エロシーンはありません。
要の母、栄子はいつも言っていた。
子供は親を超えてこそ価値のあるものだ。悔しかったらあなたもわたくしを超えて御覧なさい。
辛辣ではあるが、栄子の言葉は何よりも要の励みになった。あの言葉を胸にしっかりと刻みつけているからこそ、今の要が存在しているのだ。
「ルールが変わっているのは明らかです。なぜならこれまでのルールでは、ルール違反者を罰する存在があの火龍の長であるはずなんですから」
「なっ」
それまでぼんやりと昔のことを思い出していた要は優一郎の言葉に一気に現実に引き戻された。思わず立ち上がりかけた要の手から危うくカップが落ちそうになる。傾いたカップを素早く支えたのは優一郎だった。要はごめんなさい、と詫びて大人しく椅子に腰を戻した。
「そのルールとやらはどうして変わったんですの? ……まさか、人に介入するというルールそのものが変わっているということですの?」
何とか自分を制して要は静かにそう訊ねた。
「父の主張では、科学の進歩による人類の進化の結果だ! と特筆大書されていました。僕なりに検証した結果、それはある意味正しいのではないかという結論に達しました」
最初はいつもの病気が出たと思っていたんですけどね。苦笑して優一郎がそう付け足す。要は唖然としてそんな優一郎を凝視した。慌てて我に返り、冷えかけた紅茶を一気に飲み干す。
「つ、つまりは……ええと。要するに人の移り変わりによって龍神とやらのルールそのものが変わってしまったと。そういうことですの?」
混乱する頭を必死で働かせて要は訊ねた。だが言った要自身、自分の言葉を信じられはしなかった。一体、どんな規模の話なのか判らなくなってくる。
「多輝先輩に似た少年と、神崎葵、あるいは木崎順と名乗る青年、そして、斎姫」
唐突に知った名前を優一郎のせりふに見つけて要は息を飲んだ。多輝に似た少年というのは、前に要が一度だけあったあの神楽坂洋と名乗った少年のことだろう。神埼葵、または木崎順というのは栄子が連れてきたあの順だ。だが何故、彼らの名前に斎姫が加わるのだろう。要は眉を寄せて本格的に首を捻った。
「彼らは人の手で作られた龍神のフェイクとでも呼ぶべき存在ではないかと、僕は疑っています」
「人の手で……作った!?」
要は素っ頓狂な声を上げて思わず立ち上がった。
「そっ、そんなことが可能ですの!? だって彼らはとんでもない力を持っているのでしょう!?」
勢いよくそこまで言ってから要は息を飲んだ。優一郎は確かに斎姫の名をそこに加えていたのだ。そのことを遅まきながら思い返して要は力なく椅子に座り直した。
「あの少年は八大にも迫ろうかという凄まじい力を秘めています。ですが非常に不安定だと思われます。神崎葵、あるいは木崎順と名乗る青年は力はそれほどでもありません。さらに斎姫はほとんど力など持っていませんでした」
そう言いながら優一郎が身体を少し傾ける。慣れた手つきで端末を操作し、優一郎はモニタ画面を要に示してみせた。三色の線で記されたグラフが表示されている。要は画面を覗き込んで目を細めた。恐らく彼らの力をグラフで表したものなのだろう。三色の線は右上がりに緩やかな曲線を描いている。中でも一際高い位置にあるのが水色で示された曲線だ。これが優一郎の言った神楽坂洋の力を示しているのだろう。次に半分程度の高さで淡いブルーの曲線が描かれている。そして更にその下、ほぼグラフの枠すれすれの位置にあるのが白い曲線だ。
時間を経過させます。そう言ってから優一郎がキーボードを軽くタッチする。するとそれまで静止していたグラフに変化が見え始めた。単純な曲線を描いていた水色の線が急激に跳ね上がる。その後、水色の線は不安定に上下に揺れ始めた。それとは対照的に淡いブルーの線は徐々に右上に向かって曲がっていく。
だがとあるところで要は目を見張った。優一郎がキーを叩いて画面の動きを止める。要はグラフを見ながら絶句した。ほんの一瞬、それも目ではっきりと見えるか見えないかの刹那、淡いブルーの線が水色の線を越えている。恐らくその瞬間が順があの少年を止めた瞬間なのだろう。
そして二者の曲線とは全く正反対に白い線はグラフの下枠の近くに留まっている。
「このデータは、要さん、あなたのセンサーで観測され体内コンピュータに記録されていたものです」
つまり要の機体は要自身が感知しないところで正確に彼らの力を計測していたということだ。なるほど、と応えて乗り出していた身を戻し、要は頷いた。
「あの二人は木村の手によって作られたフェイク、そして、斎姫はそれに対抗するために吉良瀬の手で作り出されたフェイクの失敗作ではないかと、この観測結果から僕は推論しました」
静かに続けてから優一郎は軽く指先でとあるキーを押した。すると再びグラフが動き始める。要は慌てて身を乗り出し、画面に食らいついた。そして息を飲む。
それまでグラフの下枠付近にあった白い線がある時点で一気に右上に伸びる。それを境に白い線は水色の線に近付き、両者が絡み合う。それまで上下に揺れていた水色の線は、白い線と交わると同時に酷くあっさりとした直線を描き始めた。グラフの上の枠に程近いところで白い線と水色の線が右横に伸びる。それとは逆に、淡いブルーの線は緩やかに下降していく。
どういうこと? 要は眉を寄せて画面を睨みつけた。
振られようが何しようが諦めない。
そういう意味では要は強いです。