※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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エロシーンではないのですが……。
この先、グロ注意になります。


夢魔の話と血だらけの鴉 1

 移ろいゆく時は、誰の上にも平等に与えられる。それは人であっても龍神であっても、そして異なる世界の上においても差別はない。命あるもの、冥界に蠢くもの、無機物ですら条件は同じだ。

 

 そう、時の流れだけは何者にも冒せない。そう呟いて水輝は小さく笑った。寄りかかる壁の向こうから断末魔の悲鳴が聞こえてくる。ペンキで落書きされた灰色の壁に水輝は頭を持たせかけて目を閉じた。夜の闇に慣れていた目を更に深い闇が覆う。

 

 流れる時の中に身をおくものは例外なく朽ちていく。肉を持つ者は肉体が、精神体のみで漂うものも、その精神そのものに時が流れて古くなっていく。力で構成された龍神たちにも同じことが言える。目に見えないささやかな変化故に、己が変質しつつあることに気付けない者の方が多いが、間違いなく時の効果は平等にもたらされるのだ。

 

 永遠の不変は通常はあり得ない。それを許されるのはごく限られた一部の者だけだ。だが心の底の想いや願い、望みであれば時を越えてもなお変わらないこともある。肉体や精神といった確固としたものではないからこそ、時の流れに飲まれてもなお変わらぬ姿を維持できるのだろう。

 

 また新しい悲鳴が聞こえる。水輝は目をそっと開けて壁に頬をあてがった。冷ややかな感触に身震いして腕を組み合わせる。

 

「あれは多分、変わらないことを望んではいなかったんだろう。その程度のこと、判らない筈がないのにな」

 

 微かな呟きが壁の向こうに響く声にかき消される。男の悲鳴に混ざっているのは肉体が壊れる音だ。肉を裂かれ、骨を砕かれても彼らはそう簡単に死ぬことは出来ない。薄汚れ、誰からも見放された古いアパートの中で繰り広げられているのは惨殺劇だ。獣がただひたすらに他者の肉体を壊して貪っているのだ。

 

 かつて水輝はその特性から夢魔と呼ばれていた。人の夢に入りこんでその生気を啜ってしまうところからつけられたあだ名だ。人の夢だけではない。水輝はたびたび仲間たちの夢に入り込んだ。水輝のそんな悪戯を仲間たちは困ったように笑って流していたが、中には本気で怒り出す者もいた。だが仲間に悪戯をする時は覗き見したり少し夢の内容を書き換えていただけだからなのだろう。しおらしく詫びると大抵は相手の怒りを鎮めることが出来た。

 

 夢に潜り込むうちに水輝は様々なことを知った。最初はただその場にある生気だけを吸っていたのに、やがては上手く生気を引き出すこつを覚えていく。人の夢には様々な種類があるが、特に発散される生気が旺盛になるのは色欲に満ちた淫猥な夢だ。そのことに気付いた水輝は明確な意図を持って人の夢を内側から操作するようになった。夢で激しい情欲に溺れるほど人は生気を発散する。

 

 術を使って淫靡な交わりを人に夢想させる。そうすることにより得られた力を使い、更に生気を集めていく。だが水輝は人々が夢に影響されて衰弱するような真似は決してしなかった。誰に言われるでもなく、そこまでしてはいけないと知っていたからだ。

 

 やがて水輝はふととある悪戯を思いつく。八大の名を持つ彼らは一体、どんな夢を見るのだろうか。興味をそそられた水輝は一人ずつ八大龍王と呼ばれる彼らの夢に入る計画を立てた。強い力を持つ彼らの夢は、たとえ内側に入り込んでも操作することは出来ない。そのことはあらかじめ判っていたので、水輝は彼らの夢に関しては見るだけに留めることに決めていた。眺めた結果を次の日の朝にでも話してやれば、さぞ驚くに違いない。何しろ目覚めても夢をはっきりと覚えている者は少ない。夢の内容をつぶさに語ってやれば、そんな夢を見ていたのかと驚くだろう。その程度の思いから水輝はさっそく彼らの夢に入ってみることにした。

 

 彼らは普段から周辺のことに気を配っているからか、熟睡することは殆どない。傍に誰かの気配を感じればすぐに目覚めてしまう。だから水輝は少し離れた場所から彼らの夢を覗き見ることにした。その作戦が功を奏したのか、水輝は思いのままに彼らの夢を覗くことが出来た。

 

 最初に見たのは金龍神の夢だった。不思議なことに識晃の名を持つ彼の夢は主龍神に満たされていた。きっと忠誠心が厚いのだろう。そう思いながら水輝はしばらくその夢を眺めた。だが特に変わったところのある夢ではないためか、大して面白いものとは思えなかった。次の日、水輝はその夢の内容を識晃には話さなかった。それどころか夢を覗いたことも水輝は識晃には伝えなかった。言ったところで悪戯が過ぎると顔をしかめられるだけだと思ったからだ。それに内容を話したところで特に驚くこともないだろう。識晃にしてみれば、その夢はごく自然で当り前のものだったからだ。

 

 次々に彼らの夢を覗き見る。だが彼らの夢には特に変わったところはなかった。強いて言えば彼らの夢は他の者たちに比べて極端に短かった。何故だろう、と考えて水輝は一つの答えを弾き出した。原因は彼らの睡眠の浅さだ。彼らは浅い睡眠を幾度か繰り返す。深夜だろうが、疲れていようが、常に眠りの深さには変わりない。それ故に見る夢も短いものが多いのだろう。

 

 水輝が異変を感じたのは火藍の夢の中でのことだった。火藍は夢の中で何故か男の姿をしていた。そして火藍と共に水輝が夢に現れていたのだ。夢を覗いていた水輝はそのことにまず驚いた。続いて水輝は自分の目を疑った。火藍は夢の中で水輝と交わり始めたのだ。

 

 その頃、水輝は火藍が自分に想いを寄せていることを知らなかった。だから夢を覗き見ても何かの間違いだと思った。それが火藍の本当の願望であると気付かないことにしたのだ。

 

 そして気付かない振りをして水輝は夢の中に出ていた自分と覗き見していた自分をすりかえた。夢中で水輝を求める火藍はその入れ替えに気付かなかった。どうしてそんな真似をしたのか自覚出来ないまま、水輝は夢の中で火藍に抱かれた。激しい感情をぶつけるような強い火藍の欲求に晒され、水輝はたちまちのうちに情欲に囚われたのだ。




まだこの辺りは説明です。
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