※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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このエピソードで12章は終わりです。
エロシーンはありません。


子供におしおきは駄目です! 3

「でも、それは間違っていたと気付きました」

 

 静かな声音で告げて奈月は一度、深く息を吐いた。会っていない間に何が奈月の身に起きたのかは判らない。だが確実に奈月は以前より成長している。それを感じ取って水輝は僅かに目を細めた。

 

「それで?」

 

 聞きようによっては酷く冷たく水輝は問うた。奈月が何かを決意した面持ちで頷く。

 

「わたし、自惚れることにしたんです」

「自惚れ?」

 

 思わず水輝は素に帰ってそう訊き返した。しまった、と慌てて口を手で覆い隠す。だが運良く、感情は外には漏れなかったらしい。

 

「わたしという存在は、水輝さんにとって必要不可欠なのだと、そして、わたしは水輝さんの傍に居て、お役に立つことができると」

 

 真剣な眼差しで言いながら奈月が一歩、水輝に迫る。水輝は目を細め、次いで上目遣いに天を見た。しばしそのまま動きを止め、ため息をついて視線を戻す。再び奈月を見つめた水輝の顔には苦笑が浮かんでいた。

 

「あー、負けた。駄目だな、おれ。やっぱお前には負けちまう」

 

 そう言ってから水輝は奈月を抱き寄せた。驚いたように息を飲む奈月に素早く口づける。水輝はこれまで離れていた時間を埋めるように深く奈月に口づけた。うっとりした面持ちで奈月が水輝の口づけに応える。

 

「あの、水輝さん、その……」

 

 長く深い口づけが終わった後、奈月が言いにくそうに口ごもる。水輝はなに、と奈月に笑みかけた。肩を抱いて歩き出す。

 

「そろそろ、限界なんです。もう、動けなくなっちゃ……あっ」

 

 水輝の腕の中で奈月がよろける。水輝はそれを見て思わず吹き出した。しばらく我慢しようと思っていたがこれはとんだ褒美かも知れない。水輝はくるりと踵を返して来た道を戻り始めた。あの廃墟には使われていない家が幾つもある。その中の一軒を無断で借りたところで誰も文句は言わないだろう。

 

「ごめんなさい、水輝さん、その、あの、えっと……!」

「何だ。歩けないのか?」

「あの、いつもいつもふつつかものですけど、あの、その、よろしくおねがいします!」

 

 奈月が勢い込んで言って頭を深々と下げる。にやにやと人の悪い笑みを浮かべて水輝は手にしていた刀を宝珠に戻した。器に宝珠を納めて奈月を両腕に抱え上げる。

 

「きゃっ、水輝さん……」

 

 頬を赤く染めて奈月がうっとりとした面持ちをする。水輝は腕に抱えた奈月に笑いかけてゆっくりと道を戻った。

 

 廃墟までもうすぐという所で水輝はぴたりと足を止めた。腕の中で夢見ごこちの顔で目を閉じていた奈月が不思議そうに目をあける。水輝たちの歩いていた道の行く手に一人の女が立っている。

 

「今日は珍客の多い日だ」

 

 そう呟いて水輝は再び歩き出した。水輝を睨むように見ていた女がぐらりとよろける。おいおい、と笑って水輝は女に近付いた。

 

「無理して跳ぶからだぞ。あの結界をくぐってきたのか」

 

 笑い混じりに言って水輝は遠くに霞むベールを顎でさした。ああ、と苦しそうな顔で頷いて女が頭を上げる。

 

 以前とは少し違い、少なくとも女には見える。水輝の目の前に立っていたのは火藍だった。

 

「忙しいところ、すまんな」

 

 どこまでも律儀な火藍の言葉を受けて水輝は乾いた声で嗤った。それはお互い様だろう。思わずそう言い返す。腕の中で奈月が驚いたように目を見張る。心配するな、と奈月に笑みかけて水輝は顔を上げた。

 

「今はこの通り、こいつ優先でな。その後でなら話を聞くぞ」

 

 言いながら目で奈月を示し、水輝は歩き出した。火藍がよろけつつも水輝の後を追う。水輝は出来るだけ火藍の負担にならないよう、歩く速度をいつもより抑えた。見た目にも火藍の身体ははっきりと傷ついている。結界を越えたということは、文字通り立城の容赦ない力をまともに食らったということだ。

 

「彼女の中からマーキングを消します。わたし気を失うと思いますけど、心配しないでください」

 

 水輝の腕の中で奈月がそう告げる。おい、と水輝は慌てて奈月を止めようとした。が、奈月は水輝の声に構わず呪文の詠唱を始める。

 

「未来より来たりて過去へと旅する時空の王よ。凶つき光蜜を過去へと持ち去り給え」

 

 呪文詠唱が終わると同時に翠色の光が奈月を中心に展開する。光は水輝の隣にいた火藍の身体に一気に注ぎ込まれた。火藍が低く呻いて自身の身体に腕を回す。相当に苦しいのか、火藍は歯を食いしばって身体を震わせている。水輝は無言で火藍が痛みに耐える様子を見守った。

 

 やがて光が消え失せる。水輝はほっと息をついた火藍から腕の中に目を移した。奈月は自分で先に言っていた通り、気を失っているようだ。目を閉じて身体の力を完全に抜いている。

 

「……たびたびすまんな。今度は彼女に迷惑を」

「ま、こいつが望んだ結果だからな。それはいいが」

 

 しかし呆れた度胸だ。そんな水輝の呟きに火藍が苦笑する。

 

「お前も相変わらずの苦労性か」

 

 横目に火藍を見て水輝は低い声で訊ねた。それまで苦笑していた火藍が顔を曇らせる。それが何よりの答えになった。やれやれ、と肩を竦めて水輝は周辺を見回した。手近なところに一軒の小さな廃屋を発見する。水輝は顎をしゃくって火藍を促すと、廃屋に歩み寄った。

 

 まあ、ちょうどいいな。廃屋の玄関を蹴り壊して中に入り、水輝は足でほこりだらけの床に敷かれたキルトのマットを剥がし取った。かつては居間だったのだろう。マットの下には畳が敷いてある。ほこりのない部分に奈月を静かに横たえてから水輝は火藍を促した。

 

 柱は黒ずんでいるし壁もぼろぼろだ。置かれた家具や食器類にもほこりが大量に積もっている。こんな場所で暴れようものなら、まず間違いなくほこりを吸い込んでしまう。水輝は仕方なく廃屋を出た。誰も暮らしてはいないがすぐに壊れるというほどに家そのものは傷んではいない。

 

 壊れた玄関から出ると、廃屋内も暗かったはずなのに暗さが妙に目に染みる。水輝は廃屋から少し離れた場所まで歩いてから振り返った。火藍は頼りない足取りではあるが、自身できっちり歩いてくる。

 

「言っとくが、おれは手加減は出来ない。だがおれのところに来たということは、お前も覚悟を決めたんだろ?」

「ああ」

 

 水輝の問いかけに火藍が短く返事して頷く。それまで胸を押さえて身を少し屈めていた火藍は、深く息を吐いてしっかりと背中を伸ばした。

 

「先に言っとくが……かなり痛いぜ?」

 

 そう告げて水輝は自分の胸に手をあてがった。鋭い息を吐いて一気に手を器の内側に潜らせる。その瞬間、水輝の全身に痺れが走る。痛みが強すぎて痛みと感知できないのだ。

 

 指先で器の中に閉じ込められた力を探る。水輝は歯軋りして手を動かした。手伝うか、という火藍の声すら遠い。要らん、と機嫌悪く返して水輝は右手に触れた宝珠を掴んだ。

 

 一気に手を引き抜く。水輝は深々と息をついて宝珠を握った手を掲げた。手の中に納まっていた宝珠が揺らめいて形を変える。現れた刀の柄を握り、水輝は無言で鞘から抜き放った。

 

 青い刀身が月明かりを反射して煌く。水輝は両手に刀を握り、地面を強く蹴った。真っ直ぐに火藍の懐に飛び込む。水輝が繰り出した青い刀は火藍の胸を正確に貫いた。




この先はちょっと駆け足になる……はずですw
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