※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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珍しく奈月大活躍★
エロシーンはありません。

次が短かったのでくっつけました。


歪みの結び目

 夜の街を歩いている奈月を見止めた人々が驚きに足を止める。だが奈月自身は注目されていることに気付かなかった。零れてきた涙を拭っては息を吐く。どんなにその格好が街中で奇異に見えても、べそをかきながら歩く奈月にわざわざ声をかけようとする者はなかった。

 

 去り際の水輝のことを思い出す。歪みを取り込んだ水輝は今まで奈月が目にしたことがないほどに荒んで見えた。だが口にされた言葉に棘はなかった。帰れという言葉は冷たくは思えるが、声はいつもの水輝のものだったのだ。

 

 奈月はエプロンからハンカチを取り出して涙を拭いた。一緒に転がり落ちたケースを慌てて拾う。それはずっと渡せないままでいる、一つのピアスだ。大切にエプロンのポケットにケースをしまいこみ、奈月はハンカチを目元にあてがった。

 

 冷たい風が雪を運んでくる。気付くと空は分厚い雲に覆われていた。奈月は街角でふと足を止めて天を見上げた。暗い夜空から降って来る雪に微かに力の流れを感じる。それを読み取った奈月ははっと目を見張った。小さな雪に思わず手を伸ばす。手のひらで受け止めた雪は静かにとけて水になった。

 

「水輝さん?」

 

 季節はずれの雪は降り続いている。奈月はもう一度、雪を手に取った。先日までとは違う気配がそこに感じられる。間違いない。この雪は水輝が降らせているのだ。

 

 街が次第に白く染まっていく。道路に静かに降り積もる雪を奈月はしばらくぼんやりと眺めていた。悲しみに満ちた心が僅かに暖かくなった気がする。奈月はハンカチを握り締めて再び歩き出した。

 

 街路樹の立ち並ぶ歩道を歩いていた奈月は、ふと見覚えのあるものを視界の隅に見つけた。目を凝らしてその気配を追う。もしかして、と呟いて奈月は駆け出した。追っていくとどんどん気配が強くなってくる。

 

 奈月は無意識のうちに街の隅へと進んでいた。人の流れが次第に希薄になり、周辺には闇が満ちてくる。明滅する街灯の下を走り、奈月は気配の中心へと急いだ。

 

 不意に声ならぬ声が奈月の耳を打つ。奈月ははっとして足を止めた。ビルとビルの狭間に急いで駆け込む。路地の行き止まりまで走った奈月は驚愕に目を見張った。水輝の部屋で見たのと同じ歪みがそこに広がっている。中心にいるのは一人の老人だった。

 

 老人の手には人の腕がぶら下がっている。肘から先がない。奈月は口許を押さえて息を飲んだ。老人は嫌にゆっくりと振り返って奈月を見た。その目は真っ赤に染まっている。

 

 悲鳴のような声を発しながら老人が奈月に飛び掛る。咄嗟に奈月は身を捻った。空を切った老人の手には長い爪が生えている。その爪が音を立ててビルの壁をこそいだ。再び奈月に向かった老人が舌なめずりして地面を蹴る。

 

「あなたは? いったい、何を!?」

 

 だが奈月の問いかけに老人は答えない。奈月は素早く周辺を見回した。襲い掛かる爪を避けて飛び上がる。空色のスカートがふわりと翻った。老人の背後に着地した奈月は改めて地面を見下ろした。あちこちには血溜まりが出来ている。落ちている肉片は元は人のそれだろう。

 

 老人の目には正気はない。変わりにあるのは歪みだけだ。奈月は息を吐いてタイミングを測った。老人が飛び掛ってくる。

 

「見えるわ。歪み……解ける!」

 

 奈月は気合の声を発して老人に向かって踏み出した。寸前で爪を避けて老人の腕を取る。瞬間、奈月を中心に真っ白な光が広がった。絡まった糸のように見えていた歪みが少しずつ解けていく。それを感じながら奈月は意識を失った。

 

 

---------------

 

 

 小さな空色の光が灯る。やがてそれは脈打つように明滅し始めた。だが机の引出しから漏れる光を見るものはない。

 

 やがてその光は強さを増し、閃光となる。光は引出しをこじ開けて真っ直ぐにある場所を目指して飛んだ。白い肌を突き抜けて幾つもの光の筋が注がれる。

 

 ゆっくりとそれが目を開ける。身体を起こしたそれは真っ先に自分の手を見下ろした。細い指を握り、次に開く。確かめるように何度も手を握ってから、それは顔を上げた。赤い唇が嗤いの形に歪む。

 

 静かに台を降りたそれが、自分に繋がっていたコードを強く引いた。音を立ててプラグが機械から抜ける。それは自分の股間に手を伸ばし、伸びていた幾つものコードを強引に引き抜いた。破れた人工皮膚を手で押さえる。一瞬後、それの手から光が放たれ、傷は完全に塞がった。

 

 ぺたぺたと足音を立ててそれは周辺を歩き回った。人間の形をしたものが台の上に転がっている。美人、と呟いてそれは台に手を伸ばした。乗せられていた機体の腕をつかむ。その直後、それは憎しみに目を開いて手にした機体の腕を千切り取った。苛立ちに任せて吼える。台から引き摺り下ろされた機体はだが、力任せに引き裂かれても何も反応しない。ふん、と嗤ってそれは手にした残骸を床に放り捨てた。

 

 長い髪がそれに付き従う。それは長い髪を背中に払って天井を見上げた。暗い天井の向こうに月の気配がする。それは目を細めてうっすらと嗤った。




奈月活躍からの不穏なシーンです。
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