※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

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続きです。
エロシーンはありません。


逢坂さんとわたし 2

 

 

 強大な力を有するためなのか、龍神は他の生き物とは比べ物にならないくらいに長い時を生きる。それこそ人の一生など彼らにとっては瞬きするほどの間のことでしかない。そんな長い時の間に龍神たちの間では様々な戦いがあったという。その際に必ずと言っていいほどに話題の中心にいるのが水輝だとも聞いた。

 

 奈月はぼんやりとしたままで釜に水を注いだ。冷たい水を釜に張り、一度すべての水を流す。次に水を入れる前に奈月は巧みに手を使って米を磨いだ。

 

 幾つもの戦いに赴き、その度に他者の間で噂されるほどになる。それはつまり水輝が多数の命を屠っているからだ。ある者は水輝のことを鬼神とも呼ぶし、またある者は死神とも言う。だが当の水輝は本当に何の呵責もなく他者の命を屠っているのだろうか。

 

 違う、と奈月は小さく呟いた。水輝はその特性故に、死にゆく命の叫びを心に直に受け止める。恨みや悲しみ、怒りや……そしてやるせなさ。あらゆる感情をまともに受けて平気な筈がない。そう他人に見えるとしたら、それは水輝がそう見せているからだ。

 

 釜に水を張って炊飯器に仕掛ける。そこで奈月は深々と息をついた。

 

 感情は肉の器が散っても残ることがある。特に力の強い龍神であればそれは間違いなく世界に影響を及ぼすだろう。そんな感情を水輝は自分の意志とは関係なく心に直接受け止めてしまう。もし、その度に水輝の心が壊れかけているのだとしたらどうだろう。そこまで考えをめぐらせて奈月は慌てて首を振った。そんなことはあり得ない、と自分に言い聞かせる。

 

「水輝さん……」

 

 奈月はそう呟いて振り返った。窓から外の様子がよく見える。空はあの日からずっと曇り続けている。雪が舞ってはいるが、これは水輝の力の及んだものではない。働いているのは、水輝に似ているが全く別の性質を持つ力だ。

 

 だがそれでも青龍王は戦い続ける。それがあれの使命だ。

 

 ふと奈月の脳裏にあの日聞いた言葉が蘇る。自然と奈月はすがるような目になった。静かに歩いて窓に近づく。

 

「いやぁ、よう降るのう。傘がないとやれんで」

 

 背後から聞こえてきた声に奈月は思わずびくりと震えた。振り返るといつの間にか逢坂が玄関に立っている。言葉通り、逢坂は肩に乗った雪を手で払っていた。畳まれた傘から雪がざらりと落ちる。

 

「秋刀魚が安かったから買うてきたが……嬢ちゃん、食えるかのう?」

 

 言いながら逢坂は台所に向かった。奈月が手伝おうとするのを制止する。奈月は大人しく言われるままに布団に戻った。

 

「はい。生でも干したのでも味醂干しでもなんでも大丈夫です」

「おお、そうかそうか。ほんなら心配いらんのう」

 

 奈月の返事に逢坂が嬉しそうに声を投げてくる。奈月ははい、と頷いて台所に目をやった。流しの前に立つ逢坂の背が小さく見える。逢坂は慣れた手つきで秋刀魚を三枚におろした。生姜を下ろして刺身に添える。その間にコンロにかけていた鍋からは味噌汁の香りがしはじめる。家事を得意とする奈月も関心するほどの手際の良さだ。

 

 ちゃぶ台の上に料理が並べられていく。奈月はありがたく料理に手をつけた。逢坂と向かい合って食事をとるのは何も初めてのことではない。だが、不思議と奈月はその日の夕飯を新鮮な気持ちで食べた。

 

 食事が終わり、片づけを終えた逢坂が改めて奈月の傍に座す。奈月は何故か緊張した。

 

「わしは今から順様のお屋敷に行ってくるが……嬢ちゃん、一人で大丈夫かの?」

「はい、大丈夫です」

 

 逢坂の問いかけに奈月は即答した。うんうん、と逢坂が頷く。そして逢坂は畳に手をついて頭を下げた。何事かと目を見張った奈月が慌てた声をかけるまえに、逢坂は口を開いた。

 

「嬢ちゃんにはほんまに世話になった。感謝しとる」

 

 告げる逢坂の口調はどことなく硬い。奈月は自然と布団の上で正座した。

 

「そんな、わたしのほうこそ、ありがとうございました」

 

 奈月も布団に手をついて丁寧に頭を下げた。その頭の上から声が降ってくる。

 

「わしがもし朝になってもここに戻らんかったら、その時は嬢ちゃん。龍の御仁に連絡して迎えにきて貰うがええ」

 

 驚きに目を見張って奈月は顔を上げた。逢坂はそれまで浮かべていた穏やかな表情を消し、真剣な眼差しになっている。自然と奈月も緊張してその言葉を受け止めた。逢坂には本当に世話になったと思う。助けるつもりが逆に助けられたと言ってもいい。だが今まで穏やかな気質に隠れてはいたが、紛れもなく逢坂はハンターの一人なのだ。そしてハンターである、ということはその頂点に立つ順の命令によって動くのが自然だ。逢坂は朝になっても帰らなかったら逃げろ、と奈月に告げているのだ。

 

「わかりました」

 

 神妙な面持ちで奈月は頷いた。逢坂が頷き返して腰を上げる。その手にはいつの間にか何かが握られていた。目をしばたたかせる奈月に逢坂がその手を差し出す。奈月は両手で包むようにそれを受け止めた。

 

 翠色の宝玉が微かな煌きを帯びている。それを目にした瞬間、奈月は息を飲んだ。驚愕に目を見張って逢坂に視線を投げる。逢坂は無言で奈月に背を向けた。

 

 玄関が静かに閉じられる。奈月は閉まったドアと手の中の宝玉を見比べてから目を閉じた。




方言難しいですよねー……。
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