※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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魂の座の第二部スタートです。
二部もかなり厚みがあるはずです。
少し多いですが一気にアップします。

エロシーンはありません。


一章
それは大それた願いですの


 腕の中で一際強く身体をひくつかせた少女が、それっきり沈黙する。順はそれでも少女を放さなかった。目を閉じるだけで嫌な光景が蘇る。それを振り払うように順は乱暴に少女の身体を揺すった。

 

 あれから数日が経っている。なのに瞼の裏には今もなお、立城の面影が強く焼きついている。欺かれたという屈辱感はまだ拭いきれていない。しかも脳裏に蘇る立城は順を嘲るように笑っているのだ。

 

 面白くない気分で順は少女の腰をつかみ直した。既に息絶えた少女の身体が力なく揺れる。順は少女の胸の奥で辛うじて光っている宝珠の欠片をつかみ出した。胸から手を抜いた瞬間に少女の身体が霧散する。ベッドに腰掛けて順はその小さな煌きを口に放り込んだ。

 

 順の食料として日々、欠片を持つ子供は作られている。先の潰れた研究所だけではない。子供を作る場所を木村は幾つも抱えているのだ。そしてそれらは各地に点在しており、他のハンターたちにも定期的に食料として提供される。もっとも、その時には子供から摘出した欠片のみだ。幾ら同じハンターと言っても、順のように子供の命を奪うことに何のためらいもない者ばかりではない。中にはやはり、幼い命を摘み取ってしまうことに対して躊躇する者もいるのだ。

 

 そんなこと言ってられる状況じゃないんだけどねぇ。順は欠片をゆっくりと飲み下してから小さく笑った。

 

 ハンターの中には順から提供される欠片だけでは満足出来ず、暴走する者もある。そんな者たちはハンターの群れからはぐれた者、ストレンジャーと言われる。彼らははぐれた瞬間から群れとは全く無関係とされる。何故なら彼らが人に手をかけるからだ。そんなストレンジャーたちの始末を群れの者たちがつける義理はない。しかも酷い者になると無謀に龍神に挑んだりする。そうなるともう後は自滅の道しかない。

 

 微かに熱を帯びた喉を押さえて順はため息をついた。今日もまた二人のストレンジャーが生まれたと聞いた。これで今月に入ってもう一五件目だ。

 

「それだけみんな飢えてるってことかな」

 

 呟いて頭をかく。どんなに力を尽くしても提供できる欠片には限りがある。木村の財力は絶大だが、金の力では時の流れを動かすことは出来ないのだ。特殊な溶剤を用いても欠片を取り出せるまでに子供が成長するにはかなりの時間がかかる。だがその時間を待てないものが群れからどんどん離れているのが現状だ。

 

「じーさんもとうとうはぐれたって聞いたし……全く、みんな贅沢になっちゃって」

 

 苦い顔で言いながら順はベッドを降りた。かつて順が若い頃、よく面倒を見てくれた老人がいた。群れの中では最古参でハンターについての様々な知識を順に教えたのもその老人だ。順が以前、両親に陥れられそうになったところを助けたのも、その後に助力したのもその老人だった。

 

 群れのリーダーとしての席を順に譲った後、老人は他の者たちと同様に順の手足となって働くようになった。特に不満を感じている様子もなく、順にも今になってどうして老人がはぐれたのかわからなかった。だがどんなストレンジャーも群れをはぐれる理由は本当はたった一つだ。

 

 絶望にも似た飢餓感。それだけがハンターの枷であり、またどうしても逃れられない業だ。

 

 ベッドを降りた順はのろのろと電話を取り上げた。とある研究所に直通の回線を開く。

 

「オレだけど。闘技場って空いてる?」

 

 相手の声も待たずに順はそう告げた。苛立ちは最高潮に達している。どうせこの状態では幾つか欠片を口にしたところで納まらない。それならいっそ、体力を使ってしまう方がいい。疲れ果ててしまえば幾ら腹が減っていてもきっと眠れるようになるだろう。

 

『はっ……そ、それが』

 

 電話の向こうの声が震えている。怪訝に思いながら順はなに、と問い返した。

 

『じ、実はですね。数分から……』

 

 応対しているのは年若い研究員だ。確か名前は、と思い浮かべて順はため息をついた。

 

「林くん、だっけ? あのねぇ。ちんたらしてっとぶち殺すよ? 簡潔に状況を説明できないの?」

 

 すると途端に電話の向こうの気配が緊張に満ちる。順はあごに電話を挟んで床に散った服を拾い上げた。

 

『はっ、はい! 数分前より何者かが闘技場を占拠、送り込んだ失敗作を次々に殺傷しております!』

「……はあ? 失敗作送ったって……なに、それって無駄に死なせてるってこと? しかもオレの許可もなく?」

 

 これだから新米はねぇ。順は内心でぼやきながら呆れたため息をついた。言い返すことが出来ないのだろう。電話の向こうからひたすら詫びる声が聞こえてくる。耳を澄ますと時折、耳障りな音が遠くに聞こえる。どうやら研究員が言ったことは本当らしい。順は目を細めてベルトを締めた。外れたシャツのボタンを上からかけていく。

 

『も、申し訳ございません! ですが、我々だけではとても対処できず』

「そーゆー時はねぇ、真っ先にオレの指示を仰ぐもんなんだよ。この、能無し!」

 

 怒鳴りつけてから順は電話を切った。舌打ちしながらドアを乱暴に開ける。腕時計を見ながら順は歯軋りした。ここからその研究所まで行くにはどうやっても数時間はかかる。空間を飛べない距離ではないが、頻繁にその力を使うのは危険だ。

 

「くっそ、よりによってこんなことで」

 

 苛立ちが怒りに変わる。順は鋭い声で執事を呼びつけた。深夜の二時という時間にも関わらず、慌てたように執事がすっ飛んでくる。廊下を駆けてきた執事に順は車を出すように命じた。同時に用意してあった替え玉を連れてくるように告げる。執事は頭を下げてから急いで取って返した。

 

 数分後、順は替え玉と一緒に車に乗り込んだ。屋敷を出た車が向かったのは清陵中央病院だった。順は道中、替え玉に幾つかの注意をした。とにかく横になっていればいい。余計なことは一切、喋るな。かねてから順の替え玉として教育されてきた男は無言で頷いた。

 

 夜間の病棟を忍び足で進む。目的の病室に辿り着いた順は静かにドアを開けた。ベッドで眠っていた人物がゆっくりと起き上がる。

 

「こんな時間に何事ですの、お兄さま」

 

 ささやき声が問い掛けてくる。順は苦笑いして片手を上げた。背後にいた替え玉を指し示しながら首を傾げる。すると暗闇でもわかるほどに都子が顔をしかめた。

 

「よくそこまでお兄さまに似た方を見つけられましたわね」

「いんや。これは整形してるだけ。元々の顔は全然違ってたんだってさ」

 

 そう言いながら順は手早く替え玉の衣類を剥ぎ取った。替え玉は無言でその場に立ち尽くしている。順が自ら包帯を巻き始めても反応らしい反応はしない。これが今まで替え玉を使わなかった理由だ。この替え玉には意志らしいものはない。言われるままのことを繰り返す、生き人形なのだ。

 

 人形化の術と呼ばれるものがある。かつて都子が順の人形になった時に使用された術がそれだ。その術を軽くかけると人の意志は殆ど失われてしまう。今の替え玉の状態がそれなのだ。ただ、この術にはかなりの制約がつく。使い方が酷く難しいこと、術者の体力によっては死に至ること、そして術を使える回数が限られること。それらの事情により、術を使うこと自体が困難なのだ。

 

「よし、出来た。んじゃ、ベッドの中に入って。……いいな? いらないことは口走るなよ?」

 

 都子が滑るようにして降りたベッドを指差すと、替え玉は大人しく順の指示に従った。ベッドに納まって目を閉じる。すぐに替え玉は寝息を立て始めた。そのことを確認してから順は都子を連れて病室を出た。都子も余計なことは口にせず、大人しく順についてくる。

 

 都子が口を開いたのは車に乗ってからだった。

 

「……お兄さま。あの方は」

「後で始末するよ。それより頼みがあるんだ」

 

 言いながら順は運転手に屋敷に戻るように指示した。病院に来た時と同様に運転手は無言で車を走らせる。その後、順は助手席の背後にある操作盤に触れて、運転手と後部座席を硝子窓で仕切った。これで運転手に後部座席の二人の会話は聞こえなくなる。

 

「研究所あるじゃん。闘技場のついてるトコ」

「ええ、ありますけど……」

 

 窓の外を流れる街灯に照らされた都子の顔が不満でいっぱいになる。当然だ。都子はあの闘技場で嫌というほどに戦いを繰り返させられた過去がある。だがあの頃、そうしなければ龍神たちに対抗など出来なかった。

 

「あそこに飛んでくんない? あ、その前にそのカッコ、何とかして……」

 

 順は呻きながら都子を指差した。今の都子は順とそっくりな容姿をしているのだ。ああ、と笑って都子が目を閉じる。一瞬で都子が空色の光に包まれる。瞬く間に都子は元の姿に戻った。

 

「自分の姿を見るのがそんなに嫌ですの?」

 

 からかうように都子が告げる。順は当り前だ、と呟くように言った。

 

「この世で一番嫌いだもん。オレ」

 

 そう言った順は自然と真剣な面持ちになっていた。

 

 出来そこないと罵られた時から順は自分の存在を忌み嫌ってきた。出来そこないなどではなく、都子のように完成されていたら。そう考えることも少なくなかった。そうすれば二人の運命は今とは違っていたのではないか。そうすれば都子は戦うことだけを生きがいにする、人形になる必要もなかったのではないか。いや、それ以前に、自分が完成体であれば……都子と二人で龍神に正面から戦いを挑むことが出来たかも知れないのだ。

 

 だが全ては過ぎたことだ。起こってしまった戦いをなかったことには出来ない。そして出来そこないである自分もまた、いなかったことには出来ないのだ。

 

「やるせないねぇ。オレはささやかな希望を抱いているだけだっていうのに」

「……お兄さまのそれはささやかとは言いませんわ」

 

 車がカーブを切る。傾いた都子の肩を抱いて順はそう? と笑った。都子が硬い表情で頷く。

 

「龍神を絶滅させるというその望みは、恐らく大それたものだと思います」

 

 囁きのように都子が告げる。順は小さく笑って窓の外に目を向けた。




この話は前の話「魂の座 凍えた魂」に直結しています。
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