※この作品はR-18です。

魂の座 二部 緋色の遺言   作:伊駒辰葉

84 / 262
このやり取りのせいで後々色々なことになります。
エロシーンはありません。


魔胞子とかマホ牛とかじゃない 2

「こんな技があったんですね」

 

 そう言ってから奈月は手の中に光を生んだ。小さな煌きに目を止めた青年が仰天する。奈月はにっこりと笑ってそれを青年に翳してみせた。

 

「水輝さんの許可も得ずに力をひきだすことはわたしが許しません」

 

 きっぱりと言い放ってから奈月は先ほどの青年の力を集めて手の中のそれと合わせた。慌てる青年に向かって腕を振る。力が一気に拡大して青年に襲い掛かる。だがその力は青年に届く直前で遮られた。驚く奈月の目の前には力で出来た壁があった。

 

「っぶねぇなー……呪文なしで発動なんてありかよ」

 

 呆れたように呟いてから青年は透明な壁に手をあてた。音もなく壁が消える。奈月は目をしばたたいて青年を見つめた。

 

「あのな、許可もへったくれも、俺たち魔法士は最初っから龍神と契約結んでんの。そういう世界なんだよ、魔法士の世界は」

 

 そう言いながら青年はずんずんと奈月に近づいた。今度は奈月の方が圧される形で後ろに下がる。

 

「そっちの世界のルールは魔法士には当てはまんないの。そのことはそっちの龍神もわかってるんだよ」

「契約、とおっしゃいましたよね?」

 

 負けてなるものか、と奈月は言葉を返した。それまで強気で奈月に迫っていた青年がぴたりと足を止める。

 

「その契約って、どんな内容なんですか?」

「うっ。いや……それは」

 

 まともに言葉に詰まって青年がそっぽを向く。奈月は青年ににじり寄って指を突きつけた。

 

「今わたしがいるここは、まほ、えっと……うしの世界なんですか?」

「妙なところで切るな! 魔法士、だ!」

 

 奈月の問いかけに青年がわめき声を返す。奈月はきりり、と顔を引き締めて青年を睨むようにして見た。

 

「わたしはいつのまにか、まほ……うしの世界に迷い込んでしまったんですか?」

「頼む、そこで切らないでくれ。何か段々情けなくなってくる」

 

 脱力したように青年がその場に座り込む。奈月はつい、すみませんと詫びてから慌てて気を取り直した。いけない。ここで引き下がってしまったら負けてしまうことになる。それは何だかまずい気がする。奈月は表情を引き締めて青年を指差した。

 

「あのですから、ここはま……ほうしの世界なんですか!?」

「もういいや、どーでも。ああ、そうだよ! あんたのいるアパート含め、結界に覆われたこの場所は特定の空間と入れ替わってるんだ! だから、一度結界からあんたが出ると、結界が解けて元の空間に……って、おい?」

 

 青年が腰を上げて奈月の目の前でひらひらと手を振る。だが奈月は愕然と目を見張ったまま硬直してしまっていた。

 

「あー、もしもし? 大丈夫か? あんた」

 

 心配そうに青年が声をかける。そこで奈月はようやく我に返った。額に滲んだ汗を拭って息をつく。

 

「あの、ここが異世界だという事はわかりました。どうして、元の世界に戻ってはいけないんですか?」

 

 先ほどまでよりは幾分か落ち着いて奈月はそう訊ねた。すると青年が困ったような顔になる。それを答えられないと判断した奈月は眉を吊り上げた。もしかしたら自分を人質にして水輝を脅迫しようとしているのか。そんなところにまで考えが及ぶ。

 

「水輝さんは脅迫なんかに屈するような方ではありませんから!」

「もの凄い誤解してないか、もしかして」

 

 青年が呆れたように告げる。何がですか、と奈月は憤然と言い返した。やれやれと青年が手を背中に回す。再び前に出てきた手の上には饅頭の盛られた皿がのっていた。驚きに瞬きする奈月に青年がしみじみと告げる。

 

「とりあえず落ち着け。そして俺の話を聞け……いや、聞いてください……」

 

 半ばやけくそなのか、それとも何かを諦めたのか、疲れたように青年が告げる。奈月はまんじゅうと青年を見比べてから何となく頷いた。

 

「あんたは……ええと? そういえば名前聞いてなかったな。俺はラスティってんだけど」

 

 ラスティと名乗った青年はどこからともなく茶筒と湯のみ、そして急須を取り出した。急須を傾けて湯のみに茶を満たす。奈月は困惑しながらその場にちょこんと正座した。

 

「ラスティさん、ですね? わたしは吉良瀬奈月と申します」

 

 言いながら奈月は差し出された湯飲みをありがたく受け取った。先ほどから言い合いを続けていたおかげで喉はからからだ。熱い茶を少しずつ啜る奈月に微かに笑ってからラスティは頷いた。

 

「奈月さんって呼べばいいかな? えーと、その奈月さんは自分が狙われてるの、知ってるか?」

 

 奈月はそう言われて無意識のうちに俯いた。かつて戦いで捕らえられた時のことが脳裏に蘇る。あの時の水輝の痛みが今でも忘れられない。奈月は自然と暗い顔になった。

 

「あー……その、ごめん。何かまずいこと言ったのか?」

「狙われたことは何度もあります」

 

 気遣うようなラスティの言葉をさりげなく流すタイミングで奈月はそう答えた。ああ、と呟いてラスティが目を細める。そっとラスティはまんじゅうの乗った皿を奈月の方に押した。奈月は勧められるままにまんじゅうを手に取った。茶色の薄皮饅頭には有名店の名が焼き付けられている。

 

「現在進行形で狙われてるんだよ、あんた。しかも今度はハンターじゃない」

「ごめんなさい、わたし」

 

 てっきりあなたがそうなのかと、と奈月は消え入りそうな声で続けた。だと思った、とラスティが笑う。奈月は恥じ入りながらすみません、と詫びた。どうやらこのラスティという青年は奈月を狙っている訳ではないらしい。だとすると、最初に見せたあの水輝の力は攻撃に使うつもりではなかったのだろう。そのことを考えた奈月は余計に恐縮した。

 

「青龍神があんたを隔離したがってたのは知ってるだろ? まあ、これはまた別の理由からなんだけど」

 

 そう告げてラスティは茶を啜った。片手に握ったまんじゅうを頬張ってからまた茶を啜る。奈月は両手に湯飲みを包み込んで俯いていた。




魔胞子とかマホ牛じゃないのです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。