※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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前の続きです。
ちょっと長めかも?
エロシーンはありません。


不思議なおじいさんとストレンジャー 2

 

 

「嬢ちゃんはどうしてわしらが生まれると思いんさる?」

 

 訊ねる老人の目は優しい。奈月はしばし考えてから答えを口にした。

 

「必要だから?」

 

 それ以外の答えを思いつけなかった。すると老人はにっこりと笑って頷いた。

 

「そう、必要なんじゃよ。この世には必要悪というものが存在するんじゃ」

 

 言って老人は話を続けた。

 

 ハンターは血で繋がっている訳ではない。たとえば子を為したとしても、その子供が必ずハンターになるということはないのだ。もっとも、ハンターは龍神と同様に子を残すことは普通、出来ない。

 

「わしらは突発的にこの世に生まれる。言わば湧いてるんじゃな」

 

 ほっほっほ、と老人が軽く笑う。だが奈月は笑う気になれなかった。痛ましさに眉を寄せたまま唇を引き結ぶ。

 

 龍神は世界を浄化する。世界に溜まった汚濁を焼き、流し、そして世界を常時守っている。それが使命なのだと老人は告げた。

 

「じゃが……龍の御仁は間違えた。あの時から少しずつ歯車は狂っとるんじゃよ。まあ、龍の御仁はきづいとらんようじゃがのう」

 

 死にたくない。たった一つ、その生存本能こそが龍神の使命を曇らせた。

 

「わしらは龍の御仁が本気になれば容易く狩られてしまう。それがれっきとした力の差、ゆうもんじゃ。だからかのう」

 

 とある時を境にハンターは爆発的な勢いで増え始めた。それと同時に龍神たちの力は徐々に衰え始めたのだ。

 

「さっきわしは湧く、ゆうたろ? あの時はそれはもう壮絶じゃった……。湧いとるとしか言いようがなかった。地面から人が生えてくるんじゃよ。こうしてな」

 

 そう告げて老人は腕を天井に向けてみせた。袖を肘までまくって手首を軽く回す。地面から生えてきた手を表しているのだろう。奈月は無言で頷いた。

 

 一気に増えたハンターは群れを形成した。それは生きるための智恵だった。集団で龍神を狩ることを覚えたのだ。それを示唆したのは順だった。ハンターたちは財力と権力、そして類稀な知識を持つ順を崇めたてるようになった。順は群れの頂点に立ったのだ。

 

「そんであの戦いが起こった。それは嬢ちゃんもよう知っとるんじゃあないか? 龍の御仁とハンターの戦いじゃよ」

 

 戦いの勝敗の行方は今もなお判らない。どっちが勝ったとも言いがたい奇妙な戦いだった。だがその中で確実にハンターたちの数は減った。同時に龍神の多くも命を散らした。

 

「そん頃じゃったかのう。群れの中に妙なもんが出るようになったんは」

 

 群れをはぐれて人を襲う。無謀にも一人で龍神を襲おうとする。ひとたび群れをはぐれた者はストレンジャーと呼ばれるようになった。

 

「嬢ちゃんが歪みゆうんは……多分、そのストレンジャーのことじゃな。わしもどうして自分がそうなったんかはよう判らん」

 

 残念そうに首を振って老人は息をついた。話の合間に用意していた水を飲み干す。奈月はそうですか、と小声で返答した。すると老人がにやりと笑う。

 

「……が。ストレンジャーがどうして生まれとるんかは判るぞ?」

「あの……ストレンジャーさんが歪みなんじゃないと思います。歪みがストレンジャーさんを作るんじゃないでしょうか?」

 

 ストレンジャーさん、と呼ぶことを奈月は自分では妙だと思ってはいなかった。だがその言い回しが可笑しかったのだろう。老人が声を抑えて笑う。え、と目を上げた奈月に老人はいやいや、と手を振った。

 

「笑うたんは悪かった。……そう、歪みじゃよ」

「だって龍神さんも歪みますから」

 

 そう、亮のように。奈月はかつて見た金色の龍神のことを思い出して目を伏せた。あの時の亮は間違いなく歪んでいた。

 

 老人は水差しからコップに水を移した。空だったもう片方のコップにも水を満たす。老人が差し出したそれを奈月はありがたく受け取った。身体を少し起こして水を飲む。乾いた喉に冷たい水が落ちる。

 

「わしらはどこからともなく湧く。それは世界がそうしているとしか言いようがないんじゃ。なぜならわしらは……歪みを喰うために生まれとるからのう」

 

 歪みを喰う。それを聞いて奈月は目を見張った。老人は白い髪を撫で付けながら窓を見る。四畳半の狭い部屋の中にいると、小柄な老人が余計に小さく見える。

 

「歪みを喰えるように生まれてくるのがわしら、ハンターなんじゃよ。それ故、歪みのない、真っ直ぐな龍宝珠なんぞ口にしたら一発で弾け飛んでしまうんじゃ」

 

 そしてストレンジャーは世界に溜まった歪みそのものなのだ。老人は話をそう締めくくった。歪みが歪みを喰う。そしてさらなる歪みを生む。老人が業と示してみせたものは余りにも重いもののように思えた。

 

「でも、解けます! こんがらがっているけど解けます! わたしには見えるんです!」

 

 奈月は苦しい胸を押さえてそう訴えた。そうじゃのう、と老人が微笑んで目を細める。その視線には優しいものが感じられた。到底、狩りをするものの目ではない。

 

「嬢ちゃんにならそのうち出来るんかも知れん。……が、あの御仁はそれを許さんじゃろう。世界の礎になるには嬢ちゃんは可愛すぎるからのう」

 

 ほっほっほ、と笑って老人が手を伸ばす。奈月の頭を皺だらけの手が優しく撫でた。奈月は唇を引き結んで目を伏せた。胸にあてた手の中で手ぬぐいがよじれる。

 

「さあて、わしはちっと買物に行ってくるかのう。おお、嬢ちゃん。なんぞ食いたいもんがあるかの?」

「わたし、わたしは……」

 

 自分は一体、何なのだろう。その思いをこめて奈月は呟いた。腰を上げかけた老人が僅かに目を細める。

 

「嬢ちゃんはあの御仁の枷じゃ。たったひとつの拠り所、ゆうた方がええかのう」

 

 よいしょ、と腰を上げて老人は洗濯物に手を伸ばした。干された洗濯物が一枚ずつ視界から消えていく。奈月は涙の溜まった目でぼんやりとそれを眺めていた。

 

「一つ、ええことを教えちゃろう」

 

 何かのついでのように老人が口にする。奈月はえ、と戸惑いの目を老人に向けた。老人は手にした洗濯物を畳み始めている。慣れた手つきで一枚ずつしわを伸ばしていく。

 

「あの御仁は……ずうっと戦い続けとる。わしらとの戦いとは違っての。こっちはもしかしたら永遠に終わらんかも知れん」

 

 老人が一枚の手ぬぐいをぱんっ、と開く。小気味のいい音を立てた老人はその手ぬぐいを天井に軽く放り投げた。奈月はぼんやりとその手ぬぐいを目で追った。

 

「世界との戦いだからな。そう簡単には終わらないだろう。だがそれでも青龍王は戦い続ける。それがあれの使命だ」

 

 不意に聞き覚えのない声が聞こえる。驚きに目を見張った奈月は声の主を探して視線をめぐらせた。その間に老人の手に手ぬぐいが納まる。よいしょ、と声をかけて老人は立ち上がった。

 

「なんぞ欲しいもんはあるかな? 嬢ちゃんには甘いもんがええかのう」

「シュークリーム、お願いします」

 

 素直に奈月はそう答えた。はいよ、と返事して老人が玄関に消える。奈月は不思議な気分でしばしドアを見つめていた。




文字にすると方言って難しいんですよね……。
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