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試運転も順調に成功した。だがまだ問題点は残っている。その報告を受けた優一郎は然るべき指示を与えてから電話を切った。同時にため息をつく。
確認しただけでも研究室は相当の被害を受けていた。それらの修復作業を請け負うと言って来たのは立城だった。優一郎はその申し出を受けるかどうかをしばし迷った。だが意外にも立城は強くそれを勧めてきた。どうやら直接自分ではなくとも、龍神が壊したということにそれなりの責任を感じているらしい。そのことを読み取った優一郎は研究室の修復を全面的に立城に任せることにした。
目覚めてすぐに要が優一郎のいた病室に押しかけてきた。説明を迫られた優一郎は何とか要を納得させられる程度の言い訳を用意することに苦心した。全てを打ち明けるにはまだ早すぎる。優一郎ですら龍神である彼らの全容については把握できていないのだ。いま、要にあったことの全てを話したとしても納得するとは思えない。
そして優一郎は数日間の入院の後、立城の屋敷に住まうことになった。母親の由梨佳が屋敷に居続けていることから、立城がそう勧めたのだ。最初、優一郎はためらった。だが由梨佳と多輝の機体の修復は早急に行わなくてはならない。結局、優一郎は立城の申し出を全面的に受けることになった。
「母さん……か」
呟きながら優一郎はそっと由梨佳を見つめた。由梨佳の意識は未だに戻っていない。ばらばらになっていた四肢がようやく胴につけられたところだ。優一郎はぼんやりとそんな由梨佳を眺めながら崩れるように椅子に腰掛けた。視界の隅には奈月がかいがいしく働いている様子が映っている。
手中に握っていた携帯電話を見下ろす。黒い細身のそれは立城に持たされたものだ。優一郎が持っていた携帯電話は雨に濡れて壊れてしまった。これはその代用品だよ、と渡されたものだ。優一郎は電話を見つめながら小さく笑った。笑い声を鋭く聞きつけたのだろう。奈月が不思議そうに何事かと問い掛けてくる。何でもない、と手を振って優一郎は白衣に電話を納めた。
由梨佳の機体は多輝のそれに比べて構造が単純だ。修理については、部品が調達できればさほど時間もかからないだろう。だがこうして由梨佳の機体をじっくりと見るのは初めてのことだった。出来れば修理するついでに色んな部分について観察したい。だが優一郎は奈月が傍にいるためにそれが出来ずにいた。
何をしているんだろう、僕は。心の中でそう呟く。優一郎はのろのろと立ち上がって再び由梨佳の傍に立った。各部位からコードで繋がれた端末の画面に由梨佳の機体の状態が映し出されている。
作業を再開した優一郎の指示に従って奈月が手伝いをする。そのことは単純にありがたいと思う。だが思惟を読まれているかも知れない、という危惧は常に優一郎について回った。由梨佳に欲情しているのだと奈月に知られまいとするため、自然と作業が遅れてくる。だがそんな優一郎に奈月は何も言わない。穏やかな表情で優一郎の作業を手伝っているだけだ。
母親に欲情するなんて変だよね。最初はそう思っていた。たとえ由梨佳がヒューマノイドだとしても、家族として生きてきた自分が母親に欲情してしまうことが、優一郎は自分でも信じられなかった。母親を思いながら自慰をする。いつか壊れるほどに抱きたいと願う。それが世間一般ではどれだけ奇異と言われることなのかも優一郎は理解していた。
なのにこれまで由梨佳は優一郎本人を見てはいなかったのだ。そのことを痛いほどに思い知らされる。優一郎は自分でも気付かない内に作業の手を止めていた。じっと由梨佳を見下ろす。
歪んだ想いが更に歪んでいく。愛しさが憎しみにすりかわる。その寸前にふと背後から声がかかった。
「お茶でもいかがですか? 今日はダージリンをいれてみたんですが」
ゆったりとした声に優一郎は思わずびくりと身体を震わせて振り返った。ドアのところにいつの間にか立城が立っている。片手に乗せられたトレイには三人分のティセットと菓子が乗せられていた。
「ありがとうございます。いただきます」
ほっと息をついて優一郎はそう告げた。奈月が嬉しそうに立城の元に駆けて行く。奈月にトレイを預けた立城は微笑みながら優一郎に近づいてきた。奈月が実験台の一つにトレイを置く。
「すまないね。君に全てを任せてしまって」
詫びながら立城はパイプ椅子を開いて腰を下ろした。優一郎もその近くに腰掛ける。奈月が運んできた茶を受け取ってから優一郎は苦笑いした。無意識のうちに肩にこめていた力を抜く。それだけで今までささくれ立っていた心が落ち着いた。
立城はあの夜の出来事について殆ど触れることはない。時折、研究室の修復等についての話が出るだけだ。それだけ優一郎の心情に気を遣っているのか、それとも他に理由があるのかは判らない。だが今はそのことが優一郎にはありがたかった。あの夜のことを蒸し返されたところで答えられることは少ない。それに優一郎が答えられる程度のことなら立城はきっと知り得ているだろう。
まだガラケーの時代でした……。