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振り下ろされた刀の切っ先がシャツを切り裂く。順は待った、と喚いて床に転がった。だが刀の主は待つ気はないらしい。次々に攻撃を繰り出してくる。
「貴様がどういった経緯でわたしの名を知っているのかについてはこの際言及しない。だが!」
床を軽々と蹴った相手が迫ってくる。すんでのところで順は振り下ろされた刃を両手で受け止めた。じりじりと刀が自分に近づいてくる。情けない顔で順は笑おうとした。
「まあまあ、落ち着いてよ、火藍ちゃん」
「あくまでもそのふざけた呼び方をするつもりか!」
本気で怒っているのだろう。火藍は憤りに任せて順に足払いをかける。途端に順はバランスを崩して床に倒れた。いてて、と言いながら頭を上げると、目の前に真紅の刀の切っ先が下りてくる。
「あのさぁ。オレってけっこう損な役回りしてると思うんだよ。キミたちの起こした騒動の大半はオレが始末つけてやってんのよ? なのにこの仕打ち?」
力なく笑いながら順は指先で火藍の刀を避けた。ぴくりと火藍が眉を上げる。仕方ないなあ、とぼやきながら順は自分の胸に手を突っ込んだ。闇色の宝珠を表した途端、火藍の表情が一変する。
「欲望の海よ」
封じていた言葉を解放して目を閉じる。順の手の中で宝珠が瞬時に形を変えた。死神の持つような鎌が現れる。
「こーゆー、小技を効かせるって芸当くらい、オレにも出来るんだけどね」
「……貴様! それが誰のものかを知っているのか!?」
火藍が腹の底から怒鳴る。順はしれっと笑いながら鎌の柄を肩に乗せた。もう一つ、と呟きながら胸に手を入れる。痛みと快感を味わいながら順は白い煌きを取り出した。
「転生の暁、だっけ?」
順が笑いながら呟くと白い宝珠が煌きを帯びた。宝珠の形がとけて消える。次に現れた時、白い宝珠は鎖となって鎌の先に伸びていた。それを目の当たりにした火藍が息を飲む。
「二段攻撃とか受けてみる?」
歌うように封じられた言葉を展開しながら順は床を蹴った。瞬時に火藍に迫る。だが火藍も何もせず順を出迎えた訳ではなかった。振り上げられた刀が過たず順の胸へと繰り出される。
「ざーんねん。はっずれー」
刀が触れる寸前に身を翻した順は、遠心力を使って鎌を振った。黒宝珠で出来た鎌はぐんぐんと順の生命力を吸い上げている。だが順はそれに構わず火藍目掛けて鎌を繰り出した。避けられた瞬間に強引に柄を縦に振る。すると鎌の先についた鎖が火藍目掛けてうなりを上げて襲い掛かった。
割れるような音と共に鎖が弾かれる。火藍が展開した結界に弾かれてしまったのだ。
「あれ? 残念だなあ。当たったと思ったのに」
呑気に笑って順は鎌を担ぎ上げた。火藍が歯軋りしながら身体を起こす。床に叩き伏せられただけでもいいっか。のんびりとそう呟いて順は唐突に火藍に背を向けた。
「ねえ、いいかげん疲れない? お茶にしよっか」
「……貴様。この状況でわたしに背を向けるということがどういうことなのか、理解しているのか?」
呻きのような火藍の言葉に順は笑って肩越しに振り向いた。予想通り、火藍は立ち上がっているだけで順に襲い掛かってくる気配はない。
「火藍ちゃんのくそ真面目な性格だと、背を向けた敵に切りつけるってことはないっしょ? それよりちょっと休もうよぉ。オレ、疲れちゃった」
「ばかを言うな! 敵とどうしてのんびり休めると思う!」
これ以上はないというほど嫌な顔で火藍が吐き捨てる。えー、と言いながら順は頭をかいた。
ここは順が作らせた闘技場の中だ。所属する研究員たちは役に立たない。何しろ火藍はいきなりここに現れた瞬間から、周辺のあらゆるものに切りかかったのだ。幸い、大切な研究データについては破損は認められなかった。ばかな研究員が火藍に実験体を仕掛けたこと以外は問題ない。そもそも、この闘技場を覆う透明なドームは都子が全力で戦っても問題ないように設計されている。少々暴れたくらいでは破壊されない。
だがそのことを判っていても順は内心冷や汗をかいていた。都子の力でも壊れなかったドームのあちこちには亀裂が入っている。なのに火藍が全力を出した様子はない。これが力の差か。順はドームの傷付き具合を見つめながら内心で呟いた。
「でもさぁ。火藍ちゃんだっていいかげん飽きたでしょ? こゆの」
「だから! その呼び方はよせ!」
怒鳴りつけつつも火藍の刀は次第に下がっている。戦意喪失しつつあることは順の目にもよく判った。懐かしいやり取りだねぇ。思わず呟くと火藍がぴくりと頬を引きつらせる。どうやら記憶の大半はなくなっているらしい。
「仕方ないなあ。拘束呪文とか唱えちゃうよ?」
「え?」
何を言われたのか一瞬、理解できなかったらしい。火藍の動きが完全に止まる。その隙に順は滑るように走った。
「愛してるよ、火藍ちゃん」
そう順が口にした途端、火藍が硬直する。その隙に順は手にしていた鎌を振った。伸びた鎖が火藍の身体を束縛する。
「いっちょあがり。オレって天才」
「きっ、貴様! 今のは呪文じゃないだろう!?」
鎖が火藍の身体に巻きついている。よいしょ、と順は鎌から鎖を外した。鎌だけを宝珠に戻して身体に納める。火藍の手には律儀に刀が握られている。順は火藍に鎖をさらに巻きつけながらさりげなく刀を奪った。慌てた声を上げた火藍が順に手を伸ばそうとする。その途端にバランスを崩して火藍の身体が傾いた。
「おおっ。キミの方からオレの胸に飛び込んでくるとは!」
嬉しそうに言いながら順は両腕にしっかりと火藍を抱きとめた。腕の中で身じろぎしつつ、火藍が真っ赤になる。
「馬鹿者! そんな訳があるか!」
全力で否定しながら火藍がもがく。だがそれは逆に火藍に巻きついている鎖を締めさせる結果にしかならなかった。苦しそうに呻いて火藍が脱力する。順は軽々とそんな火藍を抱え上げた。
「どうでもいいけどさぁ。オレ、ちゃんと名前くらいあるよ? 順っていう名前がさ」
「貴様など馬鹿者で充分だ! いいから、離せ!」
笑って火藍の言葉を受け流していた順は不意に立ち止まった。強い痛みが胸に走る。思わず俯いて歯を食いしばった順を不審そうに火藍が見つめる。
「お、おい? どうしたんだ?」
すっかり戦意喪失しているらしい。火藍は順を気遣うように声をかけてくる。もしかしたら記憶とかって戻りつつあるのかね。呑気にそんなことを考えながら順はその場に膝をついた。
「ちょっ……と、ヤバイかなぁ……。どこで呼ばれたかな?」
力が次第に抜けて行く。それと同時に火藍を束縛していた鎖が音を立てて消えた。床に転がった白宝珠を目で追いかける。急に解放されたことに驚いたのだろう。火藍が目を見張って身体を起こす。
「おい!」
火藍が順の肩を揺さぶる。順は霞みかける視界に火藍の姿を捉えて小さく笑った。シャツの胸の部分に血が広がっていく。
「さっきまで殺そうとしてたクセに」
そう言って順は火藍に手を伸ばした。警戒することをすっかり忘れていたのだろう。火藍はあっさりと順の手に捕らえられる。冗談めかして好きだよ、と告げながら順は火藍に唇を寄せた。硬直した火藍に口づけると、それだけで幾分かは痛みが和らぐ。
「……治ったら殴らせろ」
「えー……それはちょっと……ヤだなあ」
力なく笑う順を火藍が抱え上げる。順はため息をついて目を閉じた。
あ、キスシーンはあるからエロはある……?w