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「もしかして、わたしの意識があなたの元に迷い込んでしまったとか?」
恐る恐るといった様子で女性が訊ねる。都子は小さく笑ってスプーンをソーサーに戻した。
「いいえ、その逆ですわ。わたくしがあなたの意識に割り込んでいるのです」
そう言ってから都子はまずは自己紹介をした。すると女性もそれを受けて名前を明かす。吉良瀬斎姫。その名前を聞いた時、僅かに都子は目を細めた。
「吉良瀬財閥のお嬢さんですのね。ええと……斎姫さんとお呼びしても宜しいかしら?」
吉良瀬を名乗る者は数少ない。全くの無関係な人間がその姓を帯びていることもあるが、どうやら斎姫は関係者で間違いはなさそうだ。その意をこめて都子はそう斎姫に告げた。すると斎姫は少し困惑したようだったが、都子の言にそっと頷いた。
「それでは、あなたのことは都子さんとお呼びしていいでしょうか?」
「ええ、構いませんわ。でもわたくしに敬称などつける必要はありませんのよ? だってわたくしはあなたの意識に強引に割り込んだのですから」
そう前置きして都子は何故そうなったのかを少しずつ話し始めた。が、斎姫が龍神やハンターのことについて知っているのかどうかは疑問だ。しかしその部分だけを省いた話をしてもきっと斎姫は納得しない。結局、都子は自分たちの正体を出来るだけ隠して話をした。自分にはとある暗示をかけられていること。それはきっかけがあればいつでも暴走すること。そしてその末に斎姫の身体に意識だけが入ってしまったこと。それらのことを話すうちに斎姫の顔色は徐々に悪くなっていった。
「わたくしは一人きりでは生きられませんの。意識だけの存在ですから、他者に寄生することで初めて命を繋ぐことが可能になるんですわ」
もちろん、自分の話を斎姫が全て信じたとは都子も思わなかった。龍神等の話を全く知らないとすれば、実に突拍子もない話だろう。だが事情を全く明かさない訳にもいかない。都子は静かに茶を飲みながら斎姫の反応を待った。
「つまり、わたしの意識にあなたの意識が寄生しているんですね?」
何かを確かめるようにゆっくりと斎姫がそう告げる。都子は頷いてカップに紅茶を注いだ。斎姫はカップに全く手をつけておらず、おかわりを注ぐことが出来ない。都子はポットをテーブルに戻してシュガーポットを引き寄せた。
「ええ、そういうことになりますわね」
だが意外にもそう肯定した都子にすぐに出て行けと斎姫は言わなかった。何かを考えるように目を伏せる。都子は紅茶を飲みつつ斎姫を眺めやった。ためらいがちに瞼を上げた斎姫がカップにようやく口をつける。
「現実世界ではわたしは今、どういう状況になっているんですか?」
恐らくそれが一番気にかかるのだろう。実際、この意識の中では外のことは窺い知ることが出来ない。都子は少しだけ考えてから口を開いた。
「わたくしにも今現在の状態が判る訳ではありませんの。ですが、わたくしがあなたの身体に入る直前のことなら判りますわ。それで宜しくて?」
斎姫がそっと頷く。都子は判りましたと頷き返した。
「あなたの身体は恐らく、ずっと眠りについていた筈ですわ。そうでなければ他者が介入することは不可能だったと思いますので」
そう告げてから都子はカップをそっと唇につけた。紅茶の温もりを確かめるようにカップを両手で包む。
斎姫があの部屋に現れた瞬間、都子の暗示が働き始めた。だが斎姫自身の意識に反応したのではないことは確かだ。そうでなければこうして安穏と対面などしていられるはずがない。恐らく斎姫の身体には別の者が宿っていたのだ。それもごく龍神に近しい存在が、だ。
都子の暗示は対龍神用になっている。その気配に近くなければ反応しない。皮肉なことに、それだからこそ順には全く反応しないのだ。
「失礼ですけれど……斎姫さんの身体は人のそれとは少し違っていらっしゃるのではありませんこと?」
斎姫がぴくりと肩を震わせる。その表情は暗く沈んでいる。黙ったまま俯いてしまった斎姫に都子は小さく首を振った。
「わたくし、脅迫するつもりはありませんのよ? そのことを誰かに伝えるつもりもありません。ただ、事実を確認したかっただけですの」
それに、と都子は続けた。
「人ではないという意味でしたらわたくしも同じですから」
何故、話そうと思ったのかは判らない。だが都子は自然とそう告げていた。斎姫は困惑気味な目を都子に向けながらため息をつく。
「あなたの言うとおりです。わたしの身体は機械です」
「でもずっとあなたは眠ったままなのではなくて? そうでなければ他者が介入できる筈がありませんもの」
見覚えのある輝きが一瞬だけ見て取れた。あの時、斎姫に入っていたのは紛れもなく風龍神の力だ。だがそんな真似をされれば斎姫も気付いた筈なのだ。が、当の斎姫はこうして都子とここで会うまではそんなことがあったことを知らなかったようだ。都子はカップを唇に寄せて小さく息をついた。
一見、優雅なシーンなんですけども……。