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いつの間に。順は内心で呟いてひっそりと笑った。
要は順の知らない間にヒューマノイドになっていた。喫茶室を教室の影から見ながら、順はつい習慣で煙草を咥えた。火を点ける寸前に気付いてライターをポケットにしまう。ここは学校だ。校舎内で煙草を吸う訳にはいかないだろう。やれやれ、と呟いて順は煙草もポケットに戻した。
優一郎は喫茶室に程近い教室に戻ってしまった。どうやらそこで要の機体チェックをしているらしい。相当懲りているのだろう。無理もない、と順は呟いた。そしてひっそりと笑う。そう仕向けたのは他の誰でもない順自身だ。
だってどうせならしたたかな方がいいじゃない。心の中で呟いてみる。優一郎を欲しいとは思うが、弱々しい籠の鳥を望んでいる訳ではない。自律した、一人の男として優一郎を欲しているのだ。そうでなければこれからの様々なことについて来ることは出来ないだろう。順はそう思いながら壁に寄りかかった。
都子は苦戦しているようだが、まだぼろは出していない。だが叩きつけるように都子の思惟は順に流れてきている。どういうつもりですの、お兄さま! この方、本気な顔をしてますわよ! また流れてきた思惟にはいはい、と順は心の底で答えた。
冷たくなった指先に息を吹きかける。まだ真冬には少し早い筈だ。なのに外には小雪がちらついている。どうやらこれは透が降らせているようだ。だが透自身、そのことには気付いていないだろう。何しろ垂れ流されている力の量が普通ではない。
全く、呑気なんだから。順は心の奥で透に苦笑した。今ごろ透はロボットを作りつつも、日課として傍の彼女たちを抱いているのだろう。もしかしたら例の薬も研究しているかも知れない。どのみち、透はしばらくは地上には出てこないだろう。
屋敷にいる二人の龍神は順がいないことをいいことに、きっと楽しくやっているだろう。もしかしたら火藍の方は水輝の対応に困っているかも知れない。その様子を想像しながら順は声を殺して笑った。
不意に順の意識に何かが割り込んでくる。え、と順は目を見開いた。直後、激しい音が喫茶室から響いてきた。
「ヤバい!」
そう叫んで順は慌ただしく駆け出した。喫茶室を横目に真っ先に別の教室を目指す。何事かと思ったのだろう。ドアから優一郎がひょっこりと顔を覗かせる。順は優一郎を抱きかかえて教室に飛び込むようにして床に伏せた。
「キミはいいからここにいろ! 絶対に動くなよ!」
優一郎が口を開く前に厳しく告げ、順は再び廊下に駆け出した。舌打ちをして喫茶室のドアを開く。中は騒然となっていた。床に伏せているのは要と二人の男子生徒だ。順は鋭く舌打ちをして彼らを次々に拾い上げた。両腕に一抱えにして廊下に放り投げる。
窓硝子は全て割れている。テーブルはなぎ倒され、喫茶室は見る影もなく荒れ果てている。順は怒りに任せてそれを睨んだ。
「せんせ……い」
都子の刀に串刺しにされたそれが囁くように告げる。見たこともない女の体をしているが、それは間違いなく順が優一郎に送った龍宝珠の欠片だった。
「大誤算だな! まったく!」
都子が大きく腕を振るう。それは力任せに弾かれて壁に叩きつけられた。刀に貫かれたからだろう。欠片に宿っていた力が消え失せる。
順は乱暴にジャケットを脱ぎ捨てた。こうなってしまった以上、都子は自分が止めなければならない。今ここに他に頼れる者はいないのだ。
「怪我人だってのに! 冗談じゃないぞ、ホントに!」
呻きにも似た声で咆哮し、都子が刀を振り上げる。順は自分の胸に一気に手を突き立てた。それまで感じていた焦れるような痛みが途端に激痛になる。一瞬後、順は黒宝珠を手にしていた。
一度、解放された都子の暗示は、ある程度以上のダメージを与えない限り暴走をやめない。怒り狂いながら順は手にした宝珠に唇を寄せた。
「欲望の海よ!」
真紅の刀が襲い掛かってくる。順は声を上げて刀を受け止めた。黒宝珠が変じた鎌と刀が激突して突風が生じる。風は室内のあらゆるものをなぎ倒し、窓硝子を一気に粉砕した。
都子が軽々と飛び上がる。狭い教室の天井を蹴り、都子は刀を再度順に向けた。順は額にびっしりと汗をかきながら歯を食いしばった。せき止めていた力を一気に解放する。そうでなければ、たとえ都子の力を抑えてあるといっても防ぎきれない。
衝撃が順を襲う。刀を鎌で止めた瞬間、無数の透明な刃が順に降り注がれた。服を切り裂いた刃が順の身体を傷つけていく。順は歯軋りして都子の刀を払いのけた。
「ばか! 覗くんじゃない! 逃げろ!」
視界の隅に見えた要に怒鳴る。だがその隙に都子が身体を捻った。刀の柄が順のわき腹に食い込む。呻きを漏らして順は壁まで吹き飛んだ。
ふと、あの唱歌が脳裏を過ぎる。こんな時にまで思い浮かべてしまう自分の習性に順は笑いたくなった。崩れた瓦礫を払いながら立ち上がる。
「何も知らなきゃ」
低い咆哮が響き渡る。順はぎらりとした目で都子を睨んだ。器のままの大きさで、力が拡大する。
「何も知らなきゃ良かったんだ! オレたちは!」
順は右手にした鎌を勢いよく振った。大きな刃が唸りを上げて空を切る。順は吼えながら両腕に力をこめた。鎌の柄を握る手から血が吹き出す。
耳の痛くなるような静けさが教室に満ちる。
「悪いな、都子。オレも手加減出来なかったんだ」
順の鎌は都子の胸に突き刺さっていた。血の雫が床に落ち始める。順は力なく笑って鎌から手を離した。その瞬間、鎌が宝珠に姿を変える。都子は愕然と目を見開いていた。
「……覗き見か? ママに言いつけるぞ?」
肩越しに見返って順は低い声で告げた。次の瞬間、教室のドアが砕け散る。そこに立っていたのは優一郎だった。
「葵さん? あなたが、どうして?」
震える声で優一郎が訊ねてくる。順は苦笑いして胸を押さえた。傾いた都子を片腕で支える。……いや、中身のない器はそれとは呼べない。順はその身体を床に横たえて壁際に近づいた。裸のままで横たわっていたそれに手を伸ばす。
「帰るぞ。都子」
告げて順はそれを腕に抱き上げた。魂はまだ覚醒していない。慌てる声を上げる優一郎を余所に、順は身を翻した。壊れた窓に近づく。
「なっ、それは!?」
ちらりと優一郎を見返る。そして順は腕の中に目を落とした。眠るように目を閉じたそれの胸が微かに上下している。それを見て順はほっと息をついた。魂はまだ死んではいない。
「またね、優一郎くん」
無邪気な笑みを優一郎に向け、順は軽く踏み切った。窓から飛び出した順を慌てた声が追いかけてくる。空中を落下しながら順は力を振り絞って転移した。
たまには真面目な順ですw