※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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エピタイが苦しい!w
エロシーンはありません。


掃除とマグカップ 1

 大きく抉れた床を見下ろして、奈月は小さく笑った。真新しい傷に軽く手を向ける。その瞬間、奈月の手のひらから淡い光が放たれた。一瞬で床の傷が消える。奈月はよし、と頷いてモップを握りなおし、掃除を再開した。

 

 立城の屋敷で奈月は好きに過ごしていいと言われている。だが奈月は自分から率先して屋敷内の掃除や料理、洗濯などをしている。時折、立城の使い魔などが気を遣ってくれるが、奈月自身はそういった家事を嫌いではなかった。気遣いはありがたいが好きでやっているのだ。そのことを説明すると気を遣ってくれた相手は大抵は納得してくれる。

 

 床は全て磨き終えた。広々とした格技場を見渡して奈月は嬉しそうに頷いた。次は壁だ。床と同様、格技場の壁にはあちこちに傷がある。毎日のように多輝と蒼がここで模擬戦を行っているからだ。よいしょ、と可愛らしい掛け声をかけて奈月は床のバケツを持ち上げた。

 

 のんびりと掃除を終えた時、既に外は暗くなっていた。気の早い雪が空から落ちてくる。奈月はモップとバケツを手に屋敷に急いだ。小道には人影はない。誰もいない庭を横切っていた奈月は途中でふと足を止めた。空を仰いで息をひそめる。真っ白な雪がちらちらと空から降って来る。

 

 水輝は今、屋敷にはいない。奈月は白い息を吐きながらモップとバケツを小道に置いた。冷たくなった手に息を吹きかける。白い息が合わせた手の中から漏れる。奈月はぼんやりと空を見上げて目を細めた。この気の早い雪は水輝が降らせているものではない。もっと別の誰かが力を放っているために生まれているのだ。

 

 静かに俯いて手を見下ろす。こういう時、水輝が隣にいたらすかさず手を取ってあたためてくれる。きっと照れる奈月に構わず両の手の中に細い手を包み込むだろう。そのことを思って奈月はため息をついた。気を取り直すつもりで掛け声をかけてバケツとモップを手に取る。

 

 屋敷に戻ると玄関に誰かが立っているのが見えた。夕食の支度をしているのだろうか。不思議に思いながら、奈月は買い物かごをさげた蒼に声をかけた。

 

「おかえりなさいませ」

 

 声をかけながら近づくと蒼が少し笑って振り返った。

 

「いえ、今から出かけるところなんです。良かったらご一緒にいかがですか?」

 

 もしかしたら蒼は奈月が元気がないことに気付いているのかも知れない。いつもより幾分か明るい声で言われる。奈月は心底申し訳ないという思いで頭を下げた。

 

「ごめんなさい。わたし、家から出てはだめなんです……」

「では少し手合わせしていただけませんか?」

 

 急に蒼が話を切り替える。そこで奈月は気付いた。蒼は特に買物がしたい訳ではないのではないか。もしかしたら自分に話があるのではないか。そう思いを巡らせた奈月は逡巡した。蒼は黙って奈月の答えを待っている。

 

「わたしとですか? お手柔らかにお願いします」

 

 にっこりと笑って奈月は少し待つように蒼に伝えた。急いで掃除用具を片付ける。戻った時、既に蒼の手の買い物かごはなくなっていた。

 

 二人で格技場に向かう。掃除したばかりの格技場にはほこり一つ落ちていない。蒼は先に奈月を中に促し、きっちりと扉を閉めて中央まで歩いた。奈月もそれに従って歩く。

 

「実は手合わせというのは口実だったんですが……お気づきになっておられましたか」

 

 言いながら蒼が困ったような顔をする。奈月ははい、と小さく返事して頷いた。ここは屋敷から唯一切り離された場所だ。外界との接触もない。内部で戦っても外に被害が漏れないよう、頑強な結界に覆われているのだ。

 

「お話の前にとりあえず、おねがいします。それでは、いきますっ」

 

 素早く一礼して奈月は床を蹴った。え、と目を丸くした蒼の懐に飛び込む。だが蒼は反応が遅れたにも関わらず、難なく奈月の攻撃を避けた。空振りした肘を戻し、次に膝を打ち上げる。

 

「本気、ですか?」

 

 困ったように蒼が呟く。蹴り上げた膝は蒼の手に止められている。奈月はにっこりと笑って頷いた。

 

「本気でなければ、身に付かないっておっしゃってましたよね」

「い、いえ、それは多輝様に……」

 

 奈月は素早く身体を捻って裏拳を放った。蒼の髪を掠めて腕が空を切る。困りましたね、と呟いた蒼の姿が一瞬でかき消える。次に現れた時、蒼は奈月の背後を取っていた。

 

「ご覧になっていらっしゃったのですか?」

 

 背中から声が聞こえたと思った瞬間、奈月の身体は何かに吹き飛ばされていた。壁に激突する寸前、奈月は結界を展開して身体を守った。強引に壁を蹴って着地する。




ちょっと短めですが二分割してあります。
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