊張など必要ない。元々、金龍神は全てを明らかにする力を携えている。奈月には自然とその力が備わってしまったのだ。

 

「でも、ラスティさんは守護神なんて必要ないと仰いました。その守護神のみなさんがとってらっしゃる行動とは矛盾すると思うんですけど」

 

 少し考えるように俯いてから奈月が静かに告げる。質問口調ではないが、明らかに答えを求めている言い方だ。ラスティはふん、と笑って指先でペンを押さえた。動くことを命じられたペンが戸惑ったようにラスティの指の下で震える。

 

「守護神たちが一気に守護することを放棄したら、この世界はどうなると思う? それに奴らは神じゃない。誰だって必要とされていると思う方が楽だろう?」

 

 ラスティはペンからそっと指を離して口許を歪めた。慌てたようにペンがくるりと回ってから再び仕事に戻る。質問に質問で返したのは奈月がどう思っているかを知ろうと思ったからだ。伺うようなラスティの視線に対して奈月は毅然とした態度を崩さない。笑みは浮かんでいてもその底には揺らぎのない意志が見えるのだ。

 

「誰にどのように必要とされたいか、その価値基準は人によって、思うことは違うと思います」

「そうだなあ。確かに、それはそうかも知れない」

 

 うんうん、と頷きつつラスティは腕組みをした。目を閉じて思いを巡らせる。これまでにあった様々な出来事の中で守護神と祀られた彼らは苦しい思いを幾度も味わっている。彼らが楽な生き方を求めた結果として今の世界がある訳ではない。そのことは言ったラスティにもよく判っていた。

 

 あらゆる事象が重なり今がある。彼らが望む、望まないに関わらず時は流れているのだ。そして自分もまたそんな時の連なりの一部でしかない。ラスティは片方の目を開けて口許に笑みを浮かべながら奈月を見た。奈月はどこまでも真剣なのだろう。微笑んではいるが背筋はぴんと伸ばしたままだ。

 

「じゃあ、話を変えてみよう。あんたの世界の守護をしているのは誰だ?」

 

 そう言ってラスティはゆっくりともう片方の目を開けた。龍宝珠界と奈月の生きる世界は全く構造が違う。生きている人々の形は同じでも、内容は違うのだ。

 

「わたしは水輝さんだと思います」

 

 答えた奈月はためらいもなくにっこりと笑った。そう、とラスティは奈月の答えを肯定した。

 

「間違いなくあんたの言う通り、あの世界を守護しているのはあいつだ。じゃあ訊くが、あいつは望んであの世界を守護しているのか?」

 

 口許に浮かんでいた笑みが消える。そう告げた時のラスティはそれまでになく厳しい表情になっていた。鋭い眼差しで奈月を真正面から捉える。

 

「はい」

 

 そんなラスティに動じることもなく奈月は酷くあっさりとそう答えてみせた。

 

「そのために血を流しても? 痛い苦しい思いをしても? それでもあんたはあいつがあの世界を守護することを望んでいると本気で思うのか?」

「望んでいるからこそ、だと思います」

 

 もっとお手伝いしたいのに……。そう続けた奈月を睨むように見ていたラスティはため息をついて額を覆った。俯いたラスティの前髪が自然と表情を隠す。

 

「確かにあいつはしたくないことはしないだろうからなあ。それは望んでるっていう意味なのかもな」

 

 だが水輝は決して最後のカードを切るつもりはないのだ。それはある意味でとても矛盾している。世界を守護する役目を担いながら、水輝は常に世界に牙を剥いているのだ。あらゆる者を敵に回して戦い続ける。その敵の中には紛れもなく世界そのものも含まれているのだ。

 

 ラスティはそうだな、と何となく呟きながら目を上げた。奈月は先ほどと同じように真っ直ぐにラスティを見つめている。その澄み切った瞳を見たラスティは思わず苦笑した。

 

「例えが悪かったな。いや、要するに守護神たちは矛盾してるかもだが、それは別に奴らが絶対に守護神をしていなきゃならんという理由からじゃないんだ。……って、言いたかったんだが」

「ラスティさん自身はこの国は……この世界はこのままでいいと思ってらっしゃるんですか?」

 

 そう告げた時の奈月はどことなく寂しそうだった。ラスティはよいしょ、と腰を上げながら斧を取り上げた。ずっしりとした重みを片手に支えて身体を起こす。

 

「それを決めるのは俺じゃない。創造主だ」

「創造主さんの意見は横に置いておきましょう。ラスティさんは、どう思ってらっしゃるんですか?」

「あんたはあんたの世界はあのままでいいと思うのか?」

 

 真面目に問い掛けた奈月にラスティはそう切り返した。すると微かに奈月が眉を寄せて沈黙する。ラスティはため息をついてペンに与えていた力を消した。それまで紙に文字を書き連ねていたペンが力なく転がる。

 

「いけないと思います」

「じゃあ、多分この世界もこのままじゃまずいんだろ。あんたの世界の鏡みたいなもんだからな」

 

 そう言ってからラスティは斧を担いで薪割をしていた場所に戻った。立ち上がろうとした奈月を制して薪を割り始める。両手に握った斧が振り下ろされると心地のいい音を立てて薪が半分に割れる。そして縦半分に割った薪を更に半分にする。

 

 暗い国、タイラードは今もなお日の光が薄い。他国より光の量が少ないために時の流れは酷くゆっくりとしていて、何事についても成長が遅い。そんな国の特性ですら創造主の定めた通りなのだ。

 

 小気味のいい音が森の中に響く。

 

「とりあえずあんたは魔法を再開してくれないか。いいかげん日も傾いてきたし」

 

 作業の手を止めてラスティはちらりと奈月を見た。奈月は胸にぬいぐるみを抱えたまま、何事かを考えているようだ。声をかけられたことにも気付いていないらしい。ラスティは先ほどより少し強い声で奈月を呼んだ。すると奈月が慌てたように俯きかけていた顔を上げる。

 

「あっ、はい!」

「だから、それ。俺が途中までやったから残りは数行だろ? さっさとやっちまってくれないか」

 

 言いながらラスティは奈月の前のテーブルを指差した。奈月がぬいぐるみを大事そうに隣の椅子に座らせてから真剣な顔でペンと向き合う。どうやらやる気になってくれたらしい。そんな奈月に頷いてからラスティは薪割りを再開しようとした。




魔法を教えてる……はずなのですが。
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