エロシーンはありません。
「嘘を吐くな、嘘を!」
「ほんとだよぅ。何で嘘って決め付けるんだよぉ」
情けない顔で言い返してから順は頬を膨らませた。ほんとなのにぃ、とぼやく。火藍は何事かを言いかけたが、そのたびに唇を引き結んだ。どうやら思い当たる節があるらしい。
「だからさぁ。オレとしようよ。一石二鳥、そうすれば火藍ちゃんだって動けるようになるし、オレだって傷が治るし」
「だ、誰が貴様のような馬鹿者と!」
「だから、オレには名前がちゃんとあるって言ってるじゃん。順だよ、順。いいかげん諦めて呼べば?」
だが火藍は頑なに首を振る。ふうん、と呟いて順は嗤いを浮かべた。慌てたように火藍が目を逸らす。
「それとも呼べない訳でもある? ははぁん。さては火藍ちゃん、気付いてるっしょ。色々と」
機体に埋め込んだのはかつて火藍が持っていた緋宝珠だ。だが緋宝珠が司るのは罪を焼き尽くすという破壊力だけだ。記憶はそこに伴わない。それでも火藍は少しずつ思い出しているのだろう。だからこそ、順の名を呼ばないのだ。それに最初に会った時より幾分かは口調が砕けてきている。
「別にわたしは何も……」
「ねえねえ。水輝ちゃんって知ってる?」
いきなり順は話を全く別のところに振った。すると明らかに火藍が顔を引きつらせる。順ははしゃいだ声を上げて指を鳴らした。
「やっぱ、気付いてるんじゃん。そう、オレだよ、オレ。木村順。いいかげん諦めて認めたら? キミは水輝ちゃんがとっても好きで、でもだからオレに殺されたんだよ」
笑いながら告げて順は強引に火藍を抱き寄せた。慌てた声を上げて火藍が腕から逃れようともがく。だがその抵抗は順にとってはごくささやかなものにしか思えなかった。
「そう、キミはオレに刀をふるうのをためらった。最後の最後でね。何故だろうね?」
あの時。火藍の刀が僅かでもぶれなければ順は確実に死んでいた。そして、だからこそ順の攻撃は過たず火藍の胸に命中したのだ。その時のことを思いながら順は低く笑った。
「キミは本当は疲れ果てていたんじゃないの? 水輝ちゃんはどれだけ追い求めても、キミを見てはくれなかった。だからオレを本能的に求めたんじゃない? だってオレの傍にいれば楽だったから」
事あるごとに火藍をからかっていた順だが、好いているという気持ちに偽りはなかった。流れるように告げた順の声を火藍の呻きが遮る。
「違う、わたしは……そんなことはなかった筈だ。わたしが貴様を求めるなど、ばかげている」
「そう? でもリアルは意外とばかげてるもんだよ。痛すぎて辛いから、オレなんかのトコに来たんでしょ?」
火藍は唐突に闘技場に姿を現したという。だが火藍にもその理由は判らないらしい。それは本能がそう仕向けたということではないのか。順は畳み掛けるように火藍に告げた。火藍は嫌がるように首を振る。
腕に軽く力をこめる。抱きすくめると火藍がびくりと震えた。
「キミの好きだった水輝ちゃんは今はいないよ。どんなに水輝ちゃんが良くても、水輝ちゃん自身が振り向いてくれないんじゃ、どうしようもないじゃん? それよかオレにしようよ」
ストレスは恐らく最高潮に達しているのだろう。うろたえつつ、火藍が振り返る。肩越しに見返った火藍は諦めたように目を閉じた。口許に嗤いを刻み、順は火藍に唇を寄せた。
「ああーら、おあいにくさま! あたしはちゃんとここにいるわよ!」
唐突に声が降って来る。順は絶句して動きを止めた。火藍が焦ったように辺りを見回す。
「あたしの火藍に手を出そうなんて、どこのバカよ、あんた!」
「……最悪……」
軋んだ空間が一人の影を吐き出す。順は呻いて額を押さえた。火藍が呆然と彼女を見上げている。
「言っとくけど! あたしは譲るなんて一度も言ったことなんてないんですからね! ただいま、火藍!」
せりふの途中で一転して明るい声を上げてそれが火藍に抱きつく。硬直する火藍を余所に順はふて腐れて起き上がった。枕もとを探って煙草を咥える。よりによってこんな時に出てこなくてもいいのに。心底、憎々しさを込めて呟いたが、火藍に抱きついた水輝は順の言葉などちっとも聞いていないようだった。
煙草、嫌いなんだから吸わないでよね! 水輝に問答無用で水を被せられた順は本気で拗ねていた。怪我は水輝が治してくれたからまあいい。だが水輝は現れた時からずっと火藍に抱きついていて離れないのだ。
「あ、あのさあ、水輝ちゃん。いいかげん火藍ちゃん離してあげないと……その、倒れそうだよ?」
拗ねつつも順はきっちりそう口を挟んだ。すると水輝がべえー、と舌を突き出す。どうやら順のことを火藍をかっさらおうとした大悪党、と認識しているらしい。うわあ、と呟いて順は頭をかいた。湿った髪が指に絡みついて数本抜ける。