「要するにあれだ。機体の状態をいちいち設定してやんなきゃなんねえってこと?」
ちなみに多輝は女性である時にはヒューマノイドの機体の器を用いているが、ほぼ完全自律型だ。だがヒューマノイドは通常、多輝のような状態を保てない。
「そう。そのかわり上手くすれば並みの龍神となら互角に戦うことができるはずだ」
「なるほど」
多輝が頷くのを見て優一郎は頷き返した。そうでなければここに要を連れて来ようとは思わなかった。カレンは戦闘タイプの機体ではあるが、基本的な格闘技等の技術を学んでいる訳ではない。あくまでも強靭な機体を有しているからこそ、ある程度の敵は排除できるのだ。
だが要は違う。要は弓道を始め、あらゆる戦いの技術を本格的に学んでいる。使い方さえ間違えなければ、かなりの戦力になる筈だ。それに要には冷静な判断力がある。いざという時に判断を誤ることはほぼないだろう。
「今日はこれから要さんの身体の制御方法について学習してもらう。また万一のことを考えて、君の身体の構造についても要さんに学んでもらう」
「了解」
軽く言って多輝が片手を上げる。優一郎は多輝に頷いてから腕の時計に目を落とした。
「もうそろそろ思考が復帰する頃合なんだけど」
ちょっと遅れてるな。そう、優一郎が続けようとした時。
「水輝様!?」
唐突に要が叫ぶ。それを聞いた優一郎はしまった、と唇を噛んだ。多輝に説明することに気を取られていて、要の思考を読むのを忘れていた。
「あー?」
一転して不機嫌に言って多輝が要を睨む。要は身を起こすと間近にいた多輝を見つめて目を潤ませた。胸の前で手を組み合わせている。
「もっかい言ってみろ」
これ以上はないというほど機嫌悪く言って多輝がだらりと腕を身体の横に垂らす。それを見た優一郎は慌てて多輝を止めようとした。だが水輝の名前を聞いて多輝は我を忘れるほど怒り狂っているらしい。優一郎の声にも反応しない。
垂らした多輝の手の先に光が灯る。
「多輝、駄目だ!」
優一郎は腹に力をこめて一喝した。その途端、びくん、と多輝が身体を震わせる。ようやく止まった、とほっと優一郎が息をついた隙に再度、要が叫んだ。
「水輝様! なんとおいたわしいお姿に!」
「このアマ、殺す!」
消えかけていた光が光度を増す。優一郎が制止する間もなく、多輝は光の灯った腕を振り上げた。要はまだ完全に目覚めていない。涙に濡れた目で多輝を見上げているだけだ。
不意に巨大な光がその場に現れる。優一郎は驚きに息を飲んで思わず目を閉じた。だが光はすぐに消えた。優一郎は静かに目を開いて光の生まれた場所を見た。
長い髪が揺れる。多輝の背後に現れていたのはいつか見た、蒼と名乗った青年だった。蒼は多輝の喉元に片方の腕をかけ、もう片方の手で多輝の振り上げていた手を握っている。
「お探ししましたよ。多輝様」
そう告げて蒼は多輝の手から光を消し去った。暴れる多輝を羽交い絞めにして器用に優一郎に向かって頭を下げる。優一郎は思わず苦笑して蒼を見つめた。蒼は見た目にも傷だらけになっている。どうやら蒼は蒼なりにかなりの痛手を食らっているらしい。
「使い魔ですね。あなたは」
優一郎はそう言ってから蒼に向かって手をかざした。瞬く間に蒼の傷が癒えていく。蒼はありがとうございます、と再度優一郎に頭を下げた。
「え、え、え!?」
慌てたような声をあげて要があちこちを見やる。どうやら要の記憶も完全に落ち着いたようだ。そのことに安堵の息を吐いて優一郎は蒼に向き直った。蒼に羽交い絞めにされた多輝はまだ暴れている。
「蒼さんですね、多輝を戦闘試験室に連れて行っていただけますか?」
優一郎が告げた言葉に蒼がはい、と頷く。
「離せばか! おれはこの女をまだしめてねえ!」
「……相変わらずですね。お相手はわたくしが致します。少なくとも退屈はしないと思いますよ」
笑顔で応えて蒼は多輝を羽交い絞めにしたまま歩き出した。一気に転移しないのはきっと多輝への嫌がらせなのだろう。引きずられながら多輝は喚き続けている。
「三分、ダメージを与えないように持たせてください」
「承知致しました」
事もなげに返事した蒼がふと足を止める。優一郎は気配を感じて振り返った。蒼は実験室の入り口のところで立ち止まり、優一郎に深々と礼をした。羽交い絞めにされたままの多輝が蒼の動きに圧されてぐえ、と呻く。
「主が大変なご迷惑をおかけしていることを、代わりにお詫び致します」
深く頭を下げたまま、蒼が告げる。それを聞いた優一郎はいいえ、と首を横に振った。どうやら蒼は多輝の使い魔となったらしい。気配から先に判っていたが、優一郎は蒼の発言でそのことを再確認した。
「いてえよ! ばか! 離せ!」
喚く多輝を羽交い絞めにしたまま、蒼が身体を起こす。それまで浮かんでいた笑みが蒼の顔から消える。蒼はしばし何か言いたそうにしていたが、結局は何も言わずに部屋を出て行った。引きずられている多輝の声が次第に遠くなる。
「要さん。予定とは逆になりますがあなたの戦闘能力を測りたいと思います。戦闘制御スティックを挿入しますから足を開いてください」
そう告げて優一郎はスチール棚に歩み寄った。ええ、と戸惑い気味の返事をして要が再びベッドに横たわる。要は何が何だか判らないといった状態だ。思惟を読みながら優一郎はそっとため息をついた。
さっき、何も言わなかった蒼の思惟だけが流れてきた。
もう、事は動き始めています。
そんなことは言われなくても判っている。優一郎は心の底でそう呟いて、スチール棚からスティックを取り上げた。
水輝に間違えられて多輝が切れましたw