エロシーン前哨戦ですが、ここにはエロはありません!
順と火藍と何故か水輝 1
電話の向こうで困ったように笑う気配がする。順はえー、と声を上げて胸を押さえた。隣に眠っていた火藍が身じろぎする。
「すっごく嬉しいから喜んだだけなのにぃ。そんな、子供みたいって言われても」
電話の相手は優一郎だ。夜中にすみません、と断ってかかってきた電話だが、既に通話時間は一時間を超えている。優一郎に悠長に話している時間がないであろうことを理解しつつも、あえて順が話を伸ばしているのだ。
「じゃあ、待ち合わせ時間とか決まったら連絡してね。オレがボスに伝えるから。……ああ、うん。ボスには言っとく。ごめんねぇ。しつこく電話かけてきたんでしょ」
本当は順が命じてかけさせていたのだが、そのことは当然口にしない。順はそ知らぬふりで優一郎に詫びてみせた。すると優一郎が慌てたようにそんなことないですよ、と告げる。澄んだ声を聞きながら順はちらりと自分の胸に目を落とした。
シャツが真っ赤に染まっている。優一郎に名を呼ばれるたびに傷が深くなっているのだ。その傷は日に日に深くなっている。強い声に呼ばれているために、治癒が間に合わないのだ。
「それじゃねぇ。あ、要ちゃんにもよろしくぅ」
明るく言ってから順は電話を切った。電話を握り締めたまま、俯く。痛みを堪えながら歯軋りすると、思ったよりその音が響いた。息を殺してシャツをつかむ。
またしばらく傷は進行するだろう。順は目を細めて震える手で電話を枕元に戻した。傍にあるキャスターから水の入ったコップを取り上げる。鎮痛剤など効きはしない。最初からそのことは判っているのだ。順は水を飲み干して息をついた。
「貴様はつくづく馬鹿者だな」
不意にくぐもった声が聞こえる。あれぇ、と明るい声を上げて順は隣に横たわる火藍に目を落とした。火藍はいつの間にか目を開けて順を睨んでいる。
「折角塞いだ傷をひろげてどうする。察するに、今の電話の相手が原因だろう?」
そう言いながら火藍は身じろぎした。どうやら完全に目が覚めているという訳ではないらしい。眠そうに瞼をこすって布団を目元まで引き上げる。不満そうな目から上だけが布団から出ている様子を見つめ、順は苦笑した。
「寝起きの火藍ちゃんも可愛いなあ。キスしていい?」
「冗談は大概にしろ、馬鹿者」
生真面目に火藍が言い返す。えー、と言ってから順は衝動に任せて激しく咳き込んだ。口許を押さえた手の中に血が散る。肺が傷付いたために口から血が溢れたのだ。やれやれ、と息をついて順は真新しいタオルを引き寄せた。丁寧に口許を拭ってからふと目を落とす。そこに心配そうな火藍を見つけ、順はにっこりと笑った。
「心配してくれるんだ?」
「誰が貴様の心配などするものか。さっさと傷を塞げ。見苦しい」
そう言ったきり、火藍は背を向けてしまう。順は唇を尖らせてベッドに横になった。この際、血で汚れることを気にしてはいられない。何しろ、傷を治せる都子は今は屋敷にはいないのだ。
「馬鹿者! 傷を先に塞げと言っただろう!」
慌てたように火藍が振り返る。にやにやと笑いながら順は火藍に腕を伸ばした。
「だってぇ。治療できるヒトがいまいないんだもん。オレ、かなり消耗したから今日は治療は無理だし」
それは嘘ではない。実際、その日の順は体力を消耗しすぎていた。それが火藍を止めるためだったとは順は言わなかった。だが薄々は察したのだろう。火藍が表情を曇らせる。
「さっきは火藍ちゃんが治してくれたからなあ。あー、傷が酷くなってるぅ」
拗ねた口調で言いながら順はいそいそとシャツのボタンを外そうとした。火藍が焦ったように順に背を向ける。面白いなあ、と内心で呟いて順は火藍の肩をつついた。
「ねえねえ。馬鹿者馬鹿者ってゆってるけど、じゃあどうして火藍ちゃんはずっとベッドに入ってるの? その気になれば出て行けるっしょ?」
「そ、それはっ」
困惑した声が返ってくる。順は人の悪い笑みを浮かべて火藍の背中に額を触れさせた。
「動けないんでしょ? もしかして」
そう訊ねるとまともに火藍が言葉に詰まる。低く呻いた火藍に笑いながら順は言葉を繋げた。
「キミの身体、機械なんだよね? それってヒューマノイドの機体じゃないの? あのねぇ、ヒューマノイドってねぇ。とあるモノがないと生きられないんだよ」
触れていると少しずつ力が体内に流れてくる。順は火藍の力をゆっくりと体内に取り込んでいた。自分の力と編み合わせて少しずつ傷を塞ぐ。だがそれも間に合わせにしかならない。完全に傷を塞ぐには力が足りなさ過ぎるのだ。
「あるもの、とは何だ」
布団を引っ張ったのだろう。火藍の声はくぐもっている。順はにやにやと笑いながら火藍の髪を撫ぜた。血で汚れていない指だけでそっと髪をすく。そうしても火藍は抵抗らしい抵抗はしない。どうやら本当に動けなくなりつつあるらしい。
「マスター登録と性的快楽、かなあ。必須なのはその二つだね」
そう告げた途端、火藍が咳き込んだ。あらら、と目を細めた順を振り返り、鋭く睨む。だがその顔は真っ赤になっていた。
まだ火藍はヒューマノイドが何か判ってませんw