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「ど、どうしたんですか? なんだか沙耶さん、怖い顔してますよ?」
「あ、悪い悪い。腹が減ってたもんでつい」
そこまで言って水輝は口を噤んだ。しまった。内心で舌打ちする。コロニーで空腹といえばハンター特有の飢餓感を指す。つまり、龍宝珠が足りないという意味になるのだ。
「あ、なあんだ。やっぱり遠慮してたんですか。今からでも大丈夫。ちゃんと沙耶さんの分は取ってありますよ。だって一番の功労者ですし」
嬉しそうに言って克人が立ち上がる。水輝は仕方なくその場から腰を上げた。龍宝珠の欠片を手にしたところで使い道などない。が、もしかしたらそのうちに何かの役には立つかも知れない。その程度の気持ちで水輝は克人の後ろをついて歩いた。
コロニーの中心は盛り上がっていた。龍神から取り出した八つの宝珠だけでは、ここの全てのハンターの飢餓感を満たすことは出来ないだろう。が、久しぶりの糧にみんなはしゃいでいるのだ。
「おお、沙耶殿! どこに行っておられたか!」
見知らぬ老人に声をかけられる。水輝は片手を上げて老人を制して歩いていった。一度の狩りですっかり水輝は人気者と化していた。やれやれ、と内心で疲れたため息をついて水輝は人々の輪を縫うようにして克人の後をついて歩いた。克人は慣れているのだろう。水輝を求めて群がった者たちを難なく避けていく。
「ああ、いま丁度持っていこ、思うとったとこや。ほれ、あんたの取り分や」
輪の中心にいたのは榊だった。小さな巾着袋を差し出され、水輝は礼を言いながらそれを受け取った。きっとこの中に欠片が入っているのだろう。見ると、他の人々も大切そうに巾着袋を手にしている。子供たちなどは落とすといけないからか、首から紐でぶら下げている。どうやら手にしてすぐに口に運ぶ、という訳ではなさそうだ。
水輝は人の輪を何とか抜けた。克人に手を引かれて一つの住居に入る。小さなそこはどうやら克人の住処らしい。トタンの屋根に時折、ぱらぱらと何かが当たる音がする。
「ああ、落ち葉が風に吹かれて飛んで来るんです。響くからびっくりしました?」
笑って言いながら克人はかいがいしく茶の準備をし始めた。よいしょ、と水を張ったやかんを簡易コンロにかける。水輝は言われるままに畳に座った。その場所の一枚だけ畳が新しい。きっと克人が客人用に、と用意した特別の畳なのだろう。
「番茶でいいですよね? ……駄目って言われても他はないんですけど」
急須と湯飲みを手にぶら下げて克人が水輝の前にちょこんと座る。水輝は目を細めて部屋の中を見回した。恐らく、克人はコロニーの中ではかなり優遇されているだろう。狩りの際に総指揮を執っていたことを見てもそれははっきりしている。が、見ると克人の暮らしはさほど良いとは言いがたい。きっとこのコロニーにいるハンターたちはこれ以下の生活をしているのだ。
静かに急須を傾けて湯のみに茶を注ぐ。水輝は無言で克人の手から急須を取り上げた。驚いた顔をする克人を余所に、水輝は自分で茶をいれはじめた。克人の前に一つ、湯飲みを押し出す。克人は戸惑ったような視線を水輝に向けた。
「色々教えて貰ったのに、礼が出来そうにないからな。せめて自分でいれてみた」
「え、そんな、ボクたちの方が沙耶さんにお世話になったのに」
慌てたように克人が言葉を返す。水輝は苦笑してもう一つの湯のみに茶を満たした。急須を畳において湯飲みを取り上げる。口をつけてから水輝はしまったと顔をしかめた。油断して舌を火傷したのだ。
「あれ? 沙耶さんは食べないんですか?」
不思議そうに克人が声を投げてくる。水輝は目だけを上げて克人の手元を見た。克人は大切そうに懐から巾着袋を出している。口を開けて克人は小さな欠片を指でつまみ出した。茶の満たされた湯のみに欠片をそっと落とす。
「おれはいい」
そう告げて水輝は熱い茶に息を吹きかけた。克人が変わってますね、と笑って湯のみを大事に取り上げる。どうやらこのコロニーでは茶に欠片を入れて摂取するのが普通らしい。なるほどねぇ、と水輝は心の中で感嘆の声を上げた。
茶を啜った克人の頬がほんのりと赤くなる。それはまるでほろ酔い加減といった風だ。水輝は嬉しそうに茶を啜る克人にふと声をかけた。
「なあ。次の狩りっていつ?」
狩りが済んだばかりの今、この質問をしても仕方ないのかも知れない。そうは思ったが水輝は何となくそう訊ねていた。克人が不思議そうに首を傾げる。
「沙耶さん、もしかして狩りが好きなんですか?」
「あ、ああ。まあな」
好き嫌いではない。必須だから。水輝は内心でそう続けた。克人が湯飲みを傾けながらふふ、と小さく笑う。
「本当に不思議な人ですね、沙耶さんは。みんなは狩りが好きじゃないのに」
命を危険に晒す可能性があるからか。水輝は淡々とそう訊ねた。すると克人が寂しそうに首を振る。
「そうじゃないです。食べるために殺すのは仕方がないことです。だから、殺す気でかかった時は相手に殺される可能性もある、とみんな覚悟は決めてます」
「じゃ、何でだ?」
水輝はようやく少し冷めた茶を注意深く啜った。熱い茶が喉の奥に落ちる。
「……みんな、本当は殺したくないんです。飢えて苦しいから狩りはしますけど……でも、本当は」
そこまで言って克人は手を止めた。水輝は黙って克人を見つめていた。微かに克人の手が震えている。
「怖いんです。みんな。本当にこれでいいのかって、みんな悩んでます。そりゃ、狩りが成功したら嬉しいですけど、でも」
「おれには判んないな、それは」
そう呟いて水輝は茶を啜った。驚いたように克人が目を上げる。ほんのりと目の縁が赤く染まっている。それは宝珠を摂取したためばかりではないだろう。だが水輝はあえてそんな克人から目を逸らさなかった。
「簡単な理屈だ。生きるために殺す。生きるために食べる。誰もが持っている生存本能を恐れる必要はないし、それを否定する必要もない。違うか?」
本当はもっと別の誰かに言いたいのかも知れない。そう思いながら水輝は淡々と告げた。克人はいつの間にか俯いてしまっている。小さな手に包んだ湯のみが微かに震えているのを見止め、水輝は苦笑した。
「ま、要するにあんまり悩むなってことだよ」
そう言って水輝は克人の頭を乱暴に撫でた。克人が慌てたように顔を上げる。照れたような怒ったような顔を見つけ、水輝はくすくすと笑った。克人は拗ねた面持ちで湯のみを傾ける。
「やっぱり沙耶さんって変わってます」
他にどう言えばいいのか判らなかったのだろう。ぼそり、と克人がそう漏らす。水輝は口許に笑いを浮かべて湯飲みを静かに傾けた。
克人は今後も出てくるキャラクターです。