大きな扉がゆっくりと開いていく。扉の向こうには真っ青な空が広がっている。扉から先、足元にも空は広がっている。火藍はじっと空を見つめた。
ほどなく視界の中央に白い点が現れる。その点は徐々に大きくなり、やがて一本の白い道となった。空の果てから伸びてきた道がゆっくりと扉に到達する。幅二メートルほどの白い道が扉に繋がったのだ。
やがて白い道の果てから真っ白な影が現れる。近付いてくるとそれが影ではないことが判る。真っ白な引きずるほどの長い髪を持ち、白い目をした女が静かに進んでくる。火藍は無言でその様子を見守っていた。
火藍と水輝の前で白い女が足を止める。女の名は白琅渉。仲間内で白と呼ばれる白琅渉は八大の一人、創造を司る龍神だ。
白は水輝と火藍とを交互に見つめ、次いで跪いて恭しく礼をした。だが礼を受けても水輝はぼんやりとしたまま、感慨のない目で白を見つめているだけだ。
「お迎えに参じました」
跪いたまま、白が告げる。だがそれでも水輝は反応しない。そのことを最初から知っていたのだろう。白は無言を守る水輝を訝る風でもなく静かに腰を上げる。
「それでは参りましょう」
そう言って白が水輝に手を差し伸べる。火藍はそこで水輝から手を離した。水輝が右手で白の手を取る。白は相変わらずの無表情だ。
白が扉を越えて道に踏み出す。手を引かれた水輝がそれに続く。だが少し進んだところで白が眉を寄せて振り返った。水輝がつられて足を止める。扉と天空の城を繋ぐ白い道の縁はゆらゆらと揺れている。
「……何故、共に来ぬ」
呟くように言って白がじっと火藍を見つめる。火藍は扉の前から一歩も動いていなかった。
「すまんな」
そう告げて火藍は片手を上げてみせた。するとぴくりと白が眉を上げる。僅かな表情の変化を火藍は苦笑と見て取った。
「任せても問題ないか?」
「お主らは寄ってたかって我をこき使いおって」
そこで白がふん、と鼻を鳴らす。
「誰に問うておる。我は天空の城、白琅渉ぞ。お主に言われるまでもないわ」
それを聞いて火藍は口許に微かに笑みを浮かべた。やれやれとでも言いたそうに白が肩を竦めて再び道を行き始める。
白は本人が称していた通り、天空の城そのものだ。本当は白は道を歩いているのではない。一見、歩いているように見えても身体の一部が必ず城とくっついているのだ。白は道から器を仮に生やしているに過ぎない。
扉から目を離し、身を翻しかけた火藍の視界の隅に動くものが留まる。火藍は驚いて顔を戻した。天空の城に向けて道を進んでいたはずの水輝が何故か一人で戻ってくる。どういうことだ、と目を見張って言葉をなくしていた火藍の目の前に水輝は進んできた。だが扉を越える手前で足を止める。
水輝は静かに腕を上げ、胸の前に手を組み合わせた。そして目を閉じて軽く俯く。火藍は息を殺して無言で水輝を見守った。
「……あなたの行く道に幸多かりし事を」
小さな、注意しなければ聞き取れないほどの声で水輝が囁く。
祈り、願います。
水輝の唇がそう言葉を刻む。しばし黙祷してから水輝は目をあけた。組み合わせていた手を解き、腕を下ろす。だが水輝の目には意志らしいものは感じられない。ゆっくりと踵を返して扉から離れていく。火藍は無言のまま唇をかみ締めた。徐々に閉まる扉の向こうに白と水輝の姿が小さくなっていく。
やがて扉が完全に閉じる。それと同時に扉は音もなく消えた。周囲に満ちていたぼんやりとした明かりが揺れ、やがて漆黒の不気味な霧が周囲を覆い始める。火藍自身が放つほんのりとした緋色の光の向こうに黒い影が幾つも浮かぶ。
火藍は俯いたまま踵を返した。胸に手を突き入れて触れた黒宝珠を取り出す。宝珠を握った腕を掲げながら火藍は顔を上げた。緋色の目が鋭く影を睨む。
手の中で黒宝珠が姿を変える。現れた巨大な鎌の柄を両手に握り、火藍は不敵に笑ってみせた。
「邪魔は、絶対にさせん」
火藍を取り巻いていた黒い影が一斉に咆哮をあげる。次々に影の中に不気味な光が灯る。我先にと襲い掛かってきた異形の獣の群に、火藍は雄叫びを上げて突っ込んだ。
******
「少しは慰めたらどうなのよ」
「自らこの情況を選んだ者に同情の言の葉などかけられぬな」
「何よ、けち」
「お主といい、火藍といい、何故こうも地上のやつらは愚かなのか……我には皆目理解出来ぬ。そのうえ、昨今は翠まで詰まらんことを言いおって……」
「いいでしょ。そのおかげであんたも寂しくなくなるんだから」
「それが愚かだと言うておる。お主、我がいかほどの骨折りをしてまやかし続けてきたと思うておるのだ。そもそもの発端は」
「あー、もう、煩いっ。あんたが愚痴っぽいの忘れてたわ」
「……誰のせいと思うておるのだ、お主」
「あんたの苦労なんてあたしの失恋に比べりゃ百万倍はましでしょうが! ……って、こらちょっと! 待ちなさい! 勝手に先行くんじゃないわよ! 白のばかあっ!」
短かったので後ろにくっつけました。