※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

80 / 262
エピタイ通りです。
エロシーンはありません。


沙耶の歪みと成敗

 煙草をつまんで唇から引き剥がす。細長く煙を吐く水輝の傍で克人が声を張った。

 

「第二射!」

 

 青年たちの構えた銃が一斉に火を吹く。弾丸は照準の狂いもなく真っ直ぐに闇を駆けた。発射された弾薬を食らったそれが咆哮を上げる。

 

 彼らが標的にしているそれは男の姿をとっていた。淡いブルーの髪がライトに照らされて揺れる。全身に弾丸を食らった男は力なく雪の中に膝をついた。先に行われた一斉掃射により、男はその場に姿を現した。それまでひっそりと気配を消して隠れていたのだ。

 

 姿を現した時から男はライトに照らし出されている。逆に銃を持った青年たちは影にいるため、通常の視覚では男の位置からは捉えにくい。ふうん、と呟いて水輝は煙草を咥えなおした。

 

 どうです、とでも言いたそうに克人が胸を張る。水輝は無言で煙草で前を指した。同時に周囲からどよめきが上がる。男は全身に弾丸を浴びたのに、その場によろけながら立ち上がっていた。

 

「ま、まさか……そんな……」

「だから言ったろ。通常兵器が役に立つのかって」

 

 戸惑ったような克人の言葉に水輝は淡々とそう返した。鋭い視線で水輝を睨んでから克人が青年たちに号令をかける。不安そうにした青年たちはだが、克人の号令に従って男に狙いをつけて銃を構えた。

 

「第三射! 撃て!」

 

 一斉に弾丸が撃ち出される。青年たちの間を慌ただしく行き来するのは別のトラックでここに辿り着いた年若い女たちだ。木箱を抱えて弾丸を切らした青年の元へと走る。

 

 やれやれ、と水輝は呟いた。短くなった煙草を雪の中に落とす。新しい煙草にのんびりと火を点けてから、水輝は克人の頭に手を置いた。

 

「逃げろ」

「え?」

 

 驚いたように克人が声を返す。目標である男は一斉射を食らって雪の中に倒れている。これで足を止めたと思っているのだろう。不服そうに克人が反論しようとする。だがそれを余所に水輝はゆらりと一歩踏み出した。歓声を上げていた青年たちがぎょっとしたように水輝を見る。

 

「来るぞ! 伏せろ!」

 

 そう叫んで水輝はその場に屈み込んだ。突風と化した力が一気にその場を駆け抜ける。水輝は刀を抜いて地面を蹴った。背後で克人が悲鳴じみた声を上げる。だが水輝はそれに構わなかった。

 

 恐らく、彼らが思っていた以上にこの男には力がある。三流以下の龍神にならば、克人が自慢した弾薬も効果があるのだろう。だがこの男は違う。水輝は一気に男に迫って刀を振り上げた。よろけながら立ち上がった男が軽く身を捻る。

 

 冷たい空気を紅い刀が切り裂く。水輝は片手に握った刀を再度、男めがけて振り下ろした。今度は男は避けなかった。手の中に生んだ力で直接に水輝の刀を受け止める。

 

「貴様……ただの人間ではないな!?」

「誰に向かって口きいてんだ、てめえ」

 

 男の言葉に水輝は呟きで答えた。ハンターの連中とここまでにはかなりの距離がある。会話を聞かれる心配はまずないだろう。が、用心に越したことはない。

 

「やっと出てきやがったと思ったらこれか」

 

 そう告げて水輝は身体を反転させた。刀から自然と男の手が離れる。男は眉を寄せて怒りの感情を露にした。歪んだ力がそのまま水輝の内部を食い荒らそうとする。だがその力は水輝の身体に届く前に霧散した。

 

「何のためにおれがわざわざハンターに紛れてると思ってやがる……遅い!」

 

 飛んで来た男の足を水輝は即座に避けた。続けざまに飛んで来た男の力を刀で弾く。水輝はそのまま男を片手で殴りつけた。過たず、こぶしが男の顔面を強打する。男は呻きを発して雪の中に倒れた。

 

「貴様は……一体……」

 

 血の噴き出した鼻を手で覆い、男が呻くように呟く。水輝はそんな男の目の前に刀の切っ先を突きつけた。

 

「一つ問う。貴様は何を口にした?」

 

 びくりと男が驚愕に震える。水輝は静かな眼差しで男を見下ろしていた。静止した二人に戸惑ったのか、背後に控えていた青年たちの輪にざわめきが起こる。だが克人がそんな青年たちに声を張る。今は近づかないようにと釘を刺され、青年たちはその場に留まった。よしよし、と内心で呟いてから水輝は再度、同じ問いを口にした。

 

「べ……別に……なにも……」

 

 顔を手で覆い隠したまま、男が告げる。水輝はへえ、と笑って切っ先をごく僅かに進めた。男の手に小さな切り傷が出来る。男は震えながら水輝を見上げた。

 

「じゃあ、訊き方を変えよう。同族殺しと謗られながら生きるのと、やつらの糧になるの、どっちがいい?」

 

 言って水輝は背後の彼らを指差した。男が戸惑ったように首を振る。どちらも嫌だという意味だろう。だが水輝は黙って男の答えを待った。

 

「わ、私はまだ死にたくは……ない」

 

 しばしの後、男は苦しそうにそう吐き出した。実際に苦しいのだ。水輝の刀からは真っ直ぐな力が否応なく男に注ぎ込まれている。食いすぎた歪みと真っ直ぐな力が体内で互いを排除しようと暴れ狂っているのだ。そのことを知りながら水輝はふふん、とせせら笑った。

 

「そうだな。貴様に殺された者たちもやはり死にたくはなかったろうさ。……てめえ、ほんっとにばかだな」

 

 そう言うなり、水輝は一気に刀を振った。一度、引かれた刀の動きにほっとしていた男の顔が驚愕に歪む。断末魔の悲鳴を上げる間すらなく、男の首は胴から切り離された。転がった男の頭が雪に塗れて動きを止める。水輝は刀についた血を払って鞘にしまいこんだ。ぱちん、というつばの音に重ねるようにして水輝は小さく息をついた。

 

「生き物として正常な選択をしていたなら、おれも殺しはしなかったのに。誰かの宝珠を食うなんて、そりゃ、ハンターの仕事だろ」

 

 そう残して水輝は男から離れた。歓声を上げて青年たちが水輝に近づいてくる。彼らに手を上げるだけの返答をして、水輝は静かに克人に近づいた。克人は何事かを端末に打ち込んでいる。

 

「悪かったな。先走りすぎたか?」

「いえっ、とんでもない! 沙耶さんのおかげで狩りは成功したんですから!」

 

 心底、嬉しそうに言いながら克人は慌ただしく何事かを入力する。どうやらこの戦況を誰かに伝えているらしい。水輝は苦い笑みだけを残してトラックに一人、戻った。

 

 断罪の印は彼らには降りない。本来なら断罪されるべき行動なのだが、歪みを自分から取り込んだ時点で断罪の対象にはならなくなってしまうのだ。何故なら断罪とはつまり歪みを焼き尽くすこと。だがその歪みは焼き尽くす必要があると判断されなければ断罪されない。……彼らは龍神を惨殺し、その宝珠を口にした時点でハンターと同列と判断されてしまうのだ。

 

 ハンターは必要とされて生まれてくる。それは間違いない。だがそのハンターと同列に扱われるために歪んだ龍神には罰は下らない。それが現在の龍神の抱える最大の苦悩だ。ハンターのようにはぐれ者をストレンジャーと断じることが出来ないのだ。

 

 煙草に手を伸ばす。ライターで火を点けてから水輝は深々と息をついた。各地に隠れている歪んだ龍神の数は増え続けている。だが彼らを狩れる者は数少ない。ハンターにその全てを任せてしまうのは余りにも厳しすぎるのだ。

 

 やれやれ。そろそろおれも歪み、足りなくなったかな。水輝はそう呟いて天を見上げた。降り続いていた雪はいつの間にかやんでいる。




この時点ではこうだったのです……w
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。