※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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奈月は実は戦闘的には強……あ、この時点ではまだノーマルか……。
エロシーンはありません。


掃除とマグカップ 2

「ごめんなさい。見るつもりは無かったんですけど。お掃除してたら……」

 

 スカートが翻る。奈月は全速力で蒼に迫った。なるほど、と苦笑した蒼が軽く飛び上がる。飛ばした奈月の足が見事に空振りする。

 

「ご心配にならずとも、奈月様はお強くていらっしゃいますよ?」

 

 周囲の空気が鳴る。目を見張った奈月は、次の瞬間に蒼の腕に捕らえられていた。横抱きにされて空中に放られる。奈月は天井を蹴って蒼を目掛けて飛び降りた。

 

「実に戦いにくいですね……せめて敵意を見せて頂かなければ」

 

 空中から繰り出された奈月の蹴りを蒼は片腕に受け止めた。嫌な音がして蒼がわずかに目を細める。奈月の足の下で蒼の骨が砕けたのだ。

 

「あのっ! だいじょうぶですか!」

 

 慌てた声を上げて奈月は構えを解いた。その場に座り込んだ蒼の肩に手をかけて屈む。蒼は苦笑を向けてはい、と頷いた。奈月は折れた蒼の腕を取り、目を閉じた。静かな光が奈月の身体から溢れる。一瞬後に蒼の腕は元通りになった。

 

「ありがとうございます。ですが、相手の怪我を気遣っていては、本気では戦えませんよ?」

 

 告げて蒼は困ったように奈月を見た。あ、と口許を押さえて奈月は俯いた。確かにそうだ。本気で戦っていれば怪我もする。奈月が掃除する前の格技場の様子を見ても、模擬戦を行った彼らが怪我を負っただろうことは容易に想像できる。

 

「やっぱり、わたし、だめですね……。だから水輝さんも……」

 

 奈月は自然と涙ぐんだ。水輝はしばらくいなくなる、と言ったきり、屋敷には戻ってきていない。いや、何度か姿は現しているのだ。なのに奈月の前にだけ現れない。奈月は力なくその場に座り込んだ。慌てたように蒼が声をかけてくる。

 

「奈月様? 大丈夫ですか?」

 

 床に座り込んで奈月は顔を覆った。我慢していたものが一気に溢れ出す。泣きじゃくる奈月を励ますように蒼は優しくその背を撫でている。それが余計に悲しくて、奈月は声を殺して泣き続けた。

 

 しばらくして奈月が泣き止んだ時、目の前にマグカップが差し出された。驚いて目を上げる。蒼が微笑みながら奈月の手にマグカップを握らせた。

 

「ありがとうございます」

 

 涙を拭って軽く頭を下げる。蒼はいいえ、と笑って床からもう一つのマグカップを取り上げた。真っ白なマグカップにはのびをする猫のイラストが描かれている。客に出される上品なティカップではない。だがそのことが奈月を不思議と安心させた。両手に包んだマグカップからは白い湯気が立ち上っている。奈月は赤い表面に息を吹きかけて、少しずつ紅茶を啜った。

 

「水輝様は奈月様を大切に思われているのですね。だから今はこちらにいらっしゃらないのだと思いますよ」

 

 囁くように告げて蒼が奈月に視線を向ける。奈月はだが手の中をじっと見下ろしていた。

 

「そうかもしれません。でも……」

 

 それは奈月を連れていれば障害になるという意味なのではないか。足手まといになるからここに置き去りにされたのではないか。そんな思いがしてならないのだ。

 

「わたし、水輝さんのお役に立ちたいんです……」

 

 そう呟いて奈月はマグカップを傾けた。熱い茶を啜って深く息を吐く。

 

「水輝様は今の奈月様だからこそ、大切にされているのだと思いますが」

 

 敵に問答無用の攻撃をするようなお方ではないからこそ、と蒼が付け足す。え、と声を上げて奈月は顔を上げた。蒼はどう思っているのか読みにくい笑みを浮かべている。

 

「ありがとうございます。ちょっと気分が楽になりました」

 

 蒼に頭を下げてから奈月ははっと眼を見張った。蒼は自分に話があったのではないか。そのことを思い出したのだ。

 

「あっごめんなさい。お話があったのに」

 

 慌てて告げた奈月に蒼が穏やかな笑みを向ける。いいえ、と首を振って蒼はシャツのポケットに手を入れた。指先に紙片をつかんで奈月に差し出す。奈月は不思議に思いつつもその紙片を受け取った。

 

「ここに料理を届けるように、と水輝様からの伝言です」

 

 紙片にはとある住所が書かれている。奈月は顔をほころばせてマグカップを床に置いた。両手に大切に紙片を包む。確かに感じられる。紙片からは水輝の気配が微かに漂っていた。

 

「すぐに、すぐに作ります!」

 

 それでは失礼します、と頭を下げ、奈月はその場を駆け出した。ドアに向かう途中で転んでしまう。慌て過ぎて足がもつれたのだ。情けない顔で立ち上がり、奈月は再びドアを目指した。

 

「奈月様」

 

 不意に背後から声が飛んで来る。肩越しに振り返った奈月は何でしょう、と蒼に答えた。蒼は手に二つのマグカップを持って佇んでいる。その姿がやけに悲しく見えた。

 

「水輝様を……どうかよろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げた蒼の肩から長い髪が零れ落ちる。

 

「あっ、はい!」

 

 元気よく返事をしてから奈月は格技場から出た。これから水輝の料理を作って届けるのだ。だが浮かれる気分とは裏腹に、奈月の心には一抹の不安が過ぎっていた。




猫のマグカップは多輝の趣味かなと思いますw
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