冷たい風に目を細めて水輝は空を仰いだ。また空は曇り始めている。夜空にかかっていた月はその姿を殆ど雲に隠されている。どうやらまた、ラキが力を無尽蔵に周辺に放っているらしい。やれやれ、と肩を竦めて水輝は誰もいない道を再び歩き始めた。
千佳はすでに新しい巣に入っている。先ほどふざけたメールも携帯電話に届いた。水輝はちらりと横を見やってから唇に挟んでいた煙草を咥え直した。
「どうせ来るなら一度に来い。おれはちんたらとお前らの相手をするほど、暇じゃない」
そう告げて水輝はするりと身をかわした。飛んできた力の塊が水輝のいた空間を勢いよく薙ぐ。続けざまに飛んできた力を水輝は軽く飛んで避けた。次々に飛ばされる力を難なくかわしながら水輝は力の質を読んだ。
どうやら龍神ではないようだ。ふん、と鼻を鳴らして水輝は道を挟む格好で密生する背の高い茂みに目をやった。茂みに潜んでいるのは三人。その程度の人数で襲い掛かってくることも奇妙だが、こんなところに生き物がいることも不思議だ。廃屋の建ち並ぶ住宅街の外れには、こうした茂みや雑多に生えた木々、壊れたアスファルトの道くらいしかない。
水輝はしばし待ってから諦めのため息をついて歩き出した。気配の潜む茂みに真っ直ぐに近付く。背の高い草を分け入った水輝は気配を見ておや、と目を見張った。茂みに潜んでいたのは三人の子供だ。
「おいおい……」
呆れて言いながら水輝は警戒する子供たちに合わせてしゃがみ込んだ。刀を携えたままの水輝に相当怯えているのか、子供たちは手を繋ぎあってじりじりと離れていく。
「こら、待て。人を襲っといて逃げるたあ、どういう了見だ」
不機嫌に言って水輝は無造作に腕を伸ばした。逃げようと身を翻しかけていた子供の襟首にひょい、と刀の鞘を引っ掛ける。うわあ、と情けない声を上げる子供を刀で吊り上げて水輝は残る二人の子供を睨みつけた。
「ま、まさくんを離せ!」
「そ、そうだ! 化け物! 昌人を放せ!」
残る二人が口々に喚く。水輝はあー、と呟いて眉を寄せた。襟首を鞘に引っ掛けて寄せた子供の頭をがしっとつかむ。
「化け物とは随分な言い草だな。なあ、まさくん。お前からもあいつらに言ってやれ」
昌人と呼ばれた子供の頭を遠慮のない力で叩きながら水輝は顎をしゃくった。昌人があわわわ、と情けない声を上げて涙目で水輝を振り返る。
「にげろー! なおき、けんた!」
「阿呆。逃げられると思ったか」
必死の面持ちで叫んだ昌人にぼそりと呟いて水輝は左手の指を鳴らした。すると泡を食って逃げかけていた子供たちの行く手に大きな水柱が生える。慌てたように振り返った子供たちは水輝を見て息を飲んだ。水輝は自分を中心に、半径三メートルほどの範囲を全て水柱で取り囲んでしまったのだ。
子供たちの着ている服はぼろぼろになっている。ろくに食事もとれていないのだろう。顔や手足もかなり汚れ、やせ細っている。ふうん、と口の中で呟いて水輝は子供たちを睨みつけた。
「覚悟は出来てるんだろうな、お前ら」
ふふふ、と不敵に笑って水輝は立ち上がった。子供たちはそれぞれ手をしっかりと繋ぎあって震えている。しばらく子供たちを脅してから水輝はわざと浮かべていた怖い表情を消した。
「まあ、脅しはこれくらいにして」
「水輝さん! 何してるんですか!」
唐突に背後から声が聞こえてくる。ぎくりと首を竦めて水輝は恐る恐る振り返った。いつの間にか水輝の真後ろに見慣れた奈月の姿がある。
「なっ、何でここに」
動揺を露にして水輝は奈月を指差した。奈月はいつもの優しげな表情ではなく、険しい顔をしてぎらりと横目に水輝を睨みつける。
「わたしを保護してくださったせいで、先方にご迷惑をおかけしたみたいなんです。だから、戻ってきました」
「迷惑……?」
眉を寄せて水輝はそう呟いた。一体、何があったのだろう。奈月の穏やかな性格から迷惑という単語は想像し難い。水輝は頭を抱えてしばし悩んだ。魔法士のトップであるところのラスティは間違いなくあの世界で最強の筈だし、その背後にいた者に関しては力の保証などする必要がないレベルだ。なのにどうして迷惑などという事態が発生するのだろう。
奈月は頭を抱える水輝を余所に、怯えていた子供たちにゆっくりと近付いていった。唐突に現れた奈月を警戒しているのか、子供たちは水柱ぎりぎりまで後退して手を繋ぎあっている。まるで手を離したらこの世の終わりとでも言いたそうな顔だ。
「もう大丈夫よ。ほら」
にっこりと笑って奈月が水柱に手を触れさせる。何事かを奈月が呟いた瞬間、周囲を取り囲んでいた水柱は端から細かいしゃぼんとなって天に舞い上がった。それを見た子供たちが状況も忘れて嬉しそうな歓声を上げる。
「いや、あの、その……な」
奈月、と呼びかけようとして水輝は慌てて口を手で覆った。奈月は笑顔で子供たちの傍に腰を下ろし、せがまれるままに魔法を見せてやっている。まるで手品でも見ている気分なのだろう。子供たちは無邪気にはしゃいでいる。
「こんな小さな子供たちに力を放ったりするなんて、大人気ないです」
憤然と言いながら奈月が振り返る。そうだそうだ、と子供たちが声を揃えてはやしたてる。水輝は引きつりながらがっくりと肩を落とした。
「いや、おれはただ、悪戯した子供に灸を据えてやらねばとだな」
そう言いながら水輝は注意深く周辺を探った。少し騒ぎ過ぎたかも知れない。それまで感じることのなかった気配が近付いている。水輝は舌打ちをして腰を上げた。
「おい、がきども。な……ええと、そのお姉ちゃんから離れるなよ」
反射的に奈月と言いかけて水輝は慌てて訂正した。こんなところで奈月を呼んだりすれば、どんなに鈍くなっていても勘付かれる。それでは困るのだ。
「大丈夫です。この子達はわたしが」
「頼む」
短く応えて水輝は茂みから道に戻った。それと同時に気配が急速に近付いてくる。今度は当たりだ。気配を読んだ水輝はふっ、と鋭い息を吐いて地面を蹴った。走りながら刀を抜く。水輝は走る勢いに乗せて刀を振った。勢いよく飛んできた力が水輝の刀の前に弾けて消える。
奈月が水輝に合流しました。
水輝は匿っていたかったのですが、奈月には無理でしたねw