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「別の理由? わたしが足手まといだからじゃないんですか?」
「んな訳ねえだろ。あんたほど使える宝珠は……っと、これは俺が言うせりふじゃねえな」
ラスティが困ったように頭をかく。奈月はのろのろと顔を上げてラスティを見た。視線に気付いたのだろう。ラスティが苦笑を向ける。
「そんな不安そうな顔すんなよ。大丈夫だって。あいつにはあんたが必要みたいだぞ? ……あいつのどこがそんなにいいかは知らねっけど」
奈月はそんなラスティの言い方に微かに笑った。どうやらラスティは水輝のことを知ってはいるらしい。そして水輝も恐らくラスティを知っているのだろう。ラスティは本気で水輝を貶している訳ではないのだ。そう思いながら奈月は話の続きを促した。するとラスティがああ、と頷く。
「あんたをあの屋敷からひっぺがすには丁度良かったんだ。だから狸親父はあの使い魔を頼ったんだな。……本当はそんな面倒な手筈踏まなくてもかっさらえたんだが、それだと青龍神が怒るだろうからな」
屋敷。言われて奈月はしばし考えた。ラスティが言う屋敷とは恐らく立城の屋敷のことだ。そして使い魔、というのは蒼のことだろう。だがその話の流れだと奈月をわざわざ屋敷から誘い出してここに隔離しているということになる。
「もしかして、水輝さんは……立城さんと?」
「あのさあ。何か誤解があるようだから先に言うが」
戸惑った奈月の声を制するようにラスティが告げる。その声には酷く面倒そうな響きが宿っていた。
「青龍神と木龍神が共闘するわけ、ねえだろ」
そう言ってからラスティはずず、と茶を啜った。え、と奈月は目を見張った。水輝と立城はとても仲がいいのではないか。そのことを告げると心底、呆れたようにラスティがため息をつく。
「あんたに魔法の話しても仕方ないかもだが……まあ、説明してやる」
前置きしてからラスティは話し始めた。
「要するに俺たちが使う魔法の力ってのは、そっちの世界の龍神の力を借りるって性質なんだ」
魔法とは無から有を生み出す術ではない。力を置き換える作業なのだとラスティは説明した。初めての話に戸惑いながらも奈月は真剣にその話に耳を傾けた。
「俺たちのいる世界は龍宝珠界……あんたの世界にいる龍神たちが死した後、龍宝珠が帰る世界だと言われてる。つまり、その世界に暮らす全ての者が龍宝珠が形を変えているものなわけ」
契約ってのはつまり、言葉を交わしたりするもんじゃなくて生まれながらのもんなんだよ。そうラスティは続けた。
「で、魔法士って職業があるんだが、この魔法士の使う力は全てそっちの世界の龍神から導き出される。これは八大が死した龍神を悼んでいるために、契約によって無条件に行使することが可能な力だ。……って、おいおい。ついてこれてるか?」
「まほうしってもしかして、魔法使いとか、そういう意味だったんですか?」
「……何だと思ってたんだよ、今まで……あ、そっか。字で書いてなかったから」
納得した、という顔でラスティは畳に文字を書いてみせた。魔法士。その字を読んだ奈月はしっかりと頷いた。確かに字で見れば魔法を使うものの意を示していることが判る。
「で、な。その魔法士が使う力は大まかに分けて八種類だ。それはそっちの八大に対応してるんだ」
金、銀、白、黒、赤、青、紫、翠。その八つの色をラスティが指で畳に乗せていく。これも魔法の一つなのだろう。八つの色が円を描くようにして並んでいる。
「魔法には相性がある。たとえば、この青と赤は相反する力だが、その実とても混ぜやすい。だから二種混合魔法なんてのが開発されるんだが」
そう告げてラスティが畳に線を引く。青と赤の色を結んだ線がぼんやりと黒く浮かび上がる。奈月は自然と身を乗り出すようにして畳に描かれたそれを見つめていた。
「この色にはそれぞれ役目があってな。例えば金色だと運命、銀は生命、白は創造を司る。これはそっちの龍神も似たようなもんかな?」
言われて奈月は考えた。確かにラスティの言った通り、龍神たちはそれぞれが役目を司っている。頷いた奈月にうん、と返事してラスティは話を続けた。
「この……金を例えば白に混ぜるだろ? するとあーら、不思議。二種混合魔法によって導き出される力は工事現場にぴったり」
説明しながらラスティはくすくす笑っている。どういう意味かと奈月は問うた。ラスティは片目を閉じて笑いをおさめる。
「道路を作る時にな。天気は晴れ続きの上に工事は楽々進むっていう、画期的な魔法が作れるわけ。……例えばだけどな」
混ぜ方一つで魔法は幾らでもアレンジ可能だとラスティは告げた。その話を聞きながら奈月はふと気になって畳を指差した。青を示す色から伸びた線が一本だけ足りないのだ。
「この線は、どうして繋がってないんですか?」
奈月が示したのは青から紫に続く線だ。それを訊いた奈月にラスティが急に暗い顔になって頷く。
「だから言っただろ。共闘はしないって」
決して混ぜられない力がある。それがその二種の力なのだとラスティは静かに語った。水を司る青龍神の力と木を司る木龍神の力。木は水がなければ生きられないし、水は木で滞ったものを清められなければならない。互いに必要なのではないか、と奈月は告げた。
「互いを必要としていても、方向性が全く異なれば共に同じ道をゆくことは出来ない。これが現実だ」
「説明ありがとうございました」
奈月は丁寧にラスティに頭を下げた。そうしつつも胸に悲しみがこみ上げてくる。どうして、というやるせない思いが止められない。何故、必要としているのに同じところにはいられないのだろう。どうして共に行けないのだろう。それは彼ら自身にとって酷く辛いことなのではないか。
「あー……そうだ。言い忘れてた」
奈月はのろのろと頭を上げた。ラスティが人の悪い笑みを浮かべて奈月に片目を閉じる。
「互いの力を最大限に発揮するには、確かに別々の道を歩くのかも知れない。が、その際のそれぞれの結果が互いに効果的な影響を及ぼすことは……ままあるかも知れないな?」
告げてラスティは茶を新たに湯飲みに注いだ。奈月が握っていた湯飲みにも茶を満たす。立ち上る茶の香りに奈月は嬉しそうに微笑んだ。
「わかりました。混ぜようとしたからだめだったんです」
奈月はにこにこと笑ってラスティに指を向けた。え、とラスティが目を見張る。奈月はそれに構わず指先に力を導いた。青い光と紫の光が螺旋を描く。
「え、ちょ、待てえ!」
激しい物音が響く。奈月はふう、と息をついて我に返った。畳がめくれてラスティが転がっている。あれ、と呟きながら奈月はラスティの様子をそっと伺った。
「あんたが魔法士に向いてることはよーっく判った……だからその、いきなり力を飛ばすのはやめてくれ……」
茶碗や饅頭がひっくり返り、それに混ざるようにしてラスティが床に倒れている。奈月は泣きそうになりながら頭をさげた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、まあ、こんくらいなら直すけどさ」
そう告げてラスティが口の中で何かを呟く。すると荒れていた部屋がまるで何事もなかったかのように元に戻った。吸い込まれるようにして茶碗が畳に落ち着く。まんじゅうは皿に戻り、急須の割れた部分が塞がる。奈月は呆気に取られてその様子を見ていた。
「で、俺が最初にしたかったのは、だ! あんた、ちょっとそこに座れ! そして俺の治療を受けやがれ!」
怒鳴るようにしてラスティが告げる。奈月はきょとんとしてラスティを見つめた。が、すぐに理解する。くすくすと笑う奈月に膨れ面をし、ラスティは青い力を手の中に導いた。
素直じゃないラスティと天然な奈月のコンビはヤバいです。