※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

226 / 262
エロシーンはありません。


十三章
頭に氷嚢は意味がないんですけどね


 頭に氷嚢を乗せて要は深々と息を吐いた。何とか気分が落ち着いてきた。ヒューマノイドである要は頭を冷やしたところで熱が下がるわけではない。が、気分ですわ、と言い切って要は野木と周藤に氷嚢を用意させた。

 

 要が横たわっているのは優一郎の実験室の片隅に用意された簡易ベッドの上だった。額に乗せた氷嚢が、要が顔を動かすのにつれて氷の触れ合う音を立てる。情けなさに呻いて要は天井を睨むように見つめた。先ほどまで心配顔で要に寄り添っていた野木と周藤は今はまた席を外している。その代わりにベッドの傍らの椅子に座っているのは優一郎だ。

 

「しっ、失礼しましたわ。わたくしとしたことが」

 

 気を取り直して要はそう告げた。だがまだ頭の中は混乱している。手に入れようと躍起になっていた多輝が女に、絶対に倒すとかたく心に決めていた絵美佳が男になっているというのだ。驚かない方がおかしい。だが要は一時的にその問題を脇に退けた。

 

「いえ、事の重大性を考えれば、要さんに精神的負荷がかかるのは仕方有りません。あのような話、普通は信じられるものではありませんから」

 

 優一郎の気遣いの言葉に要は力なく笑った。確かに信じがたい話ではある。だが今現在、自分たちはそのとんでもない話に巻き込まれているのだ。ここで現状を理解することを放棄してしまったら、何の進展もしない。

 

「先の斎姫さんの件ですが、わたくし、ちょっと気になることがありますの」

 

 そう言いながら要は優一郎を見つめた。氷嚢を吊るしている金属製の支え棒をちょうどいい位置になるよう、指で直す。

 

「話してください」

 

 真剣な表情で優一郎が頷く。要は判りましたわ、と呟いて言葉を続けた。

 

「優一郎さまは斎姫さんが増幅器の可能性があると仰いました。確かに神楽坂さんが斎姫さんの機体に意識を移した後、二人の能力値は一気に上昇しました」

 

 グラフを思い出しながら要は確かめるようにゆっくりと言葉を継いだ。優一郎は無言で要の言葉に頷いている。

 

「ですが、こうも考えられませんこと? 上昇後、力を示すグラフは安定していたように思われました。斎姫さんは間違いなく力の増幅に何らかの影響は与えていると思います。そして同時に、神楽坂さんの力を安定させたのではなくて?」

 

 神楽坂洋と名乗ったあの少年の力は実に不安定だということは、先に優一郎が告げたことだ。例えどんなに強大な力であろうとも、結果の予測出来ない不安定さを持っていたらいざという時に使えるかどうか判らない。

 

 だが少年が斎姫の機体に入ったと思われるあの瞬間から、それまで上下に忙しなくぶれていた力のグラフはきれいな線を描き始めたのだ。

 

 使えない力などあっても意味はない。要はそう説明して口を閉じた。

 

「あなたは本当に聡明な方だ」

 

 感心したように優一郎が告げる。だが要はいいえ、と首を横に振った。

 

「違います。わたくしは呈示された情報を整理しただけ。そんなことは誰にでも出来ることですわ」

 

 謙遜ではなく、要は本気でそう思っていた。栄子を間近に見てきた要は、その程度のことは誰にでも出来るのだと思ってきたのだ。事実、栄子を始めとする会社の経営陣は難なくこの程度のことはこなす。そうでなければ幾つも所有する企業を上手く回転させることは出来ない。

 

 聡明だったのは母だ。そう言いかけて要は口を噤んだ。今さら、栄子の話を蒸し返したところで意味はない。

 

「増幅器と話しましたが、斎姫の役割というかその機能はそれだけではないと思います。ある目的を達成するのに対して必要な機能を全て備えていると考えるほうが自然です」

 

 要は目を細めて目的、と呟いた。人ならぬ者に興味はない。が、その目的に自分たちが絡んでいるとなると、他人事ではない。

 

 そもそも、何故吉良瀬当主は斎姫に拘ったのだろう。そして何故、斎姫を優一郎の手に託したのだろう。そのうえ、今回のケースで斎姫は吉良瀬とは恐らく全く関わりのないらしい者に奪われている。

 

 だがそれすらも目的通りであったならどうだろう。自分たちは全く意識しないところで今回の件に深く巻き込まれているのではないだろうか。

 

 龍神とやらのルールは変わりつつあると優一郎はいう。以前なら恐らく今回のような事件を巻き起こした時点で、主原因である龍神は断罪されるべきなのだろう。だがまだ斎姫は戻っては来ない。それはつまり、龍神のルールが変更され、人に介入することは違反ではなくなっているということだ。

 

 要はしばらく黙考してから戸惑い気味に口を開いた。

 

「何故、優一郎さまはこれまで斎姫さんと深くお話なさらなかったんですの?」

 

 おずおずと告げる。そんな要を見つめていた優一郎が少し顔を強張らせて息をつく。

 

「僕が斎姫の感情について全て把握していたと言う事は最初にお話したと思います」

 

 そう告げてから優一郎は足を組み替えた。膝の上で手を組む。要はじっとそんな優一郎を見つめていた。

 

「そして、立城さん、吉良瀬の当主から斎姫を託された経緯もお話ししました」

「ええ、そうですわね」

 

 小声で言葉を挟んで要はそっと頷いた。額に乗せた氷嚢がからん、と涼しい音を立てる。

 

「そして、これはまだお話していない事実ですが、吉良瀬の当主は僕に後継者となるように打診をしてきたことがあります」

「後継者、ですって?」

 

 それは文字通り吉良瀬財閥のという意味なのか。そう訊き返そうとして要は逡巡した。これまでの話から吉良瀬当主が言った意味はそれだけではないのではないか。そう考えてから要ははっと目を見張った。

 

 優一郎を凝視する。まさか、と胸中で呟いてから要はいいえ、と首を振った。そんなことはあり得ない。目の前にいる優一郎は確かに人間にしか見えないし、もしも特殊な力を持っていたら要の機体は如実に反応を示す筈だ。

 

 でも本当に絶対にないと言い切れるの? 要はそう自問した。

 

「要さん、吉良瀬の当主の要請には、明らかに龍神としての、地上の王としての立場も引き継ぐような示唆が含まれていました。ただ、その時の僕は敢えて、それに気付こうとしなかったのですが」

 

 そこまで言ってから優一郎は大きく息を吐いた。要は息を潜めて次の優一郎の言葉を待った。

 

 優一郎は斎姫の機体だけではなく要の機体の全てを把握している筈だ。もしも優一郎にその気があれば、センサーを一定の力に反応させなくさせることは出来るだろう。その可能性は否定は出来ない。だが要は敢えてその考えを否定した。

 

 龍神は純然たる系統に分かれているという。だが揮われる力までがそうとは限らない。もしも優一郎が何らかの力を有していて、その力だけに反応しないようにセンサーを作ったとしたら不都合なのではないか。もし誰かが優一郎と似た力を使用したら、センサーは反応しないだろう。それではセンサーを搭載している意味がない。

 

 あらゆる情報の中から真実を見抜くのは自分。他の誰でもないのですよ。

 

 いつか聞いた栄子の言葉が要の脳裏に蘇る。




ちょっと長かったので分けます。
ちなみにヒューマノイドが過熱しても、頭に氷嚢はあんまり意味がありませんw
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。