※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

254 / 262
エロシーンはありません。


誓約の解除とやつあたり 1

 全ての激しい物音が消える。それと同時に屋敷を覆っていた強固な結界は静かに姿を消した。慌ただしい足音が幾つも聞こえてくる。廊下の壁に寄りかかってぼんやりとしていた優一郎は近付いてくる見知った気配に苦笑した。

 

「し、ん、ぱ、い、し、ま、し、た、わ、よ!」

 

 妙に一言ずつを強調して叫びながら要が足音も高らかに階段を上がってくる。続いて玄関をくぐって来たのは多輝だ。腹を押さえてはいるが、傷は大したことはなさそうだ。扉の脇にいた奈月が慌てて多輝に駆け寄っている。きっと奈月が傷を癒してくれるのだろう。よろける多輝の傍には蒼の姿もある。こちらは一体どういう早業なのか、射抜かれた割には平然としている。きっと蒼は主を放置し、ちゃっかり自分の傷だけ塞いだのだろう。色んな意味で規格外な使い魔だ。

 

 一気に屋敷の中が賑やかになる。優一郎は憤然と寄ってきた要にまあまあ、と笑ってみせた。要はこぶしを震わせて涙を目に浮かべている。まだ胴着と袴を身に着けているところを見ると、斎姫を置いてすぐさまここに引き返してきたのだろう。要はもしかしたら気絶していた多輝と蒼を叩き起こして跳べと命じたのかも知れない。確かにそれなら早く来れるよね、と優一郎は胸中で呟いた。

 

 唐突に玄関の扉が開く。次に屋敷の中に姿を現したのは水輝だった。

 

「あー、くそ。時間外労働だ、絶対」

 

 不機嫌に言う水輝の肩には幼い少年が担がれている。身長から考えると年は十歳くらいだろうか。丸裸の少年は水輝の肩の上で気絶しているのか、ぴくりとも動かない。だが以前のような歪んだ力は特に感じられない。肉の器と共に歪みが砕かれてしまったのだろう。

 

「おい、奈月! 飯くれ!」

「偉そうに言うな、偉そうに! つーか、お前! 礼くらい言ったらどうなんだ! こっちはただ働きなんだぞ!」

 

 水輝の後ろから見知らぬ青年が屋敷内に姿を現す。翠色の髪と瞳を持つ青年のことを優一郎はこれまで見たことがなかった。が、気配でその正体は読める。どうやら翠の所有する翠宝珠らしい。心配の内容とやらを涙ながらに語る要にてきとうに返事をしつつ、優一郎はのんびりと玄関で繰り広げられている彼らのやり取りを眺めていた。手すりに肘杖をついて手に頬を乗せる。

 

「……嫌だ……絶対嫌だ……あんなの……親じゃねえ……」

 

 玄関に座っていた多輝が愕然と目を見張り、肩を落として床に手をつく。そんな多輝に涼しい顔をして蒼が告げる。

 

「現実とは時に残酷なものです。さあ、ここは一つ、おとうさーん! と笑顔で抱きついてみたり」

 

 何かが吹っ切れたのだろうか。蒼は平然と多輝にそんなことを言っている。そこから少し離れた場所では水輝と翠の青年が言い合いをしている。

 

「相変わらず平らだなー。ラスティ、お前ちょっと成長が遅いんじゃないか?」

 

 ぺたぺたと青年の胸を触りながら水輝が告げる。それを受けたラスティという名らしい青年ががなり声を上げる。

 

「大きなお世話だ!」

 

 どうやらラスティは実は女性のようだ。だがぱっと見はどうやっても男に見える。恐らく顔立ちが凛々しすぎるのだ。

 

「大体なー、お前は剣になってただけだろが。別に何もしては」

「おーまーえーなー! 俺だったから良かったようなものの、他のやつだったら絶対耐えられねえよ! あんな術!」

 

 かなり酷使されたのだろうか。ラスティは声を荒らげて水輝に言う。その二人のやり取りを見ていた優一郎はぽん、と手を叩いた。どうも気になると思ったら、この二人、口調がかなり似ているのだ。

 

 水輝に声をかけられた瞬間に奈月はこの場から駆け去っている。どうやら慌てて料理を作っている最中のようだ。どこからか美味しそうな香りが漂ってくる。勝手に屋敷内のキッチンを使っているのだろうが、当主もまあ文句は言うまい。どちらにしろ今は文句など言える状態でもない。

 

 言い合っていた二人が同時に口を閉ざす。水輝とラスティは顔を見合わせて頷いた。

 

「こら、女連中! 何ぼんやりしてる! 奈月を手伝うのが筋ってもんだろうが! ……ひーふーみー……七人分の食事だぞ!? ……あ、これも居たか」

 

 肩に担いだ少年を見た水輝が八人分、と言い直す。水輝の声に真っ先に反応したのは要だった。そうですわね! と叫んで要はひらりと手すりを飛び越えた。そのまま一階の広々とした玄関にひらりと着地する。おー、という歓声を上げる水輝とラスティににっこりと一礼し、要は一目散に走って行った。どうやらセンサーを駆使しているらしい。要が向かったのはキッチンに間違いなかった。

 

 おら、と水輝に尻を蹴飛ばされた多輝が嫌そうにしつつも要の後を追う。そして水輝は目の前にいたラスティに指を突きつけた。

 

「なにしてる。お前もだ」

「……よし、判った。俺も行ってやろう」

 

 重々しく頷いてラスティは続けた。

 

「鍋が百発百中で焦げ、まな板が割れ、包丁があらぬところに刺さり、皿が悉く割れ、材料の全てが握り潰されてしまうがそれでもいいな?」

「頼む。お前は一切手伝うな」

 

 すらすらと述べたラスティに水輝が即座に言い返す。それだけでは足りないと思ったのか、水輝はラスティに手のひらをびしりと向けた。制止の意と理解したのだろう。その方が無難だ、とラスティが神妙に頷く。

 

 やれやれと肩を竦めて優一郎はゆっくりと階段を降りた。眺めているのもそれはそれで面白いが、関わってみることに少し興味があったのだ。第一、こんな組み合わせはそうそうお目にかかれない。

 

「おー、来た来た。今日の主賓」

「お。これが噂に聞く誓約者かあ」

 

 水輝とラスティがそれぞれ言いながら優一郎に笑みを向ける。笑顔で彼らに答えて優一郎は階段をおりきった。そこで水輝とラスティがするりと寄ってくる。

 

 右の肩を水輝が、左の肩をラスティが叩く。

 

「ところで相談なんだけどさ」

「ちょっと頼み、あんだけど」

 

 左右からそれぞれに言われて優一郎は眉を寄せた。試しに思惟を探ってみるが二人が相当の力の持ち主だからなのか、全く思考が読めない。仕方なく優一郎は何でしょう、と二人を促した。二人は優一郎の肩をしっかりつかんだまま、強く頷いた。

 

「あん時とか、あん時の誓約、ちょこちょこっと解除してくんない?」

 

 まるで打ち合わせでもしていたようにぴったりと二人の声が重なる。優一郎はまず水輝の顔をじっと見つめた。水輝は愛想笑いを浮かべてはいる。だがその頬に微かに引きつったものを見取ってから、優一郎はぐるりと左に首を動かした。ラスティを見る。ラスティもやはり水輝と同じように愛想笑いを浮かべている。こっちは水輝よりかなり深刻なのか、笑顔そのものが引きつっている有様だ。

 

 二人に挟まれた格好で優一郎は深々とため息をついた。誰にも間違いはあることだ。それは優一郎自身にも言える。

 

「……何も考えずに軽々しく約束するからそうなるんですよ。女たらし」

 

 それまで黙っていた蒼がぼそりと言って足音もなくキッチンに向かって行く。それを耳にしたのだろう。優一郎の脇にいた二人が同時にぎくりと肩を竦める。水輝が指摘を受けてぎくりとするのは判るが、どうして女であるラスティまで同じ反応をするのだろう。

 

 優一郎は中空に視線を向けてしばし思案した。

 

「当然のことですが、先方の同意が必要です」

 

 静かな口調で優一郎は告げた。再び二人が同時にぎくりと肩を震わせる。相当に油断したのか、両者の思考の欠片が読める。優一郎は目を半分ほど閉じて疲れたため息を吐いた。

 

「えーと、ほら。おれの場合はあれじゃん? ちょっと抱いて言っただけじゃん? その場合はほら、一度しか会ってないんだしさ」

 

 早口で水輝がまくし立てればラスティが告げる。

 

「俺のはあれだろ。互いに勘違いっていうか、いや、そもそも結婚してる女にさ。言い寄ってくる男がいるとは思わないってーか……」

 

 こちらはもっと重症らしい。ラスティが男だと思っていた相手も、やはりラスティと同じように女性だったのだ。




水輝とラスティは似てますw
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。