※この作品はR-18です。

(習作)向日葵の墓標   作:Marchhatter

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村野景一視点です。


土曜日のせっけんの香り(6)

 

「そうだね、だったら、──

 私、行ってみたいところがあるかも。」

 

 夕食の予定について尋ねると、彼女からそういう答えが返ってきた。

 

 彼女は、この近所にある女子大の卒業生だ。

 下宿していたのは大学から離れた郊外の駅だが、この周辺には土地勘があるはず。

 思い出のあるレストランも、あるのだろう。

 

 昼食の時間も遅かったので軽い散歩を兼ねて歩いてそこにいこう、ということになった。

 そのまま夕暮れの茗荷谷を、並んで歩く。

 さっきまでは泣いていた、彼女の横顔に今は曇りはない。

 大学や高校のころの思い出をぽつぽつ語る彼女の声は、楽しそうにすら思える。

 やはり母校をみて、楽しかった学生時代を思い出したりしてるのかな。

 

「そろそろ行ってみようか?この先だったと思う。」

 

「うん。」

 

 日はすっかり沈み、街灯のおぼろげな明かりの下を僕たちは歩く。

 台地をくだり、道は狭く迷路のように入り組み始めた。

 

「ここなんだけど。──いい?」

 

 南欧料理の店みたいだ。古いが清潔、だけど(変な表現だが)おしゃれすぎない。

 道はいりくんでいたけれど、大学からはそこまで遠くないはず。彼女たち学生に愛された店だったのかな。

 幸運なことに空いてるみたいで、僕たちはすぐ案内された。

 暖かい空気が僕たちをつつむ。窓際のテーブルに案内される。

 

「あー、落ち着くね。よく来てたの?」

 

「そんなに来たことがあるわけじゃ、ないけど──」

 

 明かりは抑え目。透明な白熱灯ランプ。

 落ち着いた、木の肌を活かした内装。

 重たいコートを脱いで壁に掛け、椅子に座ると思わずほっとした。

 

 メニューを眺める。

 出せる料理の種類はさほど多くない。コースが安い。

 僕は彼女の意見を聞いて適当にコースを選んだ。

 ハウスワインをデキャンタでもらう。のどが乾いていた。

 珍しく彼女も、少し飲みたいという。

 

「おつかれさま」「乾杯」

 

 薄いグラスを軽く触れ合わせる。ごくわずかに甘味を残した赤ワインの味。

 目を閉じて頭を軽く反らして飲むときの彼女の白い喉が、僕の心を乱した。

 何か大事なことを、忘れてるような気持ち。

 でもワインで軽くしびれる脳、西洋酒家の薄暗く温かく心地よい雰囲気、ほどよく掛け心地のよい椅子に腰の溶けそうな安楽の感覚に、僕は思考停止してしまった。

 

「景くん、疲れた?」

 

 軽く肩を動かしてたのをみとがめて、彼女がそう聞いてくる。

 歩いてるときは気にならなかったけど、重たいダッフルコートを脱ぐとやっぱり肩が少し疲れてたみたいだ。

 

「大丈夫だよ。鍛えてるし」

 

「鍛えてるって、ジムかなにか?」

 

「いいや、まさか。

 職場まで歩いて通勤してるんだ。」

 

 彼女はふふっ、と儀礼的に笑ってくれた。そして彼女はまたワインを口に含んだ。つられて僕も、ワイングラスを口に運ぶ。

 見通しづらい暗めの照明のためだろうか。僕はためらいもなく大胆に、その白い喉元を凝視した。

 溶けて冷え固まっていたと思っていた心が、どこかで揺れる。ぐらぐらする。

 

「学生のころ、ときどき来たことがあったの。」

 

 彼女はそう、僕に問わず語りに言う。

 見た目は清冽な印象でいかにもリアルでもモテていたように思える彼女だが。

 彼女の言によると、真面目な校風の女子大だったせいもあって、大学時代には勉強漬け。キャンパスに閉じこもってて出不精気味だったらしい。交友関係も、あまり広い方ではなかったとか。

 ただ期末試験が終わるといつも、仲のいい学科の友達と、打ち上げにすこしお洒落なお店に行くのが楽しみだったという。

 つ○八や○狗とか○木屋や○民みたいな安居酒屋にしか経験値がなかった僕とは、えらい違いだな。

 僕はほとんど接点がない、大学生時代の彼女のことを想像してみる。

 

 高校時代は、同格の(クラスカースト内の地位高めな、同じくらい美人の)親友の女の子と二人で行動してたのを、よく見た。

 特定の男子と、長く付き合ったことはなかったんじゃないかな。

 一緒にクラスメイトの男子と歩きながらおしゃべりしてる様子は見たことがある。ただ、付き合ってる風ではなかった。

 大学生時代の彼女は、自己申告のように真面目で地味な生活を送っていたのだろうか。そうかもしれない。

 日本全体が不景気だった、あの頃。学費が払えず退学した同級生のことや、就職が決まらず派遣になってた娘のことを思いだす。

 

「あのころと、変わってないよ。

 ──あ、来たね。」

 

 カルパッチョの前菜、あまり時を置かず提供されるパスタ。

 全粒粉のパンをちぎりながら、僕は珍しく饒舌に思い出を語る彼女の話に耳を傾けた。

 

 ──────

 

 僕はこの年になっても、通の評価する美味しさと、大衆的な美味しさとの区別がつかない。

 要はコンビニ飯の多い生活で培われた馬鹿舌で、たいていのものは美味しくいただいてしまう。

 もちろんこのお店の食事も、どれも美味しく感じた。まともな人にとっても、美味しいのだろうな。

 量も少なすぎず、ちゃんと満腹になる量。

 

 向かいに座る彼女も、やや暗めの照明のせいでもあると思うんだけど。

 再会したときの、やばい焦燥ぶりが消えていることもあって。

 いつになくきれいにみえて、僕の自尊心をくすぐる。

(連れが美人とかだと、つきあってもいない関係でもほこらしい気分になってしまわない?親戚とかでも、なんなら姉でも。

 そういうのって、すごく俗物的な感覚なんだろうけどさ。)

 

 デザートまでいただいて、僕は名残惜しく感じながらも店を後にした。

 時間はわからない。途中から時間を気にするのをやめた。

 最近中毒気味だったポケットの中のスマホも、もうどうでもよくなってる。

 会計はもちろん僕持ち。現金で払って出る。外の風が冷たい。

 

 慣れないワインに、頭が軽くもやがかかったような感覚。気持ちが浮ついている。

 いつもべっとりと落ちにくい汚泥かペンキのように脳にまとわりついていた、濁った色の悩みが、一時的に消えているのを感じる。

 

 僕にはめずらしいことに、道がよくわからない。

 彼女もよくわかってないのかな。こっちだったっけ、とか言ってる。大丈夫かな。

 やっぱり、もと来た道を戻ればよかったかな。

 

 お店を出た僕たちは、おそらくワインですこし気分が大きくなっていた。

 坂を登って戻るよりこの先のJRの駅に行った方が近いらしいよ、と言って先導してくれようとする彼女も、いつもより陽気で口数が多かった。

 そして、十数分後。

 

「ごめん、景くん。道間違えたかも。」

 

 案の定。

 ふわふわとした気分で歩いてた僕に、彼女はそう告げた。

 困ったように僕の方を振り向く彼女の耳の形に、瞬時僕は目を奪われる。

 高校時代の、取り澄ましてつんとした、しかし美しい彼女の面影があったから。

(耳は大きいわけじゃない、でもたぶん普通より、少しだけ外に出た形をしている。)

 あのときと同じように、髪を耳にかけている彼女は、困ったように僕に問いかける。

 

「全然いいよ。歩いてりゃどっか着くでしょ。」

 

 軽く雨が降り始めようとしてる。ぽつ、ぽつ、と水滴が降ってきてて、肩を濡らす。

 早く帰るか。でも、山手線の駅から家までは遠いけどな。どうしよう。傘買うか。

 ぼんやり、そう思いながら返事をした。

 

「たぶんこっちだと思うけど。──いい?」

 

 聞かれた理由がわかった。

 ごちゃごちゃとした、古い建物の並ぶ道。

 駅裏っていうのかな、おそらく駅まではさほど遠くないと思うんだけど。

 その通りは、簡単にいえばかなりいかがわしい色街の雰囲気で。

 スナックとかの飲み屋さん、怪しげなエスニック料理店にまじって、青いライトの看板のラブホテルが並んでたりする。シティホテルみたいなお洒落な感じじゃない、野暮ったい系だ。

 こんな昭和の街並み、いまどき貴重なのかもしれないけれど、──。

 ただ、雨は強まってきてる。カップルの男女が、わー、まじ?とか言いながら小走りに走りすぎていく。

 

「いいよ、大丈夫。」

 

「じゃあ、この筋をまっすぐ、──あっ」

 

 彼女が不意にふらつき、しゃがみ込んだ。

 眉をひそめて、口をゆがめて僕の方を見上げる。

 

 理由は、すぐわかった。

 通りの舗装は、かなりガタガタだ。私道なのかもしれない。

 彼女がしゃがんだあたりにも、段差がある。

 踏み外して、足をくじいてしまったんだろう。痛みを噛み殺しているんだろう、白い糸切歯が唇をかんだ。

 折り悪く、雨が豪雨と言えるほどに強まってきた。ネオンの光がにじむ。でこぼこの路面に、雨粒がはじける。

 

「大丈夫?」

 

 手を差し出すと、彼女が片手で僕の手をとった。

 冷たく感じられる手。そうか、やっぱり寒かったのかな彼女。

 

「ごめん、まさかこんなに、──」

 

「肩、貸そうか?」

 

 そう言いながら、僕は彼女の手のやわらかさに動悸の高まりをおぼえた一方で。

 何かが、すごく間違っているような気がし始めていた。

 この違和感の糸口を求めて、体を打つ大粒の雨にもかかわらず、僕は思考に没入する。

 

 ──僕と彼女は幼馴染。たぶん幼稚園に通う前からお互いを知ってるっていう意味では、幼馴染だと言っていいと思う。

 すごく小さい頃は、誕生日パーティに招いたし招かれた。

 僭越ながら、お医者さんごっこをしたことすらある。

 

 でも、そうした関係はいずれも姉を介した、いびつなもの。

 僕個人と彼女の間に、直接の親しい接触はほとんどない。

 休んだときに、学校のお知らせを届けるくらい。

 

 彼女の手の感触を、僕は知ってる。

 ありがちだけど、高校3年のときの体育祭のフォークダンスのとき。例の男子と女子とでペアになって踊るやつだ。

 あれって、男子はどきどきしながら内心好きな女子の番を待つよね。

 でも女子の多くは嫌そうだったり、普通に事務的だったり。見事に非対称の関係だ。

(男子でも女子と手をつなぐのが嫌な人もいるかもしれないが、少数派だと思う。)

 

 彼女も、そうだったと思う。

 僕を見る目には、親しみのかけらもなくて。

 白目と黒目がはっきり分かれた目は、一応僕を映してたけど、無関心もいいとこだったと思う。

 笑みもなく会話もなく、僕と彼女のペアの番は終わった。

 そのいくつか後の番、彼女ほど美人じゃないけど可愛かった、当時僕が好きだった子のほうがよほどどぎまぎしたし、楽しかった。

 あのちょっと困ったような、でも嬉しそうな上気した横顔の記憶は、もう少しずつかすれかけてるけど。

 

 そこまで思いだしたとき、僕は違和感の原因を突き止めたような気がした。

 

 ──あのときと今と、何が違うんだろう?

 

 僕自身は、ほとんど変わった実感はない。

 社会人になって5年目くらいまでは、仕事を通じて多少は成長したって実感があった。

 いろいろ未知の体験をしたり、PCのスキルとかをあげたり、さ。

 でも人間性なんて成長した気はしない。スキルも伸び悩み、それ以降は惰性で生きてる。

 要は、飽き飽きするくらいに昔のまま。

 

 彼女自身にも、変わったところはあまりない。こっちは相変わらず美人で、頭もいいはず。

 違ったのは、彼女をとりまく状況。

 昔と違い、彼女は窮状にある。

 

 ──そうだ、そんなことで関係が変わるのはおかしいんだ。

 

 僕と彼女がこんなに近い距離にいるこの状態、間違ってる。

 だってさ。要は、僕は昔と同じ、つまんない人間のまま。

 それなのに、昔は美しく頭がよくみんなの人気者だった彼女が、僕と手をつないでる。

 

 要は、さ。

 今は彼女が落ち目だから、僕にしかたなくつきあってるんだ。

(さすがに媚を売ってる、っていうほどじゃないけど、さ。)

 なんだか僕は、浮わついてた気分に、急に冷水をかけられたような気持ちになった。

 

 あの頃はひしひしと感じていた、自分がつまらないもの、どこにでもいる代わりばえのない人間に思えて、世界から要らないって思われてる感覚。

 それは多少は被害妄想だったと思うが、勘違いだったとは思わない。

 実際、就活でもさんざん言われたし。僕はどこにでも代わりのいる、たくさん転がってるただの石ころの一つなんだ、って心にきざみつけられた。

 

 そして、彼女だって。

 その僕を要らないものだと見下してた、僕に無関心な世界の一員だったんだ。

 

 昔みたいに、僕のことは無視すればいい。僕だって彼女を無視する。

 僕と彼女は、違う世界の住人なんだから。

 

 今はたまたま、彼女が転落してきた。

 その限りでは、助けてあげてもいい。

 でもそれが終われば、せいぜい事務的な会話を交わして通りすぎてくだけの関係に戻る。

 年賀状がしばらく届くかな。それも途絶えて、そしてお互いの人生からお互いが消えていく。

 それでいい、──っていうか、そ(・)う(・)な(・)る(・)。

 僕たちはすれちがっただけの、他人だ。

 

 僕は少し冷たい目で、彼女の様子を見下ろす。

 彼女は痛みに顔を顰めていたが、僕の様子に気がついて見上げる。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもない。──どうしようか、ちょっと休む?それとも、背負っていこうか?」

 

 彼女の痛そうな様子は、嘘には見えない。

 手を貸したが、がくっ、と彼女の膝が砕けた。

 やっぱり、かなり痛めてしまってるみたいだ。

 僕は思いきって彼女の腕の下に自分の腕を深く差し入れ、肩を貸して支える。

 ふわっ、と清潔な石鹸の香りが香った気がした。

 

「ごめん、景くん。ちょっとだけ、雨宿りしていい?」

 

 僕と彼女は、手近のひとけがなく雨宿りできそうなビルのフロントに、雨宿りのため退避する。

 暗いフロント、青い看板の照明の照り返し。

 こともあろうに、いかがわしいホテルの入口だ。

 

「歩けそう?」

 

「ごめん、──無理かも」

 

 くじいてしまったか。彼女は壁に寄りかかるようにしゃがみこみ、痛めた足の靴を脱いでかかとを手で触ってみている。また、くっきりした眉を痛そうに顰めた。

 

「歩かせすぎちゃったかな」

 

「それは違うよ、これは私が不注意だっただけ」

 

 雨は強まる。ぞくっとした寒さ。風が出てきた。

 道行く人の傘が、裏返る様子。

 彼女が、立て続けにくしゃみする。押し殺そうとしたせいか、ちょっと滑稽な感じに。

 僕の視線に気づいた彼女が、情けなさそうにちょっと眉を下げて笑う。

 すこしだけ、さっきまでのいらただしい気持ちが落ち着くのを感じた。

 

「ごめんね、──へくちょ」

 

 変わったくしゃみ。気づくと、彼女のデニムの膝くらいまでが色が変わっている。きっと寒いのだろう。

 

「寒い?えーと、──少し休まない?」

 

 僕としては、喫茶店か何か見つけようか、くらいのつもりだった。

 そういう意味に取られるかもしれない、と予測できてなかったのは、やっぱり僕が若造のときから進歩がない、年齢を重ねても経験も積まず空気も読めない残念な男のままだったからだと思う。

 

「え?ええっ!?」

 

 その彼女の反応に僕はようやく、自分が言った言葉の意味しうることを把握した。

 取り消そうとした、しかし遅すぎた。

 

「あっ、私は、いいよ。いいっていうのは、OK。大丈夫。」

 

 ──痛くて、長くは歩けなさそうなの。ごめん、すこしだけ休みたい。

 

 そう、すまなそうに言った彼女が目を転じた先。

 青いブルーの看板には、「ご休憩」の文字があった。

 

 ──────

 

 結局、僕と彼女はそのホテルに入室した。

 フロント横に自販機みたいな装置があり、お金を投入して部屋を選ぶと顔を合わさずチェックインできる。

 週末の夜だというのに部屋がすいていたのは幸運だったのか、不運だったのか。

(おそらくは地味で入り組んだ場所にあるため、あまり利用されないんじゃないかな。)

 

 狭苦しいエレベータに乗り、加速度を感じながら上昇する僕の頭は、混乱状態にあった。

 今からでも、やっぱりやめようよ、と言って帰る?

 でも、ホテルに入った時点で今更。

 僕がもっともやってはいけないことを、今まさにやってしまった。

 エレベータの壁に寄りかかる彼女の顔は無表情で、感情はうかがい知れない。

 これ、僕が誘ったことになっちゃうのかな。セクハラだと思ってるかもしれない。

 

 部屋は最上階に近い階層。ウナギの寝床みたいな長細いビル。

 僕はまた肩を貸して廊下を歩き、ドアを開け、髪から水滴がしたたっている彼女を入れる。

 

 彼女の濡れそぼった上着をとり、入り口近くの壁のフックにかけ。

 荷物置き用らしい椅子に腰かけていてもらい、先に僕は靴を脱ぎ、部屋に入ってざっとチェックした。

 幸いにも、さほど不潔そうな感じはしない。割とグレード高い部屋だからかな。

 埃っぽくもないし変な臭いもしないが、ただ照明はデフォルトではかなり暗め。よくわからない古めの調度があるが、安っぽい感じはしない。

 

 僕は彼女のところに戻り、痛めた足の様子を見る。

 痛めた方の、靴と靴下を脱がせる。どちらもしっかり濡れてる。

 僕の視線に気づいて、彼女は一瞬、動きを止める。

 

「景くん、──嫌だった?」

 

 押さえた声に、僕はかろうじて笑みを浮かべて首を振る。

 彼女は目を伏せ、感情を窺わせない笑みを浮かべ、もう片足の靴と靴下も脱いで靴の上に置く。痛めたらしい足のふくらはぎを揉んでいる様子。

 しばらく彼女に休んでいてもらい、僕はちゃんとしたクローゼットを見つけ、彼女と自分の濡れた上着をハンガーにかけて置く。部屋の調度を再チェックする。ベッドの下も見るが、掃除は行き届いているみたいだ。

 

 動く様子に振り返ると、彼女が壁に片手をついて立ち上がっていた。そして壁についた手を離して、痛めた足にも体重をかけて様子見している。──まあ、大丈夫そうだな。

 彼女もそう思ったらしい。一度また腰をおろし、デニムのベルトに手をかけて、──そしてこちらを見た。

 

「私、シャワーしたい。──景くんも入りたい?」

 

「後でいいよ」

 

 そう、じゃあ先に入ってもいいかな、と言いながら彼女は立ち上がり。まだ片足をかばいながらも足を踏み出し、浴室の照明を付ける。部屋が明るくなった。

 目を転じて、理由が分かった僕はパニックになりそうになった。

 暗めの照明、シックな調度で騙されそうになったが、このホテルはそういう目的のホテルであり、シャワーのある浴室はガラス張りになっていて。

 しっかり部屋側のベッドに寝そべりながら、浴室の中の様子を眺めて楽しめるようになっているのだ。

 (よくわからない調度も、どうやらパートナーの拘束などいかがわしい用途に用いるものらしいとそのとき気づいた。)

 

 彼女は頓着する様子もなく、ときに壁やシンクの縁をつかみながらも独力でそのシースルーのシャワールームに入り。

 鏡をみながら、髪を触っている。

 

 濡れた髪をばさっ、とふるい、濡れてブラが透けている、白いブラウスのボタンを外そうとしている。

 そこで僕はようやく、自分のなすべきことを思い出す。まだ間に合う。

 

「カーテン、閉めようか?」

 

 声をかける。まだ彼女は浴室のドアを閉めていない。

 

「?あ、カーテンだね。いや、開けててくれない?」

 

 彼女はそう言って、はにかむように笑みを浮かべてみせる。

 ただ、心から笑みを浮かべてるんじゃない気がする。

 

「どうして?」

 

「──ごめんね。一人になるのが、怖いの。

 だからカーテンはあけててほしい」

 

 ドアも空けといたままで、いい?すぐ出られるようにしたい。──と彼女は言う。

 僕はようやく合点がいった。

 雨の降る、古いホテル。暗い照明。きっと彼女は、お化けを怖がってる。

 

「あー、じゃあ見ないようにするね」

 

「やだ。怖いから景くんに見張っててほしいな。

 あー、でも恥ずかしいから、じっと見ないでね。」

 

 でもちゃんと見ててよ、ととんでもない矛盾を彼女は要求しながら、ブラウスのボタンを外していく。

 ボタンを下まで外し、デニムの裾から出す。

 その前を開けたブラウスを脱がずに、彼女は次に膝から下がじっとり濡れたデニムを脱ぎだした。

 けっして細くはない白い太腿があらわになり、さすがに僕は目を外すべきだと思ったのだが。

 なぜか目が吸着されたように離せない。彼女がデニムを下ろしていく様子をみまもる。

 

 濡れたデニムを外すと(痛めた足に体重はまだかけたくないらしく、反対側の足を抜くのに苦労していた)、彼女はほっとした様子で息をつく様子。深い呼吸に、肩が動く。

 ボタンを外したけどまだ脱いでないブラウスの裾に、丸くぴっちりと張った下着につつまれている、身長のわりに大きいお尻が半分くらい隠れている。

 彼女はこっちに視線をなげて、ぎこちなく笑みをうかべた。

 

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