「先に説明された龍神とやらのくだり。その後で優一郎さまは八大と言われる強大な力の持つ者がいる、と仰いましたわね」
伺うように優一郎を見てから要は言葉を続けた。
「これはわたくしの推測ですが、優一郎さまは何かを仰りかけておやめになられたのではございませんこと?」
極めて真面目に要が問い掛けると優一郎はしばらく無言になった。やがて諦めたようにため息をつく。
「わかりました。あなたに隠し事は無用にしましょう。立城さん……吉良瀬の当主を努めている龍神は八大の一人で地上の王と呼ばれている存在です」
「地上の……王?」
意味は理解出来かねる。が、優一郎が言ったことの重大さだけは要にも伝わった。もしかして自分はとんでもない問題に首を突っ込んでいるのではないか。そんな考えも浮かんでくる。
だが例え問題がどれほど大きくとも、一度足を踏み入れておいて背を見せるのは恥以外の何物でもない。それこそ敵前逃亡に等しい。
要は覚悟を決めて頷いた。
「判りました。優一郎さまの話を事実と仮定してお話を進めましょう」
もしかしたら優一郎は要が疑っていることを不服に思うかも知れない。が、要はそんな不安を捨てて言葉を継いだ。
「地上の王というのは恐らく龍神とやらの仲間内での呼称ですわね。わたくし、今までそんな名を耳にしたことがありませんもの」
そして吉良瀬財閥当主は王と仲間に呼ばれるだけの力を持っているということだ。それなら余計に、と要は呟いて顔を上げた。いつの間にか優一郎はじっと要を見つめている。その視線が揺れたり外れたりすることはない。優一郎も要と同様に真剣に問題に向き合おうとしているのだ。
「ただのイソギンチャクを吉良瀬財閥当主が保護する理由がありません」
もしも優一郎の説明が本当で、吉良瀬財閥当主がそれだけの力を持っているとしたら、何の取り得もないただのイソギンチャクを手元に置く必要性がない。愛でるためだけの相手であれば、その可能性もなくはないが、そんなせこい真似をするとは思えない。相手は例え人間でなくとも財閥当主なのだ。
「僕もそのことは疑問に思いました。そして二つ仮説を考えました。二つの仮説についてこれから述べますから意見をいただけますか?」
どこまでも真剣に告げて優一郎が要の目を覗き込む。わたくしでよければ、と要は頷いた。
「まず、斎姫はフェイクの失敗作だと前提に基づいた場合です。成功作を隠すためのデコイ、おとりとして、わざわざ吉良瀬の姓を与えられ、侍女に傅かせて育てさせたという可能性があります」
要はティカップを傾けて紅茶を啜りながらふむ、と頷いた。優一郎に呈示された情報を整理して頭に叩き込む。
「もうひとつの仮説。それは斎姫は、とある成功作のための増幅器としてあらかじめ作られた存在で、時期を見て成功作にあてがわれたのではないかという可能性です」
要は上目遣いに優一郎を見た。相当に覚悟が必要だったのか、優一郎は言った後、ほんの少しだけほっとしたように顔を緩めた。要は目を細めてそんな優一郎を眺めてから顔を上げた。
「疑問点をいくつか訊ねても宜しい?」
「どうぞ」
テーブルからティカップを取り上げながら優一郎が頷く。要はそれに頷き返して言葉を継げた。
「まず一つ目。そもそもフェイクという存在は何ですの? 今までのお話から考えると龍神とやらのイミテーションという結論に辿り着きましたが、そういう理解で宜しいかしら?」
冷えかけた紅茶を飲んでいた優一郎がカップをソーサーに戻す。
「フェイク、と単語で定義されていますが、フェイクは必ずしも偽者であるとは限りません。完全に成功してしまえば、本物の龍神が生まれることになりますから」
「なるほど。この場合のフェイクは模造品のことを指すんですのね?」
そう告げてから要は乾いた唇を舐めた。紅茶で唇と口の中を湿らせる。
「次に成功作と仰った物についてですが。つまり、フェイクと呼ばれるものはフェイクを最初から目指して作られたものではないということですわね?」
「あなたの仰る通りです。フェイクはあくまで失敗作について付けるべき呼び名であって、成功作はフェイクとは呼べませんね」
頷きながら優一郎が答える。要はしばし無言で考えを巡らせた。フェイク。成功作。龍神。それらの単語が頭の中を不規則に巡る。
要はティカップの中身を飲み干してソーサーごとカップを優一郎の机に乗せた。改めて腰掛けなおして膝の上で軽く両手を組み合わせる。
「吉良瀬財閥という、言わばこの国の頂点に位置する財閥の当主という立場。龍神というとんでもない力を持つ者の中でも、更に強い力を持つ存在だということ。それらを含めて考えた結果、斎姫さんは失敗作と呼ぶべき存在ではないとわたくしは思います」
そこまで言ってから要は微かに笑みを浮かべた。
「成功作と呼ぶべき存在についての情報が今ひとつ足りませんわね。人の手によって作り出された、龍神そのものだと考えて宜しいのかしら?」
「とりあえず斎姫と最後の一人の候補者を除外するとして、僕が知っている二人は確実にそうです。あの二人は本物の龍神です。……そして両者とも要さんの知人です」
滑らかに紡がれた優一郎の言葉に要は目を見張った。何ですって、とつい驚愕の言葉が口をつく。要は慌てて口を押さえてごめんなさい、と呟いた。
「一人の名前は想像がつくのではないでしょうか? 雨宮多輝先輩を覚えていらっしゃいますか?」
それまでの緊張感を僅かに解いて優一郎が笑み混じりに告げる。要は息を飲んで絶句した。確かに予想しなくはなかった。何しろ神楽坂洋が寄生していたと言われたあの少年の容姿は多輝に瓜二つだったからだ。
まさか、と呟いて要は力なく首を横に振った。未だに多輝のことを思うと心が揺れない訳ではない。だがそれはもう、既に過去と要が決めた感情だ。今さら蒸し返しても仕方がない。
「彼女には、多輝には後でお引き合わせしても構いません。実はここの地下にいたりしますから」
「えっ!? ……って、ちょっとお待ちになって! 彼女!?」
苦笑して告げた優一郎の言葉を受けて要は素っ頓狂な声をあげた。
「多輝は基本的に女性です。少なくとも龍神としてはそうです。どうしてわざわざ人として存在していた時に男性の性別を与えられていたのか、その理由はわかりませんが」
優一郎は淡々と言葉を続ける。ちょっと待ってぇ! と要は情けない声を上げた。これまで交わしていた生真面目な会話と今の優一郎の言葉がまるでかみ合わない。混乱する頭を押さえて要は肩で息をついた。
「その様子だと、もう一人の名前は言わないほうがいいかもしれませんね。かまいませんか?」
椅子の背もたれに腕を寄りかけて荒い息を吐いていた要に控え目な声で優一郎が告げる。だが要はいいえ、と首を振って身体を起こした。
「構わなくてよ! 何でもいらっしゃいですわ!」
こぶしを握って気合を込めて促す。すると優一郎は困ったように笑って首を傾げてみせた。
「もう一人の名前は吉良絵美香。彼は現在、涼月透と名乗っていますが、一応僕の不肖の姉です」
一瞬の間が空く。
完全に理解した訳ではない。納得など出来ない。だが、要ははうっ、と力ない声を漏らしてその場に昏倒した。
色々知って倒れましたw