「斎姫は取り返す。そして、僕の思い通りの人形に再改造する」
他人に与えられたものではない。自分の思い通りに玩具を作るのだ。優一郎はそう呟いて笑った。その笑い声が徐々に大きくなり、やがてその声は唐突に途切れた。
「君も同じだよ。もう、僕のものなんだ。だって君がそうなることを望んだんだから」
笑いの衝動を堪えるため、優一郎は腹に手をあてがっていた。ひくつく腹筋を押さえて要に目を向ける。要は洗浄液を股間から流している。その様はまるで放尿しているようにも見えた。優一郎は小さく笑って腹から手を外した。力を入れすぎていたために手が震えている。
「そういえば冷却システム付けなきゃいけないね。冷却廃液を、人間でいえば尿道口にあたる位置から放出する仕組みにするけど、いいよね?」
要をじっと見下ろしながら優一郎は笑い混じりに告げた。要はきっと恥ずかしがるだろう。そう改造された後に優一郎の目の前でテストされるのだ。人前で放尿したことなど要はない筈だ。くすくすと笑いながら優一郎は要の壊れたクリトリスを指先でつついた。人工皮膚が破け、ばねが飛び出している。
優一郎ははみ出しているばねを指先でつついた。弾力を何度か確かめてから手を退ける。洗浄液はもう溢れてはいない。濡れたタオルを要の腰から外し、優一郎は無造作にそれを台についた流しに放り込んだ。新しいタオルを取り上げて要の陰部を丁寧に拭う。
あの時。優一郎は要の機体の状態をチェックしながら思い出した。喫茶室が吹き飛んだあの時、葵は斎姫を連れ去った。だが葵は斎姫を別の名前で呼んでいた気がする。優一郎は手を止めて考えを巡らせた。
斎姫の代わりに置き去りにされた身体は既にこの研究室の奥で保管してある。どうやら中身が離れていても身体は生きているらしい。呼吸もあるし、脈もある。それに受けていた傷は驚異的な速度で治癒してしまった。調べたところ、その身体は間違いなく多輝のものだと判った。斎姫を連れ去られたことは痛いが、多輝の肉体を取り戻せたのは幸甚だ。
「都子。たしか、そう呼んでたよね? なるほど、そうか、そういうことか」
そう言って優一郎は口許に笑みを浮かべた。いつか聞いたせりふが脳裏にはっきりと蘇る。
都子そっくりだなあ、お前。
確かあの夜、水輝ははっきりとそう言った。同じ名前の別人を指していた可能性もあるが、水輝がそんな意味のないことをするとはどうしても思えない。それに都子というその名前の人物が風の主の関係者でなければ、そう簡単に斎姫の身体に入れなかった筈だ。……少なくとも人間には無理だ。
「都子の魂は多輝の身体に宿っていた。それが葵さんの攻撃をトリガーとして斎姫の身体に転移した」
考えをまとめる意味で優一郎は一人、そう呟いた。自然と手が留守になる。優一郎は要の機体をそのままにして研究室の中を歩き始めた。腕組みをしたままゆっくりと歩く。考えをまとめるにはこれが一番だ。
多輝の肉体。それは以前、優一郎の元から絵美佳の元へと移された。その後、多輝の肉体には多輝ではない、別の魂が宿った。急に動き出したその身体はその場にいた水輝に襲い掛かった。だが水輝はその攻撃を受け止め、何かの宿ったものを気絶させることに成功した。
あの時に宿ったのが恐らく都子と呼ばれる者なのだろう。そして都子は風の主と恐らく深い関わりがある。そうでなければ絶叫してまで葵が都子を止める理由がない。
そして今、都子は斎姫の身体に宿っている。だがそのことを葵が喜んでいた様子はなかった。やるせない思いがそこにあった気がしてならない。つまり、葵にしても都子のそれは予想外の出来事だったのだろう。
その葵はどうやら偽名を使っていたらしい。優一郎は目を細めて机に近づいた。引き出しに大切にしまっておいた名刺を取り上げる。印刷された名前を見つめ、優一郎は静かに笑った。神崎葵。何の意味もなく使われた名前だとしても、それは葵にとって大きなミスだ。何故なら。
何故なら優一郎には特殊な力がある。恐らくそれが立城が優一郎を必要以上に警戒している理由だ。
「葵さん、確かにあなたは誓われたはずだ」
誓約者は龍神にとってはより良い協力者にもなる。だが同時に強大な敵にもなる。それを優一郎は本能的に理解した。いや、これまで理解することを拒絶していたのだ。何故なら理解したと同時にその力から目をそむけることが出来なくなるからだ。
誓約者とは転じて制約者とも言われる。優一郎は名刺を持ったまま目を閉じ、天井を仰いだ。知ることを拒絶していたあらゆる情報が脳裏を一気に駆け抜ける。誓約者の名には同時に龍神の動きを制約する、という意味がこめられているのだ。
「それに、都子さん……か。斎姫の身体に宿れたということは、女性だってことだよね」
その意志があれば強大な力を幾らでも味方につけられる。だがその力の危うさ故に誓約者はとある時代には龍神たちに根絶やしにされた。優一郎はそっと目を開けてふわりと笑った。使えるものは使ってこそ意味がある。そうでなければ力など持っていても無意味だ。
葵の名を優一郎は再度、口にした。意志をこめたその呟きがどう作用するのかを、優一郎は誰よりもよく理解していた。唇から生まれた言葉が力となって空間を越える。決して目には見えない力だが、優一郎にはその力の行く先がはっきりと見えた。
そろそろ本領発揮ですかねw