エロシーンはありません。
目の前に跪く桜に立城はふうん、と呟いた。桜は顔を上げようとはしない。報告の内容が芳しくないことを桜自身、よく理解しているのだ。
「それで? ここで途切れたの?」
路地の行き止まりには誰もいない。街の片隅に立城は立っていた。夜の闇が周囲を取り巻いている。辛うじて周辺の様子が見えるのは、街の明かりが漏れているからだ。確かにね、と呟いて立城はそっと手を伸ばした。れんがの壁に手をあてる。
「はい。ここより先はわたくしには追えませんでした。申し訳ありません」
「なるほどね」
呟くように返事して立城は目を閉じた。脳裏に閃いた光景を追いかける。まるでビデオの早回しのように、立城の脳裏にはこの場所で起こった出来事が過去から現在に駆け抜けていった。最後の辺りで立城は意図的に脳裏に映った映像をストップさせた。そこに映っていたのは奈月だった。
「確かに彼女だね。……へえ。浄化の術だ」
日に日に奈月は器用に力を使えるようになっている。が、奈月がこれほどの広範囲に及ぶ術を展開しているのを見たのは立城も初めてだった。真っ白な光が辺り一帯を包む。その光は余りにも強かったために人々の目に留まったようだ。光が薄れた後、この路地に人々の声が聞こえ始める。
「もう少し範囲を修正すれば良かったんだろうけど……あれ?」
不意に何かが映像に割って入る。立城は眉を寄せて意識を凝らした。影のような何かが映像にかかっている。怪訝に思いながら立城は意識を集中させた。だがそうしてみても影は消えない。
「霧、かな。いい効果だね」
周囲に満ちた霧が何もかもを隠してしまう。路地に入ってきた人々が戸惑ったように足を止める。
「なるほど。確かに桜に追えない訳だ。これなら仕方ないよ」
そう告げて立城は壁からそっと手を離した。恐れ入ります、と桜が告げる。その声には慙愧に耐えない、という思いがこもっている。立城は苦笑して桜の頭を指先で撫ぜた。慌てたように桜が顔を上げる。
「とりあえず網は張っておいてくれる? でも飛ばしてる彼女たちは呼び戻しておいて。……今日はあまり日が良くないから」
「全員……ですか?」
使い魔の大半が立城の命を受けていま各地に散っている。そんな使い魔の全てを呼び戻すのか、と桜は訊ねているのだ。うん、と軽く頷いて立城は空を仰いだ。鈍い色の雲がゆっくりと流れていく。ちらちらと舞っている雪は白というより灰色に見えた。
「全員だよ。今日は一応、戻った方がいい」
そう告げて立城はふらりと歩き出した。後ろから静かに桜が付き従う。立城はやがて人通りのある道に出た。人の気配が次第に強くなってくる。それはまるで、あの路地で最後に放たれた霧のように感じられた。
白い霧が全てを隠した時、立城の意識にもそこにあるものの何をも捉えられなくなった。通常そういうことはあり得ない。幾ら霧や霞みがかかっても、立城は意識で視ているのだ。その場にある全てが見えなくなることはない筈だ。
面白い技を使ってくれるね。立城は内心で呟いて小さく笑った。肩越しに見返ると桜が静かについてくるのが見えた。
「そろそろ戻ろうか。車を呼んでくれる?」
「かしこまりました」
頭を下げてから桜が携帯電話を取り出す。立城はそんな桜を眺めてから道ゆく人々に目を転じた。季節外れの雪にも大分、慣れてきたのだろう。人々はごく当り前に道を歩いている。時折、陽気な声が聞こえるのは酔っ払いの仕業だ。閉まったシャッターに寄りかかりながら、立城はコートのポケットに手を入れた。煙草を咥えて火を点ける。煙を細く吐き出したところで桜が駆け寄ってきた。
「桜。この雪、どう思う?」
携帯電話をポケットにしまった桜に何気なく声をかける。桜は一度、天を仰いでから首を傾げた。
「少し……強すぎる力を感じますが」
「だね。しかもこれはわざとではなさそうだ。どう処理するかな」
やがて一台の黒い車が目の前に停まる。桜が開けたドアをくぐり、立城は静かに車に乗り込んだ。隣に、という立城の声を受けて桜が乗り込んでくる。ほどなく車は滑るようにしてまた走り出した。
エピタイが直接的になるのは仕様です。