すみません。
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窓を開けて風を入れる。さっきまで降り続いていた雪はいまは止んでいる。どうやら止めなくても自分から止めてくれたらしい。そのことを思って立城は苦笑した。どちらにしろ、止めたところで止まる相手でないことは随分前に思い知らされている。
風は冷たい。立城は吹いてきた風に目を細めて肩越しに振り返った。暗い執務室の中には誰もいない。先ほど、報告のために桜が訪れたが、またすぐに出てしまった。今は桜も余裕がないのだ。何故なら桜はやっと見つけた奈月に近づけずにいる。それは強固な結界があるためだ。いや、結界だけではない。よりによって彼は最悪のボディガードを置いてしまっているのだ。
あれが形になったらもう見ているだけでは済まされない。立城は静かに窓を閉じて執務室を出た。ドアのところで待ち構えていた使い魔に一枚のディスクを差し出す。恭しく受け取った使い魔の姿が一瞬で消える。立城は横目にそれを見送ってから食堂に入った。
今は奈月だけではなく、由梨佳も屋敷にはいない。追い出したのだから当然か。そう呟いて立城は食卓についた。出された食事を黙々と片付ける。メインディッシュの魚料理に手をつけたところで立城は手を止めた。あれ、と呟いて目を上げる。
「へえ。自力で脱出したんだ?」
そう声をかけて立城は笑いかけた。食堂の入り口に佇んでいた蒼が静かに立城に近づく。立城は目で自分の隣の席を示した。蒼が無言で椅子に腰掛ける。
膝のナプキンで口許を軽く拭う。それから立城は傍にいた使い魔に指示して蒼のグラスを用意させた。言葉少なに拒もうとした蒼ににっこりと笑いかける。するとそれだけで蒼は押し黙ってしまった。
「先日手に入ったワインでね。美味しいよ。飲んでごらんよ」
使い魔が恭しく一礼して蒼のグラスにワインを注ぎ分ける。蒼はじっとワインの満ちていくグラスを見つめている。その目からは感情らしいものは感じ取れない。
透明なワインの満たされたグラスが蒼の前に置かれる。蒼は黙ってグラスを取った。静かに口許にグラスを寄せる。そして蒼は一気にグラスを空けてしまった。思わず笑い声を上げた立城を見もせず、蒼がグラスをテーブルに戻す。
「多輝様はどちらですか」
告げた蒼の声はかたい。立城は片手に握ったグラスをゆっくりと回した。少しだけワインを喉に流す。
「何で僕がそれを教えなきゃならないのかな?」
囁くように告げて立城は使い魔に軽く手を上げた。するすると寄って来た使い魔が再度、蒼のグラスを満たす。さすがに蒼はそのグラスを手にしなかった。殆ど睨むようにして立城を見ている。やれやれと苦笑して立城はワインを静かに喉の奥に流し込んだ。
「食事を邪魔した挙句にそれ? まあいいけど」
「多輝様だけを見ていろと仰ったのは立城様ではありませんか」
すかさず蒼が切り返す。立城は使い魔にワインを要求してから蒼に目を戻した。再び満たされたグラスを手に取って微かに嗤う。
「確かに言ったね。けれどどうして僕がわざわざ使い魔の君に多輝の居所を教えなきゃならないのかな? 使い魔なら使い魔らしいやり方で主の足跡くらい辿れるだろう?」
静かな立城の言葉に蒼は何も答えなかった。無言で席を立って立城に背を向ける。食堂の入り口に向かって歩き出した蒼の背中に立城はふと声をかけた。
「君は天と地のどちらが居心地がいいと思う?」
様々な意味をこめて告げた立城の言葉に蒼が足を止める。ゆっくりと振り返った蒼は薄い笑みを浮かべていた。
「かつてわたくしに水輝様は仰いました。何事を行うにしても、地に足をつけていなければその行動は無駄になる。……わたくしはこうして水輝様を裏切ることになりましたが、今でもその言葉は胸に刻んでおりますので」
それだけを言い残して蒼がドアの向こうへと消える。立城は深々とため息をついてグラスを傾けた。どのみち、誰も地に足などついてはいない。それはただの理想だ。ここにはいない水輝に立城は胸の中でそっと呟いた。
グラスを半分空けたところで傍に使い魔が寄ってくる。立城はどうしたの、と微笑んで声をかけた。
「お電話でございます」
そう言いながら使い魔が恭しく電話機を差し出す。ふうん、と呟いて立城は電話機を受け取った。この屋敷に直接かけてくるとなると相手は限られる。相手を予想しながら立城は電話のスイッチを押した。
「はい。立城です……ああ、由梨佳さんですか。どうしました?」
のんびりと告げて立城は使い魔に手を上げた。傍に控えていた使い魔が静かに離れていく。グラスを片手に立城は由梨佳の話を聞いた。どうやら多輝が壊れてしまったらしい。だが機体自体は修理の必要なほどに壊れていない。なのに多輝は目覚めようとしないのだ。話をする由梨佳の焦りが電話を通して伝わってくる。
「なるほど。お話は判りました」
そう告げて立城はグラスに唇をつけた。少しだけワインを飲んでから目を上げる。その口許には微笑みが浮かんでいた。立城が話を静かに聞いたことにほっとしたのだろう。電話の向こうの由梨佳の雰囲気は先ほどよりは落ち着いている。
「ですが、それは僕がタッチすべき話ではありませんね」
電話の向こうで由梨佳が息を飲む。立城はくすくすと笑いながらグラスを軽く回した。ワインの表面が揺れて天井の明かりを反射する。
「僕は確かに多輝の養父ではありますが……多輝の身体についてはよくは知らないんですよ」
きっと由梨佳は電話口で呆然としているに違いない。そう、今の今まで由梨佳は多輝を立城が作ったのだと思っていたに違いないのだ。立城は微笑みながらゆっくりとグラスを目の高さに持ち上げた。半分ほど入っているワインを見つめて目を細める。
「ああ、そうだ。もし由梨佳さんが多輝を何とかしたいと思われるのでしたら、ご子息に相談なさってはいかがですか?」
告げて立城はグラスの中身を空けた。静かにグラスをテーブルに戻す。電話の向こうで由梨佳は戸惑っている。それは当然だろう。記憶のない由梨佳にしてみれば、何故ここで優一郎が出てくるのかが分からない筈だ。
「まだ言っていませんでしたか? ……ああ、それは申し訳ありません。多輝の身体は優一郎くんが作ったものなんですよ」
由梨佳が息を飲む。立城はそれでは、と笑って電話を切った。椅子に寄りかかって電話機を見つめる。寄って来た使い魔にそれを手渡し、立城は何事もなかったかのように食事を再開した。
蒼は多輝のために頑張り中です。