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「つまり私の身体を機械に改造する、と」
しばし迷うように視線を彷徨わせた後、栄子は掠れた声で告げた。手にした端末が微かに震えている。優一郎は端末と栄子を見やってから重々しく頷いた。
「はい。それが一番良い解決法だと、要さんとは意見が一致しました。騙まし討ちで改造してしまうのが、一番楽だとも考えました。ですけど」
そう言って優一郎は目を伏せた。今まで、ヒューマノイドに改造した彼女たちのことを思い浮かべる。彼女たちは結局、最終的には優一郎に合意したが、改造された当初は各自がそれぞれに思い悩んでいた。そうせざるを得ない事情があると理解は出来ても、感情では納得できなかったのだろう。だから優一郎は彼女たちのマスター登録を真っ先に行い、幾ら悩んでも最後には優一郎の言に従うように設定した。そうでなければ彼女たちの精神そのものが崩壊してしまうからだ。
こうして改造前に事情を説明したのは栄子が初めてだ。緊張に身体をかたくして優一郎は注意深く栄子の様子を伺った。栄子はため息をついて口許に微かな笑みを浮かべた。
「確かに騙されたままで改造されるより、先にご説明いただいた方が気分的に救われますわ」
そう言って栄子は軽く頭を下げた。ありがとう、と呟くように礼を述べる。それを聞いた優一郎の方が逆に慌てた。手を振って頭を上げてください、と告げる。栄子はにっこりと笑って首を傾げた。
「本当にお優しくていらっしゃいますのね。優一郎さんは」
「そんなことはありません。正直な話、僕は栄子さんを改造することができるかもしれないと、内心で喜んでさえいたんです」
違う。これは優しさじゃない。打算だ。そう思った優一郎はつい、本心を打ち明けていた。不思議そうに栄子が首を傾げている。優一郎は俯いて両手を握り締めた。
計算し尽くして栄子がその気になるように仕向けただけだ。負い目が自然と優一郎を饒舌にさせた。優一郎は栄子に訊かれるより早く、ヒューマノイドについての説明を始めた。他者に向けた機体の説明ではない。ヒューマノイドを作ることについて、自分がどう思っているかを打ち明けたのだ。
「正直、普通ではないと思います。父のように科学の進歩のために研究しているわけではないんです」
何より自分の欲望のために。優一郎は欲望を満たすためだけに研究を続けているのだと語った。一つ一つの言葉を口にするたびに言いようのない敗北感がこみ上げてくる。総一郎と自分は違う。結局、総一郎は科学のために、そして自分は欲望のために研究をしているという時点で、争える立場にいる筈がないのだ。
だがそれでも父に勝ちたいと思う。それもまた、優一郎の欲望だ。由梨佳と絵美佳が自分に総一郎を見ていると気付いたあの時、はっきりと確信した。他の誰でもない。総一郎に勝つために自分は研究を続けているのだ。
胸が詰まる思いがして、優一郎は制服の胸元をつかんだ。無言で俯く優一郎を栄子が痛ましいものを見る目で見つめている。そのことにすら優一郎は気付く余裕がなかった。
由梨佳を欲しいという思いが、もし総一郎に勝ちたいという欲望から生まれたものだったら。由梨佳に欲情することで、同時に総一郎を侮蔑していたのだとしたら。そんな考えが脳裏に閃く。
「優一郎さん?」
穏やかな声をかけられて優一郎はのろのろと頭を上げた。優しい笑みが見える。栄子は微笑を浮かべて励ますように優一郎の肩を軽く叩いた。
「優しさとは何だと思われます? 優一郎さん」
「……改めて問われると、難しいですね」
袋小路に嵌りかけた思考が切り替わったことに優一郎はほっと息を吐いた。栄子は変わらない笑みを浮かべている。身を乗り出して優一郎の頭を撫ぜ、栄子は頷いた。
「私は優しさとは強さだと思いますの」
それは母親が子供にするような仕草だった。栄子は優しく優一郎の頭を撫でながらかんで含めるように言った。優一郎はぼんやりとされるままになっていた。
「強くおなりなさいな。大丈夫。あなたならきっと今よりずっと強くなれますわ」
そう言って栄子は優一郎から手を離した。端末を閉じて差し出す。
「ありがとう、ございます」
ためらいもなくそれを受け取って優一郎は目を上げた。既にそこに先ほどまでの優しげな栄子はいない。代わりにいたのは厳しい眼差しをした別の誰かだった。驚きに息を飲む優一郎を余所に、栄子は鋭い眼差しで優一郎を見る。
「私、もう一つの選択肢があると思いますの」
「第三の選択肢?」
急変した栄子の様子に戸惑いながら優一郎はそう訊き返した。ええ、と栄子が頷く。そして栄子はするりとベッドから降りた。羽織っていたカーディガンを手早くたたんでベッドに乗せる。何事かと腰を上げた優一郎を制するように栄子は振り返った。
「私、このままで結構です。何の手術も要りません」
何かで殴られたような衝撃が優一郎を襲う。目を見張って言葉をなくした優一郎を置いて、栄子は静かに病室を出て行った。
優一郎は栄子の中に、理想の母親を見いだしていた、のかも知れません。