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ビーカーを片手に透はにやりと笑った。ビーカーの中に入っている白い粉末は透がずっと作ろうとしていた薬品だった。凍結乾燥する際に、多少の被害が部室内に出たが許容範囲内だ。
透がいるのは部室でも最奥にある研究室だった。手伝いをしているのは巴とちなりだ。他の部員は別の場所で今日も部活動を行っている。もっとも部員たちの目下の仕事は例の巨大ロボットの作成だ。部室内で出来る作業ではないので、部員たちは別の施設に赴いている。
「完成したんですね! おめでとうございます!」
嬉しそうに言って巴が透に駆け寄ろうとする。だがその直後、巴は足を滑らせてその場に転んだ。いたたた、と情けない声を上げる巴を困ったようにちなりが抱え起こす。最初は互いに警戒していた二人だが、ここ最近はとても仲がいい。どうやら同志ということで気があっているようだ。
「もぉ、ともちゃん鈍臭いんだからあ。凍ってるんだから気をつけないとぉ」
そう告げたちなりは今日はピンク色のど派手な毛皮を身につけている。ちなりだけではない。巴もまたエスキモーよろしく身を毛皮で固めている。そうでなければこの部屋で二人は動けない。
透はにやりと笑ってビーカーの中身を試験管に分け入れた。きっちりとゴム栓を嵌める。そんな透だけがこの部室でいつもと同じ格好をしている。
天井から下がったつららも、床に張り付いた氷も紛れもなく本物だ。実験の際に何度も透が力を揮うため、辺り中が凍りついてしまったのだ。だがそのことを透はさして気にしていなかった。人間なら絶えられない気温になってはいるが、この二人は生身ではない。多少の難があっても動ける。
「あ、ありがと、ちなりちゃん」
情けない声で礼を言いながら巴が苦笑する。ブーツの靴底に鋲を打った方がいいんじゃないか? 透は滑って転ばないように気をつけつつ近づいてくる二人を見ながらそんなことを思った。
「巴、身体に異常はないか?」
透は巴に手を差し伸べて訊いた。恥ずかしそうに赤くなった巴が小さく頷く。ちなりはその間に実験台に身を乗り出して歓声を上げた。試験管立てに並んだ試験管にはそれぞれ白い薬品が詰まっている。
「うわあ。凄いです、すごすぎですぅ! 注文からまだ一週間しか経ってないのにぃ!」
嬉しそうにちなりがはしゃぐ。ああ、と笑って透は試験管に目をやった。
順から注文を受けていた薬品のうち、真っ先に完成したのが麻痺の効果のある薬品だった。対龍神用であるそれは比較的早く完成した。何故なら元にしたのが例の水輝からもたらされた薬品だったからだ。試験的に幾度が作っただけでその薬品は難なく仕上がった。
次がこれだ。透は呟いて試験管の一つを手に取った。これを人体に使用しても何ら影響はない。過敏なものは少々、違和感を覚えるかも知れないがそれだけのことだ。だがこれをヒューマノイドに用いると覿面に効果が出る。それはちなりで既に実験済みだ。
「でもぉ……こんなアブナイもの、何に使うのかなあ」
実際に使用された経験からだろう。ちなりが恐々と呟く。透は苦笑してちなりの頭を撫ぜた。あの時は大変だった。何しろ周辺のことが何も分からなくなったちなりは暴走を始めたのだ。だがちなりは元々、体力的に人と大差ない機能しか持ち合わせていない。解毒剤を与えるのも実に容易かった。
「もう、あんなことは無いから安心しろ。今のお前の身体には対抗システムを搭載してあるからな」
自分で作った薬品に万が一足元をすくわれては堪らない。透はそう告げてちなりににっこりと笑ってみせた。するとちなりが真っ赤になって小さく頷く。その対抗システムを搭載した時のことを思い出したのだろう。透は小さく笑って試験管を用意しておいた箱に詰め始めた。
これで二度の要求に応えた。順は相応の支払いを行うだろう。その金は開発中の巨大ロボットの資材につかわれる。だがそれでもまだ金は足りない。何しろ透は他にもまだ研究していることがあるのだ。
次は間違いなく対ハンター用の薬品を作れと言われるだろう。それも透は理解していた。ハンターは今、群れを為している。だが同じハンターという性質を持つ者の中には群れと相容れない者がいる。そんな連中を順は影で始末しているのだ。
痛みもなく一瞬でハンターの命を断てるもの。要求されるのは大体、そんなところだろう。だがそれは逆に順にとっても危険な要求だ。その薬品がもしも開発できたとして、透が順に敵意を抱いたら。その時は真っ先に順がその薬品を試すことになる。
ま、そんなことにはならないだろうけどな。そう呟いて透は発泡スチロールの箱をきっちりとガムテープで塞いだ。力を使って箱ごと凍らせる。氷に包まれたそれを巴とちなりの二人が慎重にダンボールに詰め込んだ。
あと、子供の開発、だっけ。透は何気なくそう呟いた。すると慌てたように巴が透を振り仰ぐ。透は視線に気付いてああ、と笑った。
順が幾つかの研究所で力のある子供を作っていることは先に説明された。木村総研と言われる企業はその実、中身がない。その会社は企業の形を取っているが実際には資金を回すための形骸に過ぎない。研究施設の運営という表向きの仕事はあるが、それを実際に行っているのはもっと別の組織だ。
その組織の存在を順ははっきりと透に説明はしなかった。だが何となくは理解できる。一度、潰えた木村の血筋の代わりに順が作り出した血。それを受け継ぐ者たちで構成された闇の組織。それがその組織の正体だ。
彼らは決して日の当たる場所には出てこない。地下で順の命令に従って人工的に子供を作り続けている。そしてその子供たちはハンターの糧として消費されていく。殺されているといえば聞こえはいいが、要するに子供たちは食われるために飼われているのだ。
だがその点について透は順を責めようとは思わなかった。所詮、ハンターはハンターだ。何も口にしない訳にはいかない。効率的にハンターを養うには順の作り上げたシステムはどうしても必要なのだ。
それでもハンターは餌の供給が足りないのか、時折、群れをはぐれる者が出ているようだ。そのため、順は餌である子供の供給量を増やさざるを得なくなった。だがここで問題が発生したのだ。
本来、餌である子供は作ればすぐに出来るというものではない。特定の精子と卵子を掛け合わせる際に起こる、突発的な何かが餌としての条件を揃える。つまり確率の問題だ。必ず餌が出来るなら順も大して気にはせず、子供を作る量だけを増やしただろう。
確率変動制なもんでさぁ。ぜえったいに餌になるって訳じゃないのよ、これが。
そう言った時の順の苦い顔を思い出す。だからこそ順は確実に餌の子供を作ることの出来る方法を模索しているのだ。
「透先輩……?」
つい考え込んでしまった透におずおずとした声がかかる。透は巴に苦笑して首を振った。
「まあ、短期的には俺の精液でもくれてやればいいだろ」
はっきり言って詐欺だけどな。そう続けて透は嗤った。巴がちなりと顔を見合わせて困ったような顔をする。ちなりは精液という言葉に嬉しそうに笑っている。透は床に置かれたダンボールを抱えて二人ににやりとした笑いを向けた。
意識を研ぎ澄ませて目を閉じる。透は一瞬でその場から姿を消した。
詐欺はお互い様なので良し、みたいな感じでしょう、きっと。