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「わたくしのことは気になさらなくてもいいんですのよ? 出来ればもっと斎姫さんのお話を伺いたいわ」
にっこりと笑って都子は告げた。ここの時の流れはゆっくりとしている。いつ目覚めの時が訪れるかも判らない。だがこうして話してくれる相手がいるということだけでも都子にとっては救いだった。
「もしかして、夢ってこんな感じなんですか? わたし、夢って見たことがなくて」
「ええ、きっとこんな感じだと思いますわ。でも半分はわたくしの望む世界ですから、斎姫さんの夢と言い切るのも難しいですわね」
ふと見ると斎姫は頬をほんのりと染めている。女の都子の目から見ても、そんな斎姫の様子は実に可愛らしかった。あらあら、と笑って都子は片目を閉じた。
「もしかして想い人とのことを夢想していらしたの?」
「ごめんなさい!」
一気に斎姫の顔が真っ赤になる。都子はくすくすと笑いながらテーブルに軽く指を乗せた。とんとん、と二回ほど叩く。するとテーブルの上にはスコーンの乗った皿が現れた。どうぞ、と斎姫の方にそれを押し出す。
「いただきますっ」
斎姫が生真面目に頭を下げてからスコーンに手を伸ばす。そんな斎姫を眺めながら都子は小さく笑ってみせた。
「そんなに恥ずかしがらなくてもよくってよ。わたくしにも想う方がおりますの」
言いながら都子は更にテーブルを指先で弾いた。続けて小皿が二枚現れる。その上にはたっぷりとクリームとジャムが乗っていた。どうぞ、とすすめると斎姫が素直に皿に手を伸ばす。
「でもわたくしとその方は決して結ばれませんの」
そう言ってから都子もスコーンを一つ取り上げた。半分に割ってクリームを乗せる。斎姫は黙っている。そのことにふと気付いて都子はああ、と笑った。
「つまらない話ですけれど……お聞きになりたい?」
「すみません。詮索するつもりはなかったんですけど……」
詫びながらも斎姫の目は興味があることを示している。都子は苦笑してポットを手にとった。空になってしまった斎姫のカップに紅茶を注ぐ。どれだけ注いでもポットの紅茶はなくならない。しかも濃くなることもない。
都子は少しずつ話し始めた。まずは木村財閥とその家について語り始める。最初は斎姫も驚いた顔をしていた。それはそうだろう。木村の姓はこの世にありふれているが、木村財閥となると話は別だ。吉良瀬のそれと匹敵する財閥としても有名だ。そして都子は正真正銘、木村の本家の娘として生まれたのだ。
「わたくしには一人、兄がおりますの。幼い頃にはよく一緒に遊んだものですわ」
かくれんぼ、おにごっこ。それこそ広い屋敷は幼い子供が遊ぶにはうってつけの場所だった。何も知らなかった頃の二人は毎日のように共に遊んだ。時には悪戯が過ぎて叱られることもあったが、それすらも今ではいい思い出だ。
あのままでいられれば良かったのに。あの時のまま、何も知らずにいればきっとオレたちはもっと違った生き方ができた。
刺された瞬間、順から流れてきた思惟はとても切ない気持ちに満ちていた。だがそれは順の本心だったのだろう。決して都子に打ち明けることのない、順の本音だ。
「とある事情で兄は家を出ました。その後、十年近くは行方不明になっておりましたの」
話を聞く斎姫は黙って頷くだけだ。きっと腰を折りたくないと思っているのだろう。都子はくすりと笑って首を傾げた。
「戻ってきた時には兄はすっかり様子が変わっておりましたわ。随分と軽薄に……いえ、それはいいのですが」
都子は慌てて口を濁してこほん、と小さく咳払いした。斎姫が不思議そうに瞬きをする。
「その頃でしたかしら。憧れが恋に変わってしまったのは。……わたくし、兄を慕っておりますの」
その想いは決して叶わない。実の兄を慕う時点で何かが狂ってしまっているのだ。そのことは都子にもよく判っている。
斎姫は何か思うところがあったのだろう。やはり、といった様子で頷いた。
「だから結ばれることは無いと……」
「ええ。世間的にもとても公表できるような事柄ではありませんし」
だがそれだけではない。本来の意味では都子と順の血の繋がりは限り無く薄く……だが同時にとても濃い。人としてのそれではなく、龍神の血が同種である故に惹かれているのだということも都子は自覚していた。
沈痛な面持ちで斎姫は黙っている。都子は斎姫の暗い気持ちを払拭しようと笑ってみせた。
「気になさることはないですわ。もうずっと前から判っていることですもの」
「わたし、贅沢だったんだわ」
掠れた声が都子の耳に届く。独り言のつもりだったのか、告げた斎姫は都子を見てはいない。きっと斎姫は何事かを思い出しているのだろう。しばし、黙してカップを見つめていた。都子は斎姫の邪魔をしないように静かにカップを引き寄せた。温かな紅茶をゆっくりと飲む。
お兄さまが望むならいつでも消えるのに。だが順は都子に決して消えろとは言わないだろう。今ならもっと簡単に戦闘できる者が手に入れられるだろうに、それでも順は都子を要らないとは言わないのだ。
ばらの咲き乱れる庭で二人はしばし無言でカップを傾けていた。
都子のばら好きは昔からなのです。