抱えていた花束を老執事に渡して立城は目を上げた。花束を受け取った執事が深々と頭を下げる。
「今日はお見舞いに来ただけですから」
にっこりと笑って立城は執事に顔を上げるように告げた。既にアポイントはとってある。執事は頭を上げてこちらへ、と立城を促した。
順の屋敷の周辺には結界が厳重に張り巡らされている。恐らく時間と手間を相当に費やして作られたものだ。繊細な結界はごく普通の人間はすんなりと通してくれるが、そうでない者は順の許可がなければ通ることすらままならない。さすがに本拠地だけあって警戒は厳重だ。
立城は執事の後ろを歩きながら注意深く屋敷内の気配を読んだ。屋敷を包む結界に比べて内部に張り巡らされた結界は至るところが傷だらけになっている。恐らく、今現在の順の状態では修復も難しいのだろう。破れたまま放置されているといった感がある。
赤いじゅうたんを張られた階段を昇る。金色の手すりにはほこり一つない。立城は静かに階段を昇りながらおや、とあるところに目を留めた。恐らくわざとだろう。見つけ易い手すりの上に見知った気配がある。立城はふっと笑って執事の後に続いた。
一人も付き人を連れていない立城のことを執事は怪訝に思っているようだ。が、執事はそんな思いはおくびにも出さず、穏やかな表情をしている。行き過ぎる他の使用人たちも同様だ。立城に恭しく一礼して過ぎ去っていく。立城はその度に会釈をした。
玄関の吹き抜けに面した一室の前で執事が足を止める。そこで執事はまた立城に頭を下げた。
「ただいま主の容態はあまり思わしくなく……」
言いにくそうに執事が告げる。つまりは順をあまり刺激するなと言いたいのだろう。にっこりと笑って立城は頷いてみせた。それでは、と告げて執事が静かに扉を開く。立城は案内されるままにその部屋に足を踏み入れようとした。だがドアを越えようとしたところで軽い抵抗を感じる。どうやら小さな仕掛けがしてあったようだ。ふむ、と呟いて立城は仕掛けを踏み潰した。抵抗感が消え、普通に前に進めるようになる。
案内されたのは広い部屋だった。立城の執務室とそうサイズは変わりない。立城は周囲をぐるりと見回した。品のいい絵が壁に飾られ、調度品が並んでいる。部屋の奥には大きな執務机がある。端末の乗った机にしばし目を留め、立城は促されるままに部屋の奥に入った。
ドアから離れたところに大きなベッドが置いてある。どうやら元々、この部屋にはベッドはなかったようだ。急ごしらえで入れたためか、ベッドだけがやけに部屋の中で浮いて見える。
ベッドの脇には既に一脚の椅子が用意されていた。その隣に小さなテーブルもある。
「少々お待ちくださいませ。ただいま、お茶の準備を致します」
潜めた声で告げてから執事が恭しく頭を下げて退室する。入れ代わりに部屋に入ってきたメイドがワゴンの上で丁寧に茶を入れる。どうぞ、と出された茶を立城は軽く会釈をして受けた。テーブルの上に二人分の紅茶が置かれた後、メイドは静々と部屋を出て行った。それを見送って立城はさてと、と呟いた。
指を鳴らす。立城は部屋の内側に結界を張った。これで邪魔者は入らない。椅子から腰を上げた立城はベッドに納まっている順に目をやった。執事が立城に忠告したのもわからなくもない。順の顔色は酷く悪く、死体ですと言われても納得してしまいそうなほどに血の気が失せている。浅く短い呼吸をしてはいるようだが、生気が殆ど感じられないのだ。
しばらく順を見下ろしてから立城は微笑みを浮かべた。
「お久しぶりですね」
そう声をかけると微かに順の瞼が震える。だが順は目を開けない。優一郎から受けた傷が相当、進行しているのだろう。時折、苦しげに顔を歪めている。それも無理はない。何しろ傷の痛みを麻痺させてくれる蜜を運ぶ者は既にいない。立城は小さく笑ってベッドに腰を下ろした。
「気付いていますか? 火藍は水輝を連れて天空に向かいましたよ」
本来、主龍神となるべく用意したのは多輝だった。天輝の名を与え、巫女となるべくその意志を剥離させ、やがては天空の城に上る予定だったのだ。だが、その予定は変更せざるを得なかった。多輝を世話する役にあてがう予定だった優一郎が立城の予想しなかった能力を持っていたからだ。
だがそれは別の駒で補われた。仕組んだのは立城ではない。翠だ。翠もまた、主龍神の席を空いているままに出来なかったのだろう。結局、翠の用意した水輝と火藍が二人の代わりに天空の城に向かったのだ。
くすくすと笑って立城は足を組んだ。順の顔を覗き込む。
「まあ、おかげさまで穴は埋めることが出来ました。礼を言いますよ」
そう告げて立城はふわりと微笑んだ。順が苦しげに顔を歪めつつ薄く目を開けたのだ。どうやら声だけは聞こえているらしい。なるほど、と頷いて立城は続けた。
「そうそう。あなたが声をかけた絵美佳さんは、僕が責任を持って引き取りましょう。心配は要りません。悪いようにはしませんから」
ぴくりと順が眉を上げる。立城は笑みをたたえて順を見下ろしながら首を傾げた。
「……不満ですか? ですが、悪い話ではないと思いますよ? 僕も研究施設程度なら提供出来ますし」
そこまで言ってから立城はああ、と笑った。
「そうですね。本来の姿に戻っているようですから、十分に力は活用させていただけると思います。ですから心配は要らないんですよ」
小さく笑って立城は腰を上げた。窓辺に近付いて外を眺める。バルコニーにはたくさんの小鳥が群がっている。どうやら誰かが餌を撒いたらしい。それを見つめつつ立城は告げた。
たつきがおかしいww