(習作)向日葵の墓標 作:Marchhatter
2023/1/3 柏原みなりの村野への呼び方を修正しました(1話を含め、「景ちゃん」→「景くん」)。
柏原みなりは、黙って考えこんでいる。
どこに考えこむ要素があるんだろう?
「もちろん、テイクアウトで買ってきて家で食べてもいいし、ケータリングだっけ、配達してもらってもいいよ?」
言葉を重ねる。
そして面倒くさいな、さっさと決めなよ、と思いながら。
考え込んでいる彼女をみて、思いあたった。
「もしかして、服がない?」
こっちを見返して、こくんと頷く。
ずっと閉じこもってた彼女は、気がつくと昨日着せたダサいぶかぶかのスウェットのまま。
昨日は入浴させたし、下着の替えくらいはあるのかもしれないが、――服がないのか。
馬鹿な僕は、当然持ってるものと思ってたよ。
外出したくない理由は、服だけじゃないかもな。でも、十分に原因の一つにはなってるんだろう。
「良かったらさ。服、ちょっと見に行く?
そんなすごい洒落た服とかじゃなくてもいい。とりあえず今日明日着る普通のシャツとか、ジーンズとかさ。」
「――行きたい。でも、お店、開いてる?」
「まだこんな時間だよ。開いてる開いてる。
普通の服なら、新橋駅前まで行けば普通にお店あるし。
ドレスとかなら、銀座だってすぐだよ。」
どちらも徒歩圏内なのだ。
まあ新橋は、例の西口側の駅前の白いビルの中にぽつぽつある程度だったと思うけどね。
スーツの店の方が多かったかもな。場所柄、生活者は少ないんだ。
スーパーも新橋駅にある。線路下、電鉄系のスーパーだ。
そこで出来合いのお寿司でも買ってもいいし、冷凍ピザでも買って食べてもいい。
お店で食べるのが、抵抗あるのなら。
「電車に乗って10分で秋葉原や上野のアメ横にだって行けるよ?どう?」
「うん。――とりあえず、近場でいいからみてみたいな。」
「もちろん、お金のことは気にしなくていい。投資っていうやつだよ。投資、投資。」
やっと笑ってくれた。
「投資って。もう私、このままおばあちゃんになるだけだよ。」
「そんなわけないじゃん。とにかく気にしなくていいよ。前も言ったけど、使い道ないし。」
使い道がないのは、本当のことだ。
というより、彼女ももし離婚とかになったら返す当てなんてないんじゃないかな。
でも、姉の顔を立てる意味もあるし、いいんだ。
「あ、あと外に見に行く服自体、なかったりする?
僕の服でよければ、間に合わせで買うまででいいから、当ててみてよ。
裾はロールアップとかして、さ。」
当たり障りのないジーンズや白いダンガリーシャツを出す。
彼女、大学のときはそんな飾り一つもないような服装をしてたことを覚えてる。
教職のお祝いのときは、ちょっとだけおしゃれしてたかな。
あの頃の僕は、女の子と何しゃべればいいかすらわからなかった。
今でも大差ないけど、事務的な話はできるようになった、人当たりのいい仮面をかぶって。
僕が渡した服を受け取り、奥の寝室にふすまをしめて閉じこもった彼女は、5分後に出てきた。
「あれ、やっぱりぶかぶかだね。」
バスケファッションというのかな。かなりワイルドな感じ。
ジーンズはまあまあいいんだ。シャツがひどい。
でも、オーバーサイズってやつで、意外に流行最先端かも?
そういうと、声を立てて笑ってくれた。良い傾向だ。
「じゃあ、行ってみよう!でも、靴もなかったりする?」
あるにはあった。履いてきた、上品なパンプスが。
ストリートファッションとは、あまりに不似合いかも。
ちょっとそれでまた、彼女の笑いが取れた。
ぽつぽつ話してくれる。
大学時代の友達の結婚式。それで東京に来た。
(平日の結婚式は珍しいが、新郎新婦の勤務先の都合を優先したらしい)
幸せそうな友達を見ていて、何かが弾けた。
もう夫とは限界だと思って、婚家には帰らないことにした。
以上。
本当なら日帰りという話で、服は入ってない。
引き出物などが入ってるだけ。下着も、実は今は昨日のまま、着回し。
お金は、帰りの交通費くらいしかない。
馬鹿な僕は、全く気付いてなかった。
洗濯かごに彼女の服が極端に少ない時点で、気づくべきだった。
まあ僕は、気が利かないし。土曜日に1週間分の洗濯をするからな。
気づかなかったよ。
まあ気づいても、僕の目に触れさせたくないのかな、くらいに思って流しただろうけど。
「そこらへん全部、買いに行こうよ。」
それまでは、ちょっと気持ち悪いのを我慢してもらおう。
買ったら、すぐ下着も含めて着替えさせてもらえばいい。
―――――
夜の街。中小企業が多いこの周辺、帰宅の途に就く黒いサラリーマンの群れ。
駅前に行くと、なんか1週間が終わって解放された感が一杯飲み屋の多いこのあたりを包んでいる。
女性物の下着や服やなんかは、新橋では買いにくいかもな。
そう思って、銀座の近くまで足を伸ばした。
靴も、履きやすいウォーキングシューズか何かを買おう。
そう思って連れまわしたが、下着と靴下を買った以外、なかなか進まない。
手に取って、なかなかいいね、というが買おうとしない。
途中で気づいた。たぶん彼女、手に取るもの全部高価すぎると思ってる。
北関東のディスカウントショップとは、そりゃ値段が違うよ。
「これ、僕からのプレゼントってことで。」
途中から強権を発動した。
パジャマ代わりにと思って、スポーツウェアを上下。
後、濃紺のジーンズ、ベージュのチノパンツと白いシャツ2枚。その場でジーンズの方を着せる。
なんだか真面目な女子大生みたいにみえる。
トレンチコートは重すぎないかな。もっと軽いコートは要らないか、店を回っていくつか見せたが、かなり抵抗された。
でも僕のわがままで、黒いダウンジャケットを買わせてもらい、これもすぐ着替えてもらう。
靴も、バスケシューズ的な黒いF○LAのミドルカットのスニーカーを。
顔を隠したいのかもしれないと思い、黒いFILAの野球帽もついでに同じ店で買った。
途中からなんだか柏原みなりの眉が八の字に下がってきてたが、気にしない。
君に任せてると、ぜんぜん買おうとしないじゃないか。
すっかり着替えさせ、大きな紙袋に戦利品やいままで着ていた服やコートとかを詰め込み。
気がつくと8時近くになってしまっていた。
「良かったら、食べて行かない?」
家に帰ってもいいんだけどな。
せっかく服も全面的に替えたし。もう結構お腹もすいた。
ここまで歩いてきたので、少し疲れてもいる。
結構強く押して、銀座にあるけど庶民的な価格の、棒餃子が売りらしい中華料理店に入る。
「来たこと、あるかな?」
「ううん、ない。」
少しだけ口数が多くなってきたかな。
雨は昼前に止んだけど、路面は湿ってて底冷えがする。
お店に入ると、ふわあっと暖房が効いてて、じんわり疲労を感じる。
金曜日だけど雨が降りそうな天気ということもあって、客足は少なく、すぐに案内された。
地下の、かなり広い面積のお店。
接客も中華式というか、ビジネスライクで愛想はないけど、要点は抑えてくれる。
「飲み物、どうしようか。」
あ、あまり柏原には聞いちゃいけないな。
また目がメニューの間を泳いでる。
選択を任せたら、水でいいとか一番安い飲料や食事を注文するとか、そんなパターンだ。
「アルコール、ダメじゃないんだよね?
よかったら、桂花陳酒のソーダ割りにしてみない?結構、美味しいんだよ。」
僕自身もあまり酒は強くない。いや、飲もうと思えば飲めるよ、でも3杯目以上は美味しく感じない。
ごく少し最初に景気づけに飲んで、後お茶とか、温かいのにしよう。
飲めなかったら僕が残りを飲むから大丈夫、とちょっと強引めに注文を決めた。
後、餃子は注文するよね。後、空心菜の炒め物とか、定番のものを数品。
注文した飲み物が来る間、会話はない。
当たり前だが、僕と彼女はそんなに親しい仲ではない。
勢いに任せていろいろ買ってあげたりしたけどさ、まあ見栄っていうか姉への言い訳づくりだよ。
ただ、こうして向かいに座った柏原みなりの様子をみると。
あの咲き初めた白百合みたいな硬質のみずみずしい美しさは、今ではやや退いてるけれど。
ちょっとやつれ気味ではあっても、まだその端正な美貌は残っていて。
しっとりした佇まいとあいまって、むしろ何か心をくすぐるものがある。
なんだろう、未亡人的というのかな。
視線に気づいた柏原みなりが、視線を上げる。
あ、気まずい。
視線を外して、どうでもいいようなことで話を紛らわせようとしたとき、ちょっと悲壮な調子で柏原が切り出した。
「ねえ、景くん。――どのくらい、かかっちゃった?」
まあ、真面目な人柄なんだろう。でも、ちょっと鼻白むっていうか。
野暮だよな。
ここらへん、彼女は正直で誠実なんだろうけど、人づきあいは不得意なタイプだ。
「心配しなくていいよ。返す必要、ないし。着ててくれると、服も喜ぶ。」
「そんなわけないでしょう。――すぐは、返せないんだけど。」
「だからいいって。」
なんだかうんざりしてきた。
確かに10万ちょい使ったかな。でも、たかがそれだけじゃないか。
だいたい返すあてなんて、しばらくないだろう。
「そのうち、返すから。」
「どうせなら、別のものがいいな。明日の朝ごはん当番とか。」
「朝ごはんは、そんなにしないよ。ジャケットだけで5万円くらいしたでしょう?」
「柏原さんの作ってくれた朝ごはんだったら、5万円くらいの価値があるよ。」
「―――。」
ダメだ、すべった。
そうだ、僕はこういうことを言ってウケてもらえるような才能、ないんだった。
「冗談は抜きで、さ。
返さなくていいし、どうしても気が済まないなら、出世払いでもいい。
しばらくは考えなくていい。生活が落ち着いたらでいいよ。」
そう、目を見て真面目に言っているんだ、ということが伝わるように伝える。
頷いた柏原みなりは、また目に涙がにじんできてる。クソッ!
そんな湿っぽいのがいやだったから、軽いノリを選んでみたのにな。失敗だ。
でもちょうど飲み物が来た。
あ、この感じ。「1杯で安い定食屋のランチ以上するなんて」とか思ってそうだな。
ちょっと泣きたくなってきた。
いや、僕もそんなに裕福でもない、残業しても残業代がつかない下っ端役人の一人だけどさ。
そのくらいのお金も貯金もあるよ。
だからそんな反応、飯がまずくなるからやめてほしい。
まあ本人的には、わざとやってるつもりはないんだろうけどな。
ただ、一つ確認ができたような気がする。
柏原みなりの結婚生活は、おそらく幸福なものじゃなかった。
経済的DVみたいな感じだったのではないだろうか。
―――――
そうはいっても、桂花陳酒は甘く、料理は美味しい。
温かい料理を食べるころには、柏原みなりの様子も、少し乾いてきてた。
ぽつぽつ、高校時代のクラスメイトの情報交換をする。
僕は卒業以来、クラスメイトとはほとんど接触していない。それに比べると、柏原みなりは比較的情報通だった。
ただ、最近2、3年のことはわからないという。
おそらく、結婚した相手がかなり独占欲の強い相手だったかなにかで、接触出来なくなったんだろうな。
「景くんは、仕事は忙しいの?」
「役所は、どこも結構忙しいかな。僕のところは、まだマシな方だよ。」
これは嘘じゃない。
財務の主計とか、経産厚労関係とか、家に帰れなくて泊まるような連中(省庁再編前は、ホテルオ○クラとか通常残業省とか言ってたっけ)が多い、超多忙な部署に比べれば。
日付が変わる前にはほとんどみんないなくなってるうちの部署なんて、相当に暇な部類だ。
「そうなんだ。体、気をつけてね。」
ほうっと息をつき、グラスの底を見つめるしぐさが、なんか絵になる。
思わず息を止めて見つめてしまう。
「何?なんか変だった?」
見上げる目の端が、少しだけ赤い気がする。
アルコールに弱かったんだっけ。お茶に移ろうか。
「いや、心配してもらってうれしいな、って思って。――暖かい飲み物にする?」
僕、ウーロン茶のホットにしようと思う。どう?と聞き、同意を得て注文する。
なんとなく操縦方法が分かってきた。ただ勧めるんじゃなくて、自分が注文するから一緒にどう?と聞くと通りやすい。
典型的な日本人なのかな。ほら、船から海に飛び込ませるときの各国人ジョークのアネクドートで、日本人は「他のお客様はみんな海に飛び込みました」で飛び込むじゃん。
温かいお茶を飲んで一息ついて、今日は帰ろうか、ということになる。
ドアを出てエスカレータを上がると、冷たい師走の風。
「――!」
「寒いね。ちょっと急ぎめに帰ろうよ。」
ビル風が吹き抜ける。ただ、電車で帰るほどじゃない。
僕は大荷物を持って、黒っぽい、ボーイッシュな装いになった彼女をエスコートしながら、帰路についた。
朝ごはん買っておくべきかな、と思ったけど、もう面倒だった。コンビニも家の近くにあるし。明日は明日の風が吹く。
―――――
僕は大学生のころ、たいして充実した日を送った記憶はない。
ただ、街やどうってこともない住宅地を歩くのが好きで、新橋銀座も含めて東京の山手線の圏内の駅はほとんど歩き倒したと思う。
歩いてないとすれば、南青山とか麻布のへんかな。あのあたりはなんか肌が合わない。
だから銀座や新橋あたりも、何度も歩いたことがある。
彼女に聞いてみたけど、彼女はわりと真面目に勉強を頑張ってたみたいな返事しかなかった。
女の子とはやっぱり行動パターンが違うんだな。
銀座近辺でアルバイトしてたことはあったらしいが、なんかセクハラを受けてすぐ辞めたと言ってた。
まあ大学生のころの柏原みなりは、すごく外見や素材はいいのに、服はかなりいい加減で、いかにも田舎から出てきた世間知らずって感じだったからな、今にして思うと。
絶好の獲物だ、って思われるんだろう。まあそうだろうな。よくナンパを受けて、嫌だったと言ってる。
やっぱり僕とは世界が違うんだな。
家に帰る直前に、軽くコンビニで買い物をする。
柏原はとにかく遠慮するから、ちょっと強引にいろいろ勧める。
ひと通り生活上の消耗品を揃えて、部屋に戻った。
夜10時すぎ。
お風呂に入って寝るかな。明日は洗濯だ。