寄生。そう表現した優一郎を要はじっと見つめた。モニタ画面は既に暗い。
あのグラフが示していたのは各々の力の大きさだけではなかった。白い色を示していた斎姫の力があの少年の力に絡み、共に上昇をしていたのは、斎姫の機体に少年の意識が寄生したからだと言う。
判り易く言えば斎姫の機体に別の意識が潜り込んだ結果がグラフには示されていたらしい。それを聞いた要は何度か訊ねた。
言いたいことは判る。理解も出来る。だがどうして力を示すためのグラフなのに、斎姫を表す線までが上昇曲線を描いているのだ。
「共鳴という現象がありますよね? 同じ周波数を発する音叉を鳴らすと、離れた場所の音叉が鳴り出すという実験を物理の時間にやりましたよね?」
そう説明する優一郎に要は無言で頷いた。だから斎姫の力は少年に共鳴したのだ。恐らく優一郎はそう言いたかったのだろう。現に続けられた優一郎の言葉は要の予想通りだった。
だが本当にそれだけなのか。要は再度訊ねようとして口を噤んだ。ここで殆ど事情を知らない自分が口を挟んでも、それは根拠のないただの思いつきに過ぎない。唇を引き結んだ要は無言で視線をさげた。
斎姫の機体を作ったのは優一郎の両親だという。そしてその機体を保護していたのが吉良瀬財閥当主だという。その当主は人間ではない、龍神という者だと言う。
確かに事実を並べるだけでも斎姫の生まれはとても奇異だし、同情すべき点も多い。龍神などというとんでもない力を持つ者と関わったことを不幸だと言う事も出来る。だが、だからこそ要は納得出来なかった。
力のある者が斎姫を保護していた本当の理由が見えてこない。
「要さん、思いついたことがあるなら言ってください。あなたの持つ知性と発想力は無視できません」
要の顔色を読んだのか、優一郎が静かな口調で促す。要は目を上げてしばらく無言で優一郎を見た。優一郎の視線に嘘やごまかしは感じられない。
「判りましたわ」
神妙な面持ちで頷いてから要は軽く咳払いをした。
「この際ですから事実だけを並べてみることに致します。優一郎さまの仰った通り、神楽坂さんの意識が斎姫さんの機体内に寄生したとしましょう。……曖昧な表現なのはお許しくださいませね。わたくし、自分の目で確かめていないものは安易に信じないことに致しておりますの」
そう前置きしてから要は確かめるように優一郎を見た。優一郎は黙ったまま頷く。それを確認してから要は言葉を続けた。
「例えが悪いかも知れませんが、この場はお許しくださいませね。……例えば寄生虫などは宿主に寄生した後、養分等を宿主から摂取します。この場合、寄生虫の働きが強い、若しくはある一定以上の数に増えた場合、宿主は身体に変調を来たす場合がありますわね」
そこまで言って要は新たにいれた茶で口の中を湿らせた。
「結果、宿主は身体を病む等といった不具合を生じます」
だが斎姫の場合はそれとは異なるのではないか。要は考えをまとめながら話を続けた。
「斎姫さんの機体に神楽坂さんの意識が介入、よって互いの力が混ざった形で表示されるのは理解出来ます。ですが、本当に斎姫さんは彼に寄生されただけですの?」
もしも斎姫が要の想像するただの宿主であるなら、あれ程までにグラフは上昇しなかったのではないか。平たく言えば斎姫にはもっと別の、少年の力を増幅するような何かが隠されているのではないか。そう話をまとめて要は言葉を切った。
「確かに寄生という表現は適切でないかもしれません。共生と言ったほうがいいでしょう。クマノミとイソギンチャクのように、互いに益になっていることが予想されますから」
穏やかな口調で優一郎が告げる。なるほど、と要は頷いて再び口を開いた。
「この場合のクマノミは神楽坂さんですの? それとも斎姫さんですの?」
茶化しているつもりはない。要は真剣にそう優一郎に問い掛けた。イソギンチャクに共生のための特殊な能力がある訳ではない。外敵を避けるため、その触手から毒を出しているだけだ。が、クマノミは違う。クマノミは体表に特殊な粘膜を持っているからこそ、イソギンチャクの毒にやられずに済むのだ。そしてクマノミの身を守る代わりにイソギンチャクはクマノミの食べ残した餌にありつくことが出来る。
「あなたは本当にたいした人だ。この場合、クマノミが例の少年です。いえ、ミヤコという名前ですから本当は女性である可能性もありますね」
僅かに表情を緩めて優一郎がため息混じりに告げる。要は頷いて得た情報を頭の中で整理した。
イソギンチャクには共生のための特殊能力はない。クマノミが共生相手に選ぶのは毒を発するイソギンチャクだ。それを基に考えれば一つの可能性が導き出せる。
「優一郎さまの仰ったことを整理させて頂いた結果、神楽坂さんが寄生する相手は斎姫さんでなくとも良かった、という結論が導き出せますが、いかが?」
そう告げて要は軽く首を傾げた。しばし黙した後、優一郎が口を開く。
「そうです。ただ、斎姫がより適していたということは言えると思います。正直な話をしましょう。例の少年の身体も寄生されていたものだったのです」
それを聞いた要はぴくりと眉を上げた。多輝にとても似ていると思ったあの少年も実は寄生されていた。優一郎はそう言ったのだ。それでは身体の持ち主はもっと別の誰かということになる。
「……今は別の宿主の話は横に置きましょう。話が混乱いたします」
きっぱりと言って要は冷えかけた紅茶を啜った。ソーサーにカップを戻してから続ける。
「斎姫さんは寄生により適していた。ですが、本来、クマノミはそれほど厳密に共生相手であるイソギンチャクを選別しません。その身を隠せて匿ってもらえるという条件は必須ですが、それほど大きな選別要因とはわたくしには思えません」
要は内心、苛々していた。自然と喋り方も早口になる。
「わたくしに呈示された情報を鑑みると、あの時、神楽坂さんが寄生するのはわたくしでも良かった、という結論になります」
だが実際に少年が宿主に選んだのは斎姫だった。確かに要には龍神とやらのとんでもない力はない。だが、もしもあの少年が本当にクマノミのような条件で寄生宿を選んでいるのだとしたら、要にも可能だったと言える。
だが本当にそうなのだろうか。要が疑問に感じているのはそこなのだ。
「斎姫があらかじめ宿主として適するように作られていた可能性があるとおっしゃりたいのですね」
真剣な面持ちで優一郎が告げる。要は頷いてティカップを持ち上げた。疑問点をスムーズに理解されたことに少しだけ気分が落ち着く。
「斎姫さんは吉良瀬財閥当主との関わりがあると仰いましたわね? 機体は優一郎さまが作成されたものではなく、他の方がお作りになったとも」
そして吉良瀬財閥当主は龍神なのだと優一郎は告げた。だからこそそこに疑問が生じる。
要は頑張って理解しようとはしていますw