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「眠っているというか、機能停止状態だと?」
「ああ、そうでしたわね。眠る状態というのは斎姫さんの感覚ではあり得ないのですわね」
機械の身体というのがどれだけ大変なことなのかは、正直なところ都子には想像することしか出来ない。が、斎姫にはとても痛い指摘だったようだ。その顔が悲しみに歪む。都子は思わずごめんなさい、と小声で詫びた。
「……あの、間違っていたらごめんなさい。斎姫さんの記憶はどこまで……?」
もしかしたら斎姫はかなり長い時間、機能停止されたままなのではないか。その不安から都子はそう訊ねた。斎姫が悲しそうにしているのも判っていたが、どうしても訊かなければならない気がしたのだ。
「あの……。あなたがわたしの中に入ってきた日は何時でした?」
ためらいがちに斎姫が告げる。その声は震えていた。都子は要と会ったあの日を思い返しながら日付を応えた。すると斎姫の顔が明らかに真っ青になる。
「わたしの最後の記憶はその二十日くらい前です」
動揺を抑えるためか、斎姫は胸を押さえて呻くように告げた。都子はそう、と答えて紅茶を飲み干した。自分にとって二十日程度の眠りは短く思える。が、きっと斎姫には随分と長い眠りなのだろう。
「大丈夫よ、斎姫さん。わたくし、きっとすぐに出て行くから。そうしたら目が覚めると思うわ」
必要ならばすぐに出て行っても構わない。そう都子は告げた。すると斎姫が寂しそうな笑みを浮かべて首を横に振る。
「いえ、都子さんは関係無いわ。優くんがスイッチを入れない限り、わたしが目覚めることはないの」
そう言ってから斎姫は自分の置かれた状況を少しずつ話し始めた。今度は都子が黙って頷く番だった。どうやら斎姫は元々、親がいなかったらしい。そんな斎姫を引き取ったのが立城だったという。その話に差し掛かった時、都子は微かに目を細めた。いつか自分を夢の世界からすくい上げてくれた立城のことを思い出す。
よりによってあんなやつに助けられるなんて。あの時、順は悔しそうに呟いた。だが順は都子が戻ったことについては手放しで喜んでいたようだ。そのことも都子にはよく判った。だから辛かった。本当は自分がいなくなってしまった方が順にとっては楽だと知っていたからだ。
「おじさまが機械化してくれたから、わたしはこうして今も存在していられるの」
そう語る斎姫に嫌そうなところはない。だが都子は言われた意味が判らなくてつい訊き返してしまった。すると今度は斎姫がわかり易く話をしてくれる。どうやら斎姫は生まれたばかりの状態で既に肉体を構成できなかったらしい。脳だけが辛うじて生きていた状態だったという。それを聞いた都子は痛ましさに目を細めた。どうやら斎姫にはそれほど辛い思い出ではないらしい。もっとも、斎姫にしても実際に体験していても覚えてなどいないのだ。辛さを感じろといっても無理な話だろう。
だがその話は都子には違って聞こえた。
全てが自分であると自信を持って言えれば良かったのに。
出来そこないなんだって、オレ。
どうしても斎姫の話が順に聞いた話に重なってしまう。都子は気付くと俯いてしまっていた。
自分がいない方が順にとっては楽な筈だ。何しろ自分という存在そのものが順の存在を否定する材料になるからだ。都子は暗い顔で考え込んでいた。なのにどうしても自分から消えることが出来ずにいる。
「機械だといっても、とても精巧にできているから問題はないのよ。だから気にしないで」
慌てたように斎姫がそう告げる。どうやら暗い顔になった都子を気遣ったらしい。そのことに気付いて都子は微笑みながら詫びた。すると安堵したように斎姫がほっと息をつく。
「話の腰を折ってごめんなさいね。それで、斎姫さんはその……優一郎さんという方の許で?」
「そうよ。今、わたしは優くんの管理下に置かれているの」
告げる斎姫に落ち込んだ様子はない。どうやら斎姫はそのことをとても誇りに思っているようだ。いいわね、と都子はそっと呟いた。斎姫が不思議そうに訊き返す。都子は苦笑しながらそっとカップをソーサーに戻した。空になったカップに新しく茶を注ぐ。不思議とティポットの紅茶の量は無制限のようだ。
「その方を好いていらっしゃるのでしょう? 羨ましいわ」
都子は優一郎のことを少しだけ知っていた。要と都子が会うお膳立てに一役買った人物だ。そして順がその優一郎をとても気に入っていることも何となく判っている。順がどうして気に入っているのかははっきりしないが、まずその理由はろくでもないだろう。だが優一郎が有能であることは間違いない。そうでなければ順が気に入るはずがないからだ。
そして斎姫はきっとそんな優一郎をとても好いているのだ。そうでなければ身体の全てを任せる気にはならないだろう。
「あっ、あの……すいません」
慌てたように斎姫が詫びる。どうして? と都子は首を傾げた。斎姫は困ったように視線を彷徨わせている。
夢の中で現実を知る斎姫です。