緑色の砂が唐突に吹いてきた風に一気にまかれて天に舞い上がる。斎姫ははっとして都子の立っていた場所に目をやった。だがもう都子の姿はない。透け始めてから都子が消えるまでにかかった時間はほんの数十秒だった。その僅かな間で都子は完全に姿を消してしまったのだ。
斎姫は激しく吹いてきた風に逆らって必死で立ち上がった。天を仰いで叫ぶ。
「だめよ! 逝かせない!!」
鋭く叫んだ斎姫の声すら風にまかれて殆ど響かない。だが無意識に放たれた斎姫の力が天へと上りかけていた緑色の砂の一部に命中する。続いて吹いてきた凄まじい風に斎姫は悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
轟音が止んで辺りに静けさが戻ってくる。その場を埋め尽くしていたばらの花は一つも残ってはいない。斎姫は周囲を見回して顔を歪めた。潤んだ目から涙がとめどなく零れ落ちる。
どうして伝える前に都子は消えることを選んでしまったのだろう。何故、最期に一目会いたいと願わなかったのだろう。もしも都子がそう願ったなら、消えなくても済んだのではないか。斎姫は顔を手で覆って泣きじゃくった。
「どうして、諦めちゃったの。どうして……」
泣きながら斎姫は切れ切れにそう呟いた。都子は兄を好いているのだと言っていた。だがだからこそ結ばれることはないのだと言っていた。正直なところ、その話を聞いた斎姫は都子をとても気の毒に思った。都子の想いはたぶん、通じないのだろうと思っていた。
だが都子と話しているうちに斎姫は気付いた。都子はどうやら兄と血とは別のもので繋がっていたらしい。都子の口ぶりと話の内容から斎姫はそう理解した。そして都子は兄妹であるから結ばれないと本気で思っていた訳ではないのだろう。もっと別の、斎姫の知らない何らかの事情があるのだ。
それでも斎姫は都子に言いたかった。諦めないで、と。例えどんな事情があったとしても、もしかしたら想いは通じるかも知れない。互いの気持ちを確かめていないのならなおのこと、きちんと伝えるべきなのではないかと思ったのだ。
斎姫は無意識のうちに都子と兄の関係を自分と優一郎の関係と重ね合わせて見ていた。都子はとても好意的に色んな話をしてくれた。そして斎姫もまた、都子にこれまでに体験してきた話をした。そのうちに斎姫は都子が置かれた立場が自分と似ていることに気付いたのだ。
「わたしには、気持ちを伝えるようにって言ったのに……」
涙ながらに呟いて斎姫は息をついた。ハンカチで顔を拭いながら立ち上がる。
初めて見る夢だからなのか、ここに辿り着いてからの斎姫はずっと不安に苛まれていた。だが斎姫の不安を拭い去るかのように都子は色んな話をしてくれたのだ。そのうちに斎姫は段々と自分の不安が薄れていくのを感じた。少なくともここにいるのは自分一人きりではない。都子という話相手がいてくれる。
だが同時に斎姫はもっと別の不安を覚えた。どうして優一郎は自分を起こしてくれないのだろう。何故、自分は眠ったままなのだろう。斎姫はその気持ちも都子に打ち明けた。すると都子はそのたびに微笑んで言う。
大丈夫。きっとあなたは目覚めることが出来るから。
根拠がないと思わないでもなかった。が、斎姫は都子の言葉に励まされたのだ。
なのに。斎姫はぽつりと呟いた。ずっと一緒にいればいいと言ったのに、どうして都子は消えたのだろう。
斎姫はため息をついて空を見上げた。先ほどまでの荒れ方が嘘のようにきれいな青空が広がっている。斎姫はしばらくぼんやりと空を見上げていた。
ふと穏やかな風が吹いてくる。斎姫は目を細めて風のくる方を見た。そこで目を見張る。風に乗って緑色のばらの葉が流れてくる。斎姫は慌てて手を伸ばし、風に吹かれてきた二枚の葉を受け止めた。
風が止む。斎姫は黙って手の中を見下ろした。手のひらの上に二枚のばらの葉が乗っている。しばらく斎姫はじっと葉を見つめていた。
不意に小さな葉が乾いた音を立てて弾ける。斎姫は慌てて手を引っ込めた。宙に放り出された葉の欠片が一気に緑色の細かな砂となる。身構える間もなく、斎姫の身体に緑の砂は吸い込まれた。
「こんな……。こんなことって!」
砂が身体に吸い込まれたと同時に斎姫の頭に様々な情報が入ってきた。斎姫は愕然と目を見張ってその場に膝をついた。瞬間に斎姫は都子の言った意味を理解した。斎姫だけではない。都子もまた、斎姫に自身の姿を重ね合わせて見ていたのだ。
止まっていた涙が再び溢れる。その場にぺたりと座り込んで斎姫は泣き続けた。得た情報を理解するより先に涙がとめどなく溢れてくる。拭っても拭っても次々に零れる涙をどうすることも出来ず、斎姫は泣き続けていた。
これが原因で斎姫の中に都子の記憶が留まったりします。