※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


おかあさーんとか言わないし!

 長い紺色の髪をポニーテールに結わえる。口に挟んでいたゴムで髪を結んでから多輝は顔を上げた。壁に寄りかかっていた蒼は無言で腕組みをしたままだ。多輝は鋭い目で蒼を見てから告げた。

 

「お前、死ぬ気だっただろ」

 

 ぼそりと言った多輝を殆ど睨むように見ながら蒼が口を開く。

 

「今はわたくしのことなど構っている場合ではないでしょう」

 

 きっぱりという蒼の顔には笑みは浮かんでいない。ふん、と鼻を鳴らして多輝は歩き出した。たんすに寄って動き易い服をセレクトする。下着はいつものものより柔らかい素材の方がいいだろう。綿で出来た下着を取り出しながら多輝は目を細めた。

 

 今はもう、あの時のことがなかったかのように部屋の中の様子は整えられている。乱れたベッドのシーツも今はすっかり元通りだ。破れたメイド服も片付けられているし、じゅうたんに散った様々なものも全て片付けられている。

 

 下着をつけてタンクトップを被る。手早く着替えながら多輝は呟いた。

 

「……後ろに誰がいるか知ってんのか」

 

 小さな呟きに答える声はない。多輝はため息をついてジーンズをはいた。ベルトを締めてシャツを羽織る。どうせ脱ぐことになるだろうが、今は冬だ。タンクトップにジーンズだけの格好で動くのは少し寒い。

 

「わたくしが存じ上げないとでも?」

 

 しばしの後、蒼が告げる。多輝はたんすを閉めて踵を返した。

 

 あの時、蒼の意識が直接に流れてきた。行為の乱暴さに比べてその思惟はとても静かだった。多輝を蹂躙しながら蒼は死ぬ覚悟を決めていたのだ。

 

 本来、使い魔は龍神の命には逆らえない。絶対の忠誠を誓うからこそ使い魔なのであり、主に背くなどあり得ない。それ故に龍神は何の心配もなく使い魔を行使することが出来るのだ。

 

 が、蒼はある意味、とても使い魔らしくない。だがそれでもこれまでは表面的には多輝の言うことには逆らったりしなかった。もちろん、水輝にもそうだったのだろう。造り手のことをちらりと脳裏に思い描いてから多輝は頭を振った。

 

 嫌がる多輝を犯すという行為がどれだけ危険かを知らなかった訳ではないだろう。だがそれでも蒼は多輝を離さなかった。それが自分の使命だと言わんばかりに強引に多輝を抱き続けたのだ。

 

 結果的に多輝はこれまで足りなかった部分を補うことが出来た。そして蒼はこうして命を取り留めている。だがそれは幸運などではない。蒼自身も知らなかったことだが、それはあくまでも仕組まれた末の結果だったのだ。

 

 周到な水輝の策に歯噛みする。多輝は部屋のドアを開けて蒼を振り返った。

 

「行くぞ」

「御意」

 

 静かに応えて蒼が多輝の後に続く。

 

 蒼が出来た経緯を多輝は初めて知った。蒼は大元は人だったのだ。それを水輝が食った果てに使い魔となった。その折、水輝は本来なら使い魔が持ち得ないものを幾つか蒼にこめたのだ。

 

 使い魔たちは例外なく主を慕う。だが蒼は造り手であるところの水輝を結果的には裏切った。蒼には他の使い魔たちにはない、人に近い心がある。それは元が人間だったところにも恐らく起因しているだろう。それ故に蒼は通常の使い魔が決して持たないなにかを悼む気持ちなどを持っている。

 

 そして蒼には特殊な力がこめられている。それはかつて、多輝が生まれた時に持っている筈だった力だ。どうやら水輝はとある術を使って過去に跳んだようだ。その術の正体は多輝にはまだ判らない。が、水輝は自分が眠っている筈の時間に跳び、造られたばかりの多輝から力を奪ったのだ。

 

 それが蒼にこめられた特殊な力だ。それ故に多輝は一度には覚醒せず、少しずつ、状況に応じて変化をする。蒼はそのきっかけ、所謂、鍵になっているのだ。

 

 最初からおれにあてがうために造りやがったのか。多輝はそのことに気付いた時、真っ先に水輝に毒づいた。やり方も気に入らないし、何より自分の知らないところで勝手に話を進められていることも気に入らない。

 

 廊下を進んで扉を開ける。優一郎の私室に入る時にはもう、多輝の表情からは険が消えていた。

 

「準備、出来たぞ」

 

 静かに告げる。優一郎の部屋には要も既に戻っていた。胴着と袴に身を包んだ要はいつもに増して凛としている。

 

「多輝、水輝さんのやり方に不満はあると思う。でも」

 

 机について最後のデータチェックをしていた優一郎が振り返りながら言う。あー、と間延びした声を放ってから多輝は頭をかいた。

 

「判ってる。もう切れたりしない」

 

 そう答えて多輝は頷いてみせた。実際、水輝の名を聞くとどうしようもない怒りが込み上げてはくる。だが恐らくそれも水輝の策のうちなのだ。怒りが力に直結するよう、条件づけられているのだ。

 

「獅子が我が子を谷底に突き落とすというけれど、親として、君に対する精一杯の誠意なんだと僕は思う」

「親言うな」

 

 つい、反射的に答えてしまってから多輝は慌てて悪い、と詫びた。冷ややかな細められた優一郎の目がじっと多輝を見つめる。だからごめんって、と再度詫びて多輝は頭をかいた。

 

 本当はたぶん、違うのだろう。優一郎の言いたいことも、水輝が何故そんな真似をするかも違っている。親心などではない。だが、他に言い表しようもないのは事実だ。強いて別の言葉を当て嵌めるとすると、それは憂いとも言えるかも知れない。同情とも違う、悲哀とも違う、水輝は恐らく何かをとても憂いているのだ。

 

 だがその感情は直接に多輝に注がれている訳ではない。

 

「多輝、人とはあり方が違うけど、君が水輝さんと立城さんの娘であることは事実だ。感情でなく、理性的にその事実に対処してほしい」

 

 あー、と多輝は呻きでそれに答えた。顔をしかめて頭をかく。するとそんな多輝と優一郎を静観していた要が唐突に口を開いた。

 

「……この場合、どちらが母親なのかしら?」

 

 何気ない口調で告げられた要の言葉に多輝は思い切り詰まった。そんな場合なのか、と思わず呟く。だが要は思案顔でじっと多輝を見つめている。答えを期待されていると知って多輝はため息混じりに告げた。

 

「あんなのどっちが母親でも嫌だろう。そーゆー次元とは違う話なんだよ」

 

 そう言いながら多輝は嫌な気配を感じて振り返った。背後にいた蒼がいつの間にか横を向いて口許を押さえている。その肩が小刻みに震えているのを見て多輝は機嫌悪く目を細めた。どうやら変な想像をしているらしい。蒼の思惟を読んだ多輝は一層不機嫌に眉を寄せた。

 

「水輝さんはもともとの本質は女性だったけど、今は違う。立城さんは少年か青年の姿で居ることを好むけど、本質的には女性だよ」

「いや、どっちにしても『おかあさーん!』とか言いながら、駆け寄ったりしないから」

 

 優一郎に手を上げて多輝はそう制した。蒼の思惟を読んで笑いが我慢出来なくなったらしい。優一郎もいつの間にか笑っているのだ。

 

 これから決戦って時にこれかよ。情けない気分で天井を仰いで多輝は苦笑した。要は要で性別が変えられるのは便利ですわね、などと言っている。その理由を優一郎が問い質す。すると要は胸を張って言った。

 

「攻めも受けも自由自在ではないですの! お得ですわ!」

 

 気合を入れてこぶしを握りながら要が強く頷く。あーあ、と言って多輝は三人の顔をそれぞれ見た。

 

「それじゃ、そろそろ行こう」

 

 苦笑しながら優一郎が立ち上がる。傍にみなが寄ったところで優一郎はポケットから名刺を取り出した。取り出された名刺には名前が刻まれている。優一郎は名刺を指に挟み、手を掲げた。

 

「葵殿、神崎葵殿。我等四名、刺を通じ貴殿との対話を求めん。貴殿の元に我等四名を召喚されよ」

 

 一瞬で周囲が光に包まれる。その場にいた四人は光と共に部屋から姿を消した。




神崎葵と名乗った順のところに向かいます。
……もう12月になっちゃいましたね(泣)
でもこのペースなら12月中に終わると思います。
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