※この作品はR-18です。

(習作)向日葵の墓標   作:Marchhatter

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※習作です。特に意味なくだらだらと続くかもしれません。

2023/1/3 柏原みなりの村野への呼び方を修正しました(「景ちゃん」→「景くん」)。


夜と雨とひとつのはじまり

(2013年12月 村野景一)

 今日は朝から雨だった。

 どうしても雨の日には気分が落ち込む。季節性うつ病の一種なのだろうか。

 秋口から冬にかけて、日が短くなっていくとどうしても気分が鬱々とする。

 もっと極端だったら診断書も出るのだろうが、そこまではいかない。

 もっとも僕と同じように感じる人も多いだろうから、僕も普通の範囲内だ。特別な注意も配慮も受けられないが、多くの仲間たちの共感を得られるので悪くないかもしれない。

 

 普通であることがとても嫌だった20年前、僕は世の中のあらゆることが気に障って、とてもひねくれていて、どうしようもなく配慮を欠いて尖った存在だった。

 特別に顔や性格が良かったり運動や学問に優れていたりしていたら格別、尖ってはいても普通の範囲内の僕に注目してくれる人もなく、鬱屈していた心の中の熱い圧力はゆっくりと冷えた。

 20年後、人間の干物ができた。

 形をとることなく固まった、溶けたガラス片。つまり今の僕だ。

 

 あまり感情は動かない。いや、動くがすぐに反対側からそれを相殺する分厚く柔らかく強靭で生暖かい、そう、少し前なら世間知と呼ばれていたであろう、いとわしくすべての真実をつまらない包装でくるみこんでしまう心の筋肉が発達し、僕の精神を、その硬くもろく傷つきやすく芯をつつむようになっていた。

 ちょうど不燃ごみの日に割れやすいガラスをくるむ新聞紙と同じように。それはちょうど収集人の手を切らないように、ほかの人の心も傷つけず、そのかわり真実にも切り込めない、なまくらな塊となっていた。

 20年前の僕が知ったら、夭折すべきだったとか評しそうな人間型のミイラ、干物、山の潰れた、資本主義社会の小さなネジ。

 

 要するに神経に脂肪がついたのだろう、と自嘲しつつ、編集していた文書のリターンキーを強めに押し込む。

 もう今日は引き上げたい。それほど繁忙期でもなく、また存在自体あまり知られていない役所の外局ということもあって、僕の職場からも職員は退出していて、もう僕の上司の課長補佐と、職位としては同じだけどベテランの上席係長くらいしか残っていない。

 仕事自体も、今日カタをつけないといけないというほどのことでもない。

 時計を見る。8時半過ぎ。国会も会期中ではないし、面倒な法令協議も入っていない。

 しかし帰っても特に何もすることもない、途中のコンビニで味が濃い(一人暮らしを始めたときは結構うれしかった)パスタでも買って食べて、風呂に入って携帯でニュースを見るか本を読んで寝るだけの日。残業代はつかないが帰宅を急ぐ意味もない。

 同じような、私生活がもはや半分風化した帰宅難民たちが残っているせいで、フロアはまだ無意味に明るい照明が煌々と書類や机を照らしていた。

 

 補佐が帰るようだ。係長も腰を上げた。

 

 「村野君、まだ頑張る?帰れるときは帰ってね。」

 

 ありがとうございます、お疲れ様ですと答え、惰性的に片付けをし、隣の課に「二課、お先に帰ります。」と声をかける。「お疲れさまっしたぁ!」と元気のよい声が帰ってくる。

 こちらの課の若手の子はまだ2年目だったかと思うが、もう水に慣れて結構きびきびと働いている。・・眩しいものは厭わしくもあると最近学んだ。

 

 エレベータホールでエレベータのボタンを押していると、懐で携帯電話が震えた。取り出すと多賀島の、つまり僕の郷里の姉からだ。

 

 「もしもし、景ちゃん?お仕事中?いま大丈夫だった?」

 

 「大丈夫、ちょうど帰るところだった」

 

 景一(ぼく)の姉は一時期東京で仕事をしていたが、現在では高校時代の同級生と結婚し、地元に戻っている。子供も生まれているし、ここ2,3年は帰省していなくて常日頃は連絡もなく、少し疎遠になっているが、仲は悪くない。

 

 「ごめんね、最近元気?」

 

 「うん、元気。お父さんとか、何かあった?」

 

 「いや、大丈夫、みんな元気だよ。あの、電話かけたのはちょっとお願いがあったからなんだけど、今大丈夫?」

 

 ティィン、と音がしてエレベータが降りてきた。

 

 「大丈夫だけど、電話代大変じゃない?ちょっと電波が良くなくて、1、2分してかけ直していい?結構重い話?」

 

 「重い、・・かわからないけど、うん、お願い」

 

 「じゃあね」

 

 電話を切る。メモ用紙でも用意した方がいいかなと思いながら、僕は扉の開いたエレベータに入って目を閉じた。少し寝不足気味の目がかすかに痛んだ。

 

 1階のホール。比較的新しい、複数の省庁の入るガラスを多用したビルだ。自動改札みたいなゲートは最近つけられた。その内側で入退庁用カードを取り出してゲートにタッチして記録し、ゲートを出る。

 

 カードをしまい、携帯電話を取り出す。最近機種変更したiPhone、機能には満足しているが多様なガジェットは使いこなせていない。せいぜいがニュースや政治サイトを見る程度だ。

 

 コールは、2回。すぐ姉が出た。

 

 「ありがとうー、ごめんね忙しいのに。それでさー、」

 

 困ったことがあると少しゆっくりになって伸びる語尾。姉は続けた。

 

 「ほら、みなちゃん覚えてる?F棟の、・・」

 

 「もちろん」

 

 「最近話したりした?・・話してない、そう。どのくらい?えー、そんなに。・・みなちゃんね、5年前に結婚したんだけど、・・」

 

 みなちゃんというのは、僕の実家のマンション(比較的大きいマンションで、たっぷりとした敷地にA棟からF棟まであった)のご近所さんだ。

 ちなみに僕の実家はE棟で、同じマンションの同年代の子供はみな顔見知り(幼馴染とまで言っていいかわからないが)で時に一緒に遊ぶ仲だった。

 

 姉の話によると、その中でも僕の同級生になる女の子(僕と同年でもう35歳になる彼女だが、やっぱり僕にとっては女の子なのだ)が、ちょっと困ったことになっている、ちょっと相談にのってあげられないか、ということのようだった。

 姉は(ひいき目ながら)外見も良く、物おじしない活発で社交的な性格で、その新築マンション群の中では一番年長だったこともあり、いわばみんなのお姉さんポジションになっていた。

 その関係は結構続いていたらしい、困ったことになって姉に助力を求めてくるくらいには。

 

 ただ、僕としてはあまり面白い話でもなかった。要はもめごとだ。

 同年代の女子ということで甘酸っぱい思い出があるかというと、ほとんどないに等しい。

 要は姉には懐いていたかもしれないが(ひところは仲の良い姉妹のようにいつも一緒に遊んでいたような記憶もある)、僕にはそれほど近い関係ではない(そんな彼女らと少し離れて一人遊びをしていたり、という感じだ)。

 ただ、同郷だし、広義では幼馴染に入るのだろう。

 

 「相談って、離婚とか?法律的なこと?」

 

 「いや、それもあるんだけど、・・・」

 

 姉は結構あけすけなところもある、言いよどむのは結構珍しいこともあって悪い予感がする。

 

 「家を追い出されちゃったっていうか、いや、家出してるっていうのかな。でさ、お金もないみたいで、」

 

 金貸せっていうことか。まあ多少の交通費くらい貸しても、いや渡してもいいけど、

 

 「すごく悪いんだけど、今日、泊められれたりする・・?」

 

 「いや、それないでしょう」

 

 何が悲しくて人妻を散らかった家に招かないといけないのか。

 離婚とか見据えてるんだったら、それって確実にマイナスだろ。下手すると不倫相手だとか主張されかねないぞ。

 まとまったお金は渡す、それでホテルに泊まってもらうか、多賀島までの飛行機代にしてもらう、それでいいんじゃないか。

 

 「それがさー、結構切羽詰まった感じで、悪い予感がするのよー。1泊だけでもいいから泊めて、何か温かいものでも出して、話してあげてよ。」

 

 「温めたコンビニ弁当くらいしか出せないって。それに男の部屋に上げるなんて、マジ大丈夫?」

 

 「景ちゃんなら、そんなことにならないでしょ?・・何かする気?」

 

 「はは、しないって」

 

 なんか気勢を削がれた僕は、なんだかんだ言って姉の力になってあげたいのもあり、また比較的最近は多忙でなかったこともあり、あまり気は乗らないながらも会って相談に乗ることを承諾した。

 もっとも、本当は待ち合わせてファミレスか何かで遅い夕食にして、お金を渡して宿をとってもらうつもりだった。

 

 「それで、今どこだって?」

 

 「部屋の前」

 

 「部屋の前って、・・こっちの?うちの部屋の!?」

 

 ごめんごめん、ちょっと東京のことも忘れてきててさ、待ち合わせ場所とか分からなくて、とテヘヘと笑う姉にちょっと憤りながらも、僕は足を速めた。しかも結構待たせているようだ。待てるような場所もないのに、・・

 

 僕の住むアパートというか雑居ビルは、霞が関からも無理したら歩けなくはない近さにある。夜も遅くなることが多いだろうし、と思って借りた雑居ビルの部屋は、ほとんど日も入らないなど、居住性の面ではちょっとどうかという点もあり、周囲にはほとんどスーパーもないのだが、それを補って余りある近さというメリットがあった。何しろ仕事で終電を逃しても歩いて帰れるのだ。

 

 いつもなら歩いて帰り、途中のコンビニでサンドイッチやおにぎりを買ったりするのだが、今日は二駅ながら電車で帰る。地下鉄の階段を駆け上がると、そのまま小雨の中を傘を差さず走る。徒歩4分、それが遠く感じる。

 

 階段を駆け上がると、4階の外廊下(と言っていいのだろうか、1フロアに2部屋しかないのだ)に所在投げに佇む人影があった。足元に水たまりのなごりだろう水気がある。黄色いスカーフを頭からかけ、カーキ色のトレンチコートを着ている人影は、僕を認めると、僕の記憶に照らすと、かなりやつれた、けどかつての端正な面影を残す顔に困ったように笑いを浮かべた。

 

 「景くん」

 

 「ああ、柏原さん、久しぶり」

 

 その憔悴した様子を見て僕は理解した。ファミレスは、無しだ。

 傘もなかったのか、僕の幼馴染というか知り合い、柏原みなりはぐっしょりと濡れていた。頭のマトリョーシカみたいに掛けてる黄色いスカーフはおしゃれじゃない、雨よけだったのだろう、ほとんど役に立っていないが。寒そうにぶるっと震えて、柏原は卑屈にもみえる気弱げな作り笑いを浮かべた。

 

 「急にごめんなさい。彩子姉さんに言ったら、景くんがいるから、って。悪いからいいよっていったんだけど、」

 

 ・・・困った人を見たら助けてあげるのは姉の美点だと思う。ただ僕はそんな善人でもないんだけどな・・。

 本(・)当(・)に(・)僕(・)が(・)柏(・)原(・)を(・)ど(・)う(・)こ(・)う(・)し(・)た(・)ら(・)、(・)ど(・)う(・)す(・)る(・)ん(・)だ(・)?

 だいたい柏原自身も会いたがっていないじゃないか。

 だがそれとは別に、社会人の仮面(もはや肉付きの面と化している)を被った僕は彼女に愛想よくほほえみかける。

 

 「いいよいいよ、風邪ひくよね、ちょっと今すぐ片すね」

 

 「ごめんね。ちょっとだけ拭かせてもらうだけでいいの。そしたらもう行くから」

 

 「駄目だよ、お茶出させてよ。5分だけ待ってて」

 

 素早く家に入り、見られたらまずいものがないか目を走らせる。たまたま繁忙期でなく、家は比較的片付いている方だった。風呂場をパッとみるがそこまでひどくもない。床に散らばっていた、どうでもいいチラシを集めて隅に寄せ、服掛けと化していた食卓の椅子の背から服を取って洗濯カゴに放り込む。

 

 「入って、入って」

 

 「お邪魔します・・」

 

 とても居心地悪そうに柏原は入ってきた。重いスチールの扉がきしみながら閉まる。僕は彼女の小さなキャスター付きスーツケースを取り上げ、とりあえず入り口横に寄せた新聞紙類の上に置いた。まだ玄関で靴を脱がず居心地悪そうにしている柏原の目の前に乾いたバスタオルを足拭き用に1枚置き、もう一枚を直接手渡すと、柏原は礼を言いながら受け取り、髪やコートの表面をぬぐった。

 

 「景くんごめん、ちょっとこれすごくぬれてて、・・」

 

 「良かったら着替える?ぶかぶかだと思うけど、あと今暖房入れるね」

 

 都心にしては広い6畳二間の和式1DK。DKの部屋には冷暖房もないが、ガスストーブを置いてある。寝室には窓枠式のエアコン。どちらもつけて冷え切った部屋を暖める。

 ちょっとお風呂も用意するね、と伝えて、年代を感じさせるふすまの奥にある寝室に遠慮する柏原を追いやり、暖かそうな寝巻のスウェットをとりあえず渡して着替えるように伝える。

 わざと音を立てながら、年代物の風呂(バランス釜のガス給湯式、タイル貼り)を準備する。目に付く汚れや縮れ毛を流し、とりあえず風呂を入れ始める。

 ついでにシャワーカーテンで区切られているだけの同室のトイレも空けて、ブラシで軽くこすっておく。湿った手拭きタオルも交換。

 

 圧し殺したくしゃみの音に振り向くと、灰色のダサいスウェットに着替えた柏原が所在なげに佇んでいる。

 あったまってね、といって椅子を勧め、男物のやはりぶかぶかのジャケットを渡し、ガスストーブを近づけた。

 あまり使っていないが年代物で色が変わっている台所の流しで瞬間湯沸かし器からお湯をケトルにとり、コンロの火にかける。

 ティーポットなど使わないので、リプトンの黄色いティーバッグを用意。

 足元が寒そうだ、いつもは使わないスリッパを取り出して勧めると遠慮がちに伝線したベージュのストッキングに包まれた足を入れた。

 

 「ありがとう」

 

 ようやく沸いたお湯で紅茶を入れて、とりあえず飲んだ。

 きゅる、という音がしたが聞こえないふりをして雨の音に耳を傾けるふりをする。

 また、もう少し大きい音がして、柏原が顔を俯けた。

 

 「大丈夫、寒くない?」

 

 「ありがとう、大丈夫。ごめんね、本当にごめんね・・」

 

 柏原がううっ、と声を詰まらせ、ぐしゅぐしゅと泣き始めた。

 ああ、面倒くさい・・・。

 

  ※  ※  ※

 

 その後、今日は泊まっていくように強引に誘導する。

 間違っても、冗談でも、襲っちゃうぞなどとは言わない(それはそれに向いたキャラクターが言えばセーフなのかもしれないが、僕は多分アウト側になる人なのだ)。徹頭徹尾、人当たりのよい凡人を演じる。

 とりあえずバスタオルを強引に押し付け、風呂に入らせる。シャンプーはトニックしかない。すまぬ。

 

 並行して、浸水もそこそこにご飯を炊く。

 ろくな食材の在庫がないが、とりあえずお湯を沸かしてレトルトカレーだな。

 僕も同じもの、そして上がってきた柏原に、カレーとお代わりを強引に勧める(僕もお相伴する)。

 食後に今度は日本茶を入れ、・・さすがに歯ブラシはない。歩いて2分のコンビニに行くしかないか。ご飯もそっちで選ばせた方がよかったかもしれない。

 

 ひと心地ついたのか、泣き止んだ(まだ目と鼻が赤いが)柏原に、予定を伝える。

 もう11時過ぎて、12時に近い。

 

 ―――今日はもう歯磨きとかして眠るといいよ。客用布団があるから、奥の寝室(和室なのだ)で寝ればいい。

 僕はこっちのDKで寝るけど、心配しなくていい。トイレが近いから、こっちが便利なんだ。

 それに柏原をこっちに寝かせた、って知られたら、姉にぶっ殺されるからさあ。

 あと、別に今日明日だけでなく、しばらく居ていい。2,3日でも4,5日でもいいし、1週間くらいでもいい。

 でも、いろいろこじれないうちに、心配する人がいたら連絡したほうがいいかもね。

 明日は金曜日だから、相談できるところ、区役所とかに相談してみてもいいかもしれない。弁護士さんでもいい。

 結婚先は北関東だっけ。もし東京が久しぶりだったら、ちょっとゆっくり物見遊山でもしたらどうかな。大学時代の同級生とかいない?

 ああもちろん、お金のことは心配しないで。趣味ゼロだから、使い道に困ってるんだ。貯金が増える増える。仕事から帰ったら寝るだけだし。

 それと、コンビニにちょっと言ってきて何か必要なもの買ってくるけど。

 え?歯ブラシ買うよ。乳液とかいる?どこのかわからないけど買ってくるよ。あと何?自分で行く?いや、それだと寒いって。明日にしとこうか。

 ケータイとか充電する?へ?持ってきてない?そうかー。プリペイド携帯とかいるかな。いらないか。

 何?あ、ああ、あれ買うのね。どこのメーカー?ああ指定なしだけど羽根つきがいいのか。いや、大丈夫だよ。それくらい全然OKOK。

 家の電話使っててもいいよ。実家とか、――ああ、お母さんお亡くなりになってらっしゃったんだったね。ごめんなさい。御愁傷様です。ご親戚とか、・・ああ、わかった。

 いいよ、ラジオでも聞いとく? テレビはないんだ、アンテナはあるんだけどね。一応NHKFMにしとくね。

 

 コンビニに向かう途中で、姉に電話をかける。

 もう小さい子のいる専業主婦、眠っているかと思ったらまだ起きてた。

 簡単に様子を伝え、また明日相談しよう、と伝えた。

 雨はまだ強く降り続けている。

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