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がさり、と音を立てて一人の男が茂みから姿を現す。どうやらあの住宅街の片隅に潜んでいたらしい。
「わざわざ痕跡をたどらせるような真似しやがって……」
そのくせ、正気はないときたか。水輝は呟いて男を睨んだ。深い緑と淡い灰色のまだらの髪が男の動きに合わせて揺れる。どうやら相当に場数だけは踏んでいるらしい。ふん、と嗤って水輝は一気に男に迫った。
男が身軽に飛んで水輝の刀の切っ先を避ける。だが水輝は刀を振った勢いに乗せて身体を反転させた。左手に握った鞘の先端が男のわき腹に食い込む。男は打たれた衝撃に茂みの奥に吹っ飛んだ。
鋭く舌打ちをして水輝は一気に男に迫った。男が飛んだ方向がまずい。奈月たちの潜む場所のすぐ傍だ。水輝は気合の声を発して地面を強く蹴った。
倒れていた男が間近に奈月たちを見つけて目を輝かせる。奈月は子供たちを背に庇い、男を鋭く睨んでいる。水輝は今にも奈月たちに襲い掛かろうとしている男の背中目掛けて容赦のない一撃を放った。刀が男の背に飲み込まれると同時に真っ白な光が目の前に膨れ上がる。どうやら奈月が何かの術を放ったようだ。水輝の刃と奈月の生み出した光に焼かれ、男は断末魔の声を上げてその場に倒れた。
小さく息を吐いて刀を鞘に納める。倒れた男はまだ死んではいない。水輝はしばし男を見下ろして子供たちに目をやった。何事が起こったのかよく理解していないのだろう。子供たちは恐る恐る男を見ている。
「おい、な……ええと」
奈月を呼ぼうとして水輝は困って眉を寄せた。だが水輝の言いたかったことを理解したのだろう。奈月がはい、と顔を上げる。
「悪いが、こいつを浄化できるか?」
そう言いながら水輝は鞘に収まった刀の先で男の背をつついた。すると奈月が神妙な面持ちで頷く。
「知識の使者にして、叡智の番人よ。淀みを祓う光を我に」
涼やかな奈月の声が呪文を構成する。呪文詠唱の後、奈月は合わせていた手のひらを男に向けた。すると男が真っ白な光に包まれる。やがて光が消えた時、男の髪の色は灰色と黒とのまだらになっていた。
「もしかしてりゅうじん?」
恐々と男を見ていた子供の一人がぽつりと呟く。水輝はああ、と頷いて子供たちの顔を見た。三人の子供たちは目を輝かせて男に熱い視線を注いでいる。奈月はそんな子供たちと水輝とを不思議そうに見比べた。
「食ってよし。おれが許す」
そう言ってから水輝は奈月に近付いて、胸の中に奈月を抱いた。わーい、と歓声を上げた子供たちが一斉に男に群がる。水輝は慌てたように手足を振り回していた奈月の耳元に低く囁いた。
「見るな」
水輝が告げた直後、その背後で不穏な音が立て続けに響いた。子供のはしゃぐ声とは裏腹に、骨が折れ、肉の千切れる音が響く。子供たちは嬉しそうに声を上げて男に群がっていた。器の中を容赦なく子供の手で探られ、小さな手が一つずつ宝珠を抜き取っていく。
「水輝さんの命でも、目を背けることはできません。わたしは知らなければならないんです」
それは道理だ。が、水輝は苦しさを堪えて頼む、と首を振った。
「今だけでいい。頼む、言うことを聞いてくれ」
無邪気にはしゃぎながら子供たちが宝珠に食らいつく。八色、全ての宝珠を抜かれ、その上他者から奪い取った宝珠まで根こそぎ掘り出された男の身体が砂になって風に消える。水輝は感慨のない目でその砂の動きを追った。
「地上の王は禁止、ですよね?」
水輝の腕の中で身を強張らせていた奈月が小さく呟く。水輝はああ、と頷いてため息混じりに告げた。
「出来ればその名も呼ぶな。あいつは耳がいい」
そう呟いて水輝は奈月から手を離した。奈月は唐突に解放されるとは思っていなかったのだろう。その場によろける。水輝は奈月の腕をとって身体を支えた。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「おいしいよ、ありがとう!」
子供たちは口々に奈月に感謝を述べて嬉しそうに宝珠を頬張っている。子供たちが牙を立てた宝珠は既に輝きを失っている。奈月は戸惑いつつも笑顔で子供たちに応えている。水輝はそんな子供たちと奈月を横目に眺め、行こうと低い声で告げた。
茂みを出て道に戻る。慌てたように奈月が後を追ってくる。水輝は無言で道を進んだ。
「水輝さんの向き合っている現実から、わたしが遠ざかっているのは間違っていると思うんです」
遠慮がちに言いつつも奈月の声は凛としている。水輝は肩越しに奈月を見返ってから再び前を向いた。答えない水輝のことをどう思ったのか、奈月が言葉を続ける。
「わたしは不要ですか? 足手まといのまま、ずっとどこかに隠れていなければいけませんか?」
そう告げた奈月の声には悲しみがこもっている。水輝は深くため息をついて足を止めた。だから嫌だったんだ、と胸中で呟く。
どんなに危険から退けようとしても奈月はこうして傍に現れる。今回はきっと大丈夫と確信していたのにこのざまだ。水輝は振り返って奈月を見つめた。
「じゃあ訊くが、お前はお前の身を第一に守れるか?」
奈月を見つめる水輝の目には感情らしいものは浮かんでいない。意図的に水輝は感情を殺して奈月と接していた。困惑したように奈月が視線を泳がせる。だがすぐに奈月は真っ直ぐに水輝を見つめ返した。
「これまで、わたしは考え違いをしていました。自分自身なんてどうでもいい。水輝さんさえ無事ならいい。そう思っていました」
それを聞いた水輝はぴくりと眉を跳ね上げた。内側に閉じた感情が漏れそうになる。水輝は意識を懲らして出来るだけ感情が揺れないよう、心の周囲に壁を張り巡らせた。
これ以上、感情を露にしたらきっと気付かれる。
この2人はビミョーにすれ違うことが多いです。